第59話 『ベールを脱いだ料理人と、大盛りローストビーフの女子会』
王都の空は抜けるように青く、職人街に吹き込む風は心地よい初夏の温度を帯びていた。
『キッチン・ブラン』の厨房では、アルフレッドが仕込みを終え、調理台をピカピカに磨き上げていた。窓際の特等席では、ディアボロが優雅に脚を組み、静かに紅茶を啜っている。
「……ふん。ようやく我が城に、相応しい静寂が戻ったな」
ディアボロが満足げに喉を鳴らした、その時だった。
カランコロン!
静寂を打ち破るように、店の扉が勢いよく開かれた。
「アルフレッド様ぁぁぁ!! お久しぶりでございますわ!!」
飛び込んできたのは、純白の法衣を纏った聖女エレンと、スポーティな私服にピンクのリボンを揺らした元弓聖のリディアだった。
「……やれやれ。無期限の休日返上で、護衛と私みたいな用心棒付きじゃないと外出も許されないなんて、聖女様も窮屈な身分ね」
リディアが呆れ顔でボヤきながら、扉を閉める。
彼女の視線の先、エレンの背後には、かつてのガイルに代わり護衛を務める騎士、レオナルドが控えていた。彼はどこか胃を痛めたようなげっそりとした顔だった。ガイルの後任という貧乏くじに、アルフレッドは心の中でそっと手を合わせた。
だが、そんな周囲の気遣いなど、今のエレンの目には一分子も入っていなかった。彼女の青い瞳は、カウンターの中に立つアルフレッドの姿に釘付けになり、みるみるうちに潤んでいく。
そして、エレンは鼻血を吹き出しそうな勢いでカウンターに縋り付いた。
「ああっ……! アルフレッド様! ついにあの『愛のベール』を脱ぎ捨て、私に真実の素顔を晒してくださるのですね……!」
「えっ」
「俗世との境界を取り払ったということは、これはもう、神の御前における実質的な結婚式と言っても過言ではありませんわ!! ああ、なんという背徳! なんという神聖な愛の具現化……!!」
「ちょ、ちょっと待てエレン! 正体を隠す必要がなくなっただけで、そういう儀式とかじゃないから……! 頼むから変な妄想しないでくれよ……」
アルフレッドはエレンの凄まじい熱量と特攻に完全に気圧され、カウンターの奥へ一歩、また一歩と後ずさった。勇者として数々の死線を潜り抜けた彼だが、この暴走聖女の斜め上のアプローチだけは、どうしても処理しきれない。
「相変わらず頭の中がファンタジーね、聖女様。アルフレッドが困ってるじゃない。ほら、邪魔だから座りなさいよ」
リディアが冷静にエレンの首根っこを掴み、半ば強引にテーブル席へと座らせた。
「……ふん。騒々しい女どもだ。我の城の空気が濁る」
窓際のディアボロが、心底鬱陶しそうに鼻を鳴らした。その瞳には道端の石ころを見るような、王としての冷ややかな見下ししかない。エレンとリディアという「有象無象」に対する、絶対零度の冷笑だった。
だが、エレンの勢いは止まらない。メニューを開くことすらなく、彼女はアルフレッドに熱視線を送った。
「アルフレッド様が作ってくださるお肉なら、愛の力でカロリーは実質ゼロですわ! 一番大きなお肉のサンドイッチをお願いいたします!」
「馬鹿ね。カロリーは物理よ。祈って消費できるわけないでしょ」
リディアが即座に物理的なツッコミを入れる。
「私はこの後、西の森でひと狩りするから『トリプル』で頼むわ。ガッツリと血肉になるやつをね」
「はいはい。特大のやつを二つですね」
アルフレッドは苦笑いしながら、腕を捲り上げた。リズミカルに動く手が、厚切りのパンに特製のマスタードソースをたっぷりと塗る。そこに、自家製のローストビーフを何層にも重ねていく。肉汁が光り、香ばしい匂いが店内に充満した。
「お待たせしました。『山盛りローストビーフの特製サンドイッチ』です」
パンからはみ出すほどの圧倒的な肉の山。
リディアは豪快にかぶりつき、「最高ね。ちゃんと命の味がするわ」と目を細めた。
エレンは「アルフレッド様の愛の味が……!」と悶絶しながら、幸せそうに頬張っている。
食後。
女子会らしく「食後のご褒美」として特製苺パフェを頼んだ二人。綺麗に盛り付けられたパフェが運ばれてくると、二人はキャッキャと声を上げて盛り上がり始めた。
「まあ! 苺がハートの形にカットされていますわ!」
「たまにはこういう可愛いのも悪くないわね」
平和な光景だ。アルフレッドが安堵の息を吐いた、その時だった。
「……アルフレッド」
背後から、不機嫌な、しかしどこか待ちきれないような重低音が響いた。
「はいはい、マスター。どうしました?」
ディアボロは窓際から立ち上がり、女子たちのパフェを冷ややかに一瞥した。
「……ふん。騒々しい小娘どもだ」
彼はそう吐き捨てると、アルフレッドの前に立ち、静かに、だがはっきりとした声で告げた。
「……有象無象の餌付けは済んだか。ならば次は我の番だ。……我の器には、苺を二つ多く盛れ」
「えっ、マスター。まさか張り合ってるんですか?」
アルフレッドが思わず図星を突くと、ディアボロの白磁のような頬が微かにこわばった。
「……張り合ってなどおらん。我の城で、我が一番大きな苺を食うのが当然の権利だ」
ディアボロは少しムキになったように腕を組み、アルフレッドを見下ろした。
「貴様の作った一番美味い部分は、我が食う。……あの小娘どもより少なくするなど断じて許さぬ。早くしろ」
呆れるほど堂々と言い切るが、彼にとっては「自分が最優先であること」が、微塵も疑う余地のない真理であるらしい。
そのやり取りを聞きつけたリディアが、呆れたように笑った。
「ちょっと。魔王のくせに、甘党なの?」
「黙れ狩人。我が食すことで、果実も本望というものだ。貴様らのような下等な舌で味わうのとは次元が違う」
ディアボロは冷酷に言い返すが、その視線はチラチラとアルフレッドの手元のパフェのグラスへ向けられている。
「はいはい。一番大きくて甘い苺をマスターの分に乗せますから、喧嘩しない」
アルフレッドは呆れながらも、ディアボロ専用の特大パフェを丁寧に作り上げた。一番上に、とびきり赤くて大きな苺を飾ることも忘れない。
「ほら、お待たせしました」
差し出されたパフェを見て、ディアボロは「……ふん。悪くない」と、満足げに喉を鳴らした。
『キッチン・ブラン』の昼下がりは、今日も最高に騒がしくて、温かい。アルフレッドはカウンターを拭きながら、小さく笑った。
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