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元勇者だけどたまに猫になる魔王と一緒に暮らしてレストランやってます。この関係は誰にも言えません  作者: 甘城ソウヤ
第4部:遠き日の記憶と、冷たい祈り

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第74話 『騎士たちの同窓会と、焦げ付く記憶』

 初夏の日差しが、王都の職人街を少しずつ包み始めていた。

『キッチン・ブラン』の裏口が勢いよく開かれ、土のついた籠がどっさりと持ち込まれる。


「おう、アルフレッド! 今日もいい夏野菜が採れたぞ!」


 麦わら帽子を被り、泥のついた作業着姿で現れたのは、元・聖騎士団長のグレゴリウスだった。彼の腕に抱えられた籠の中には、朝露に濡れたトマトやパプリカが太陽の光を吸い込んだように輝いている。


「おはようございます。今日も素晴らしい色に出来上がってますね。豚肉と合わせたら、いいスタミナ炒めでもできそうだ」


 アルフレッドが籠を受け取ると、窓際の特等席で紅茶を啜っていたディアボロが、当然のように胸を張る。


「……ふん。我が監修した野菜たちだ。色も艶も味も極上に決まっておるぞ」


「はっはっは! 魔王殿には毎回助けてもらっておる! だが儂も負けぬよう頑張る次第じゃ!」


 グレゴリウスは豪快に笑いながら、カウンターへと腰を下ろした。そこにはすでに、昼間から上機嫌でエールをあおっている大男の姿がいた。


「グレゴリウス様。いつも見事な野菜ですな! それにアルフレッドの作るスタミナ炒めは最高で、エールのつまみにぴったりだ!」


「おう、ガイル! お主、今日も朝から入り浸っておるのか。無職は気楽でいいのう」


 元・聖騎士団長と、その後任であったが、現在は無職のガイル。二人がカウンターで肩を並べて笑い合う光景は、どこからどう見ても平和な同窓会そのものだった。


 アルフレッドが、熱した鉄板で厚切りの豚肉と夏野菜を豪快に炒める。焦がしニンニクと醤油の暴力的な香りが立ち昇り、ガイルの喉がゴクリと鳴った。


 その美味しい空気を揺らめかせるような風と共に、店の正面扉が開かれた。


 ガシャン、ガシャン。


 聞き慣れた金属の擦れる音。アルフレッドが肩をびくりと震わせる。が、首を振り、何事もなかったかのようにフライパンを振る。


 その忌まわしい金属音は力なく、足取りはひどく重く、ふらついていた。


「……疲れているな、レオナルド」


 ガイルがエールのジョッキを持ったまま声をかけると、現れた現役の聖騎士レオナルドは、今にも倒れそうな顔でカウンターの端にへたり込んだ。

 目の下には深いクマが刻まれている。


「……ガイル様。今の聖騎士団は休む暇もありません」


 レオナルドはアルフレッドが出した冷たい水を一気に飲み干し、深い、深いため息を吐き出した。


「最近、教会の空気が異常なのです。『正しき秩序』を声高に叫び、少しでも異質なものを排斥しようと街全体がピリピリしている。教会の息がかかった孤児院などでも、子供たちへの教義の押し付けが日に日に過激になっていて……まるで、魔王軍と戦っていた頃の張り詰めた空気に戻りつつあります」


 真面目な彼らしい、切実な報告だった。

 だが、レオナルドの愚痴はそれだけでは終わらなかった。


「それに加えて……エレン様の護衛が、もう限界です! 少し目を離すとすぐに脱走を試みるし、最近は夜な夜な羊皮紙に血のような文字で『宛先不明の呪いの手紙』をブツブツ言いながら書き綴っているんですよ!?」


 レオナルドが頭を抱えると、それを聞いていたガイルがバンッとカウンターを叩いて激怒した。


「馬鹿を言うな! エレン様は清廉で儚い聖女なのだぞ! 呪いの手紙など、あのような美しいお方が書くはずがない!」


 アルフレッドは厨房で豚肉を炒めながら、かつて地下牢から自分宛てに送られてきたあの恐ろしい血文字の手紙を思い出し、静かに押し黙る。


 ガイルの見当違いな返答を前にして、レオナルドの心の中で、何かがプツンと切れる音がした。


「……もう限界です! 今日はもう非番なんです、ここで潰れるまで飲み食いします!」


 限界を迎えた現役騎士は、あろうことか元上司であるガイルの手からエールのジョッキを奪い取り、一気に喉に流し込んだ。さらに、アルフレッドがカウンターに置いたばかりのスタミナ炒めの大皿を引き寄せ、猛烈な勢いで肉と野菜を口に放り込み始めた。


「こ、こらレオナルド! それは私の肉だぞ!」


「早い者勝ちです! うまい! 生き返る!」


 タガが外れて暴飲暴食に走るレオナルドの姿に、グレゴリウスが大笑いし、ガイルが慌てて自分の分の肉を死守しようと乱闘を始める。


 騒がしくて、平和な食卓。


 だが、アルフレッドは一人、レオナルドの言葉を反芻していた。

 フライパンを振る手が、ピタリと止まっている。


『正しき秩序』 『孤児院』


 レオナルドの口からこぼれたその言葉によって、アルフレッドの脳裏に過去が思い出される。冷たい石の床。薄暗い廊下。祈りを強制される息苦しい毎日。

 そして、そこから逃げ出した自分。


 周囲の笑い声が急速に消え、フライパンから上がる熱気だけが、過去の焦燥を呼び起こすように彼を包み込んでいく。


「……アルフレッド」


 不意に、低く、地を這うような声が耳元に落ちた。


 ハッとして顔を上げると、カウンター越しにディアボロが身を乗り出し、深紅の瞳で真っ直ぐにアルフレッドを見据えていた。


「焦げるぞ。……我の追加の肉を、台無しにする気か」


「……すみません、マスター。すぐに仕上げますよ」


 アルフレッドは小さく息を吐き、いつもの笑みを浮かべて再びフライパンを煽った。

 ジュワァァという食欲をそそる音と、焦がし醤油の香ばしくて、落ち着く香りをすーっと無意識に吸い込む。


「お待たせしました。追加の特盛りスタミナ炒めです」


 アルフレッドが新たな大皿をカウンターにドンと置くと、レオナルドとガイルの争いは一瞬で止まり、二人は目を輝かせてフォークを突き出した。


「……貴様ら、静かに食え。それに凡夫の群れが何を喚こうと、我が城の平穏には一分子も影響せぬ」


 ディアボロが窓際から冷ややかに言い放つと、グレゴリウスがそれに同調するように深く頷いた。


「その通りじゃ。ここは我らの食堂だからな。外の空気がどうあれ、この飯の味だけは変わらん」


「ええ。いつでも、お腹を空かせて来てください」


 威勢のいい笑い声が響く中、アルフレッドは手際よくカウンターを拭き上げ、次の一皿に取り掛かった。賑やかで楽しげな空気にあてられ、思わず頬が緩んだ。

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