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元勇者だけどたまに猫になる魔王と一緒に暮らしてレストランやってます。この関係は誰にも言えません  作者: 甘城ソウヤ
第2部:英雄たちの休日と、黄金の再会

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第43話 『逆転の社畜と、計算外の休暇願』

「アルフレッド、刮目せよ。これこそが魔界の深層にのみ自生する、王者のための食材だ」


 開店前の『キッチン・ブラン』。窓際の席で、ディアボロが仰々しく掲げているのは、毒々しい紫色の傘に黄金色の斑点がある、不気味なほど立派なキノコだった。


「……マスター。それ、食べられるんですか? そのド派手な紫と金の配色、どう見ても生物への警告色ですけど」


「無礼な。これは『覇王ダケ』だ。一口食せば、王者の如き覇気と絶対的な自信が身に宿り、万物をひれ伏させるオーラが溢れ出すと言われている」


 ディアボロは愉しげにキノコを回して見せた。


「これを今日のランチに出せば、客どもは『王の味』を知り、我の威光に圧倒され、感謝の涙を流しながら財布の中身を置いていくであろう」


「逆ですよ、逆。……マスター、その効能が本当なら、それを食べたお客さんが全員『王者の覇気』を持っちゃうってことですよね?」


 アルフレッドは呆れて溜息をついた。


「店中のお客さんが全員、マスターみたいに自信満々で偉そうになったらどうするんですか。『金は払わぬ、料理を持てい!』なんて言う客が二十人もいたら、ランチの営業どころか店が潰れますよ。……没収です」


「なっ、貴様……! 我の完璧な計算にケチをつける気か! 凡俗な人間ごときが、このキノコ一本で我の領域に達するわけがなかろう!」


 ディアボロが食い下がろうとした、その時だった。裏口の扉が、幽霊がノックしたかのように力なく叩かれた。


「……すみません……開けて、いただけますかぁ……」


 扉を開けると、そこにはまたしても、半分ほど液状化して床に広がるゼノンの姿があった。


「ゼノンさん!? また溶けてるじゃないですか!」


「……アルフレッドさん……おはようございますぅ……。もう、ダメです……。ルシウスが……朝から来年度の予算修正を……三百項目も……」


 ゼノンは人の形を保つのもやっとのようで、ズルズルと店内に這い入ってきた。顔色は青白く、目の下には深いクマが刻まれている。


「胃が……胃が雑巾みたいに絞られてる感覚なんです……。何か、消化に良くて、力が湧くものを……」


「わ、わかりました。すぐ作りますから、そこの椅子で休んでてください」


 アルフレッドは慌てて厨房に入った。消化に良くて、精がつくもの。手元には、ちょうどディアボロから没収したばかりの『覇王ダケ』がある。


「……まあ、自信がつくキノコなら、滋養強壮にはいいかもしれないな。今のゼノンさんには、少しぐらい覇気が必要だろうし」


 アルフレッドは細かく刻んだ覇王ダケをバターでソテーし、たっぷりのミルクとコンソメで煮込んだリゾットを作ることにした。仕上げにパルメザンチーズを振りかけ、黒胡椒で味を引き締める。


「お待たせしました。『覇王ダケのクリームリゾット』です」


 アルフレッドが皿を置くと、ゼノンは震える手でスプーンを握った。


「……あぁ、いい香りですぅ……。いただきます……」


 ゼノンが一口、リゾットを口に運ぶ。ディアボロが「ほう、ちょうどいい実験台が来たな。見ろアルフレッド、これで我の理論が正しいと証明されるはずだ」とニヤニヤしながら見守る中、ゼノンはゆっくりと咀嚼し、飲み込んだ。


 その瞬間だった。


 カッ!!


 ゼノンの瞳孔が開き、死んだ魚のようだった瞳に、ギラギラとした野心の光が宿った。曲がっていた背筋がバネのようにピンと伸び、目の下のクマが一瞬で消失する。


「……ふっ」


 ゼノンは不敵に笑うと、スプーンをテーブルにカアンッ! と叩きつけた。


「……美味い。力が、みなぎってくるぞ」


 声色が違う。いつもの弱々しい声ではない。腹の底から響くような、自信に満ち溢れたバリトンボイスだ。


「ゼ、ゼノンさん?」


「料理人。感謝する。貴様の飯は、私の眠れる魂を呼び覚ましたようだ」


 ゼノンは立ち上がると、懐からくしゃくしゃになった羊皮紙を取り出し、ディアボロの目の前にダンッ! と叩きつけた。


「魔王ディアボロ! これに判をおしていただこうか!」


 ディアボロが目を丸くする。


「……何だ、これは」


「読めばわかるだろう! 私の『有給休暇申請書』だ!!」


 店内が静まり返った。あの社畜の鏡、胃痛持ちのゼノンが、魔王に対してタメ口どころか、命令口調で休暇を要求している。


「……ほらね、マスター。言った通りになったでしょう?」


 アルフレッドが小声で囁くと、ディアボロは引きつった顔で「……まさか、これほど即効性があるとは……」と呟いた。


「おい、ゼノン。貴様、口の利き方が……」


「うるさい! 私は疲れているのだ! 過去三百年、私が完全に休んだ日が何日あると思っている! ゼロだ! 労働基準法などない魔界とはいえ、限度があるだろうが!」


 ゼノンはディアボロの胸倉を掴まんばかりの勢いで詰め寄った。


 そこへ、タイミング悪く店の扉が開き、ルシウスが入ってきた。


「ゼノン、ここにいましたか。休憩時間は終わりですよ。第4倉庫の在庫確認がまだ……」


「黙りたまえ、計算機」


 ゼノンが振り返りざまに一喝した。ルシウスが「は?」と動きを止める。


「君の計算は遅いんだよ。第4倉庫の在庫なら、このリゾットを食べる合間に全て脳内で終わらせた。誤差は0.002%、修正案も作成済みだ。文句があるなら、私が処理した書類の山を崩してから言え!」


「なっ……!?」


 ルシウスが慌てて懐から書類を取り出し、鉄の算盤を弾く。パチパチパチ……ッ!


「……あ、合っている。しかも、私の計算よりも効率的なルートで……馬鹿な、あの膨大な量を暗算で!?」


 ルシウスが愕然として後ずさる。ゼノンは鼻で笑い、再びディアボロに向き直った。


「それから貴方です、魔王様! その足の組み方は腰に悪いと言っているでしょう! 骨盤が歪めば魔力回路にも影響が出ます! 姿勢を正せ!」


「き、貴様……我に指図する気か……! 爪が出るぞ!」


 ディアボロが一気に不機嫌になり、指先から黒い爪を突き出した。だが、覚醒したゼノンは怯むどころか、さらに一歩踏み込んだ。


「爪を引っ込めろ! この店の床の修繕費を計算するのは誰だと思っている! 貴方が傷を一つ増やすたびに、私の胃壁も一つ荒れるのだ! 経済観念を持て、この浪費家魔王!」


「ぐぬぬ……!」


 あまりの剣幕と正論の嵐に、ディアボロは思わず爪を引っ込めてしまった。魔王が、気圧されている。


 ゼノンは完全に場の支配者となっていた。彼はあろうことか、ディアボロが座っていた窓際の特等席を奪い取り、優雅に足を組んで座った。


「ふぅ……。ここからの景色は悪くないな。料理人、食後の茶を持ってこい。最高級の茶葉でな」


「は、はい! ただいま!」


 アルフレッドは条件反射で敬礼しそうになりながら、急いで紅茶を淹れた。ルシウスは「計算外です……このゼノンは、私の想定数値を遥かに超えている……」とブツブツ呟きながらフリーズしている。


 ゼノンは運ばれてきた紅茶を一口啜り、満足げに頷いた。


「……悪くない。今日の主役は私だ。文句がある者は、私の前にひれ伏してから言うがいい」


 その姿は、魔王代理の名に恥じぬ、堂々たる暴君ぶりだった。

 だが、魔法というのはいつか解けるものだ。ゼノンが暴虐ぶりを発揮しておよそ一時間後。


「……あ、あれ? ボク、なんで魔王様の席に……?」


 ゼノンの瞳からギラギラした野心の光が消え、いつもの小動物のような怯えた瞳に戻った。彼は自分が足を組み、あろうことか、巨躯の魔王を見上げるほどの至近距離でふんぞり返っていることに気づき、そして自分が放った数々の暴言を走馬灯のように思い出した。


「……ひッ!?」


 ゼノンの顔色が、白から青、そして透明へと変わっていく。


「あ、あわわわ、魔王様!? ボ、ボク、なんてことを……! ち、違うんです、これはキノコのせいで、ボクの本心じゃなくて、いや本心も少しはあるけどそんな偉そうなつもりじゃなくてぇぇぇ!!」


「……存分に楽しんだようだな、ゼノン?」


 ディアボロが、愉しげに嘲笑いながらゼノンの肩に手を置いた。


「ひいいぃぃぃ! すみませんすみません死刑だけはぁぁ!」


 ゼノンはその場で物理的に溶け出し、ドロドロの液体となって床のシミと化した。いつもの、哀れで不憫なゼノンに戻ったのだ。


「まったく。計算外の騒ぎでしたが……」


 ルシウスが眼鏡の位置を直し、ため息をついた。


「まあ、たまにはガス抜きも必要でしょう。あの処理能力だけは本物でしたからね」


 そう言いながらルシウスは一瞬、潔癖な指先でハンカチを探ったが、それを止めて、手をそのままゼノンへ真っ直ぐに差し伸べた。


 ディアボロはカウンターに置かれたままの『有給休暇申請書』を手に取った。そして、指先に黒い炎を灯し、サインを書き込んだ。


「……一日だけだ。その間、死んだように眠るがいい」


「へ……? へいか……?」


 ゼノンが液状化したまま顔を上げる。ディアボロはふんと鼻を鳴らし、申請書をゼノンの顔面にペタリと貼り付けた。


「勘違いするな。貴様の顔色が悪いと、城の空気が澱むからだ。……明後日からは倍働いてもらうぞ」


「うぅ……ありがとうございますぅ……」


 ゼノンは形を徐々に戻し、涙を流しながら、ルシウスに支えられて立ち上がった。


「ほら、帰りますよゼノン。明日は休みなんですから、今のうちに引き継ぎを終わらせてください」


「ルシウスぅ……鬼ぃ……」


 店を出ていく二人の背中を見送りながら、アルフレッドは片付けを始めた。


「……マスター。なんだかんだ言って、優しいですね」


「騒がしい奴らだ。だが……」


 ディアボロは窓の外、魔界の方角を見つめた。


「あやつらがいないと、城も回らぬか」


 その言葉は、あきれ半分、信頼半分といった響きだった。嵐のようなランチタイムが過ぎ、店には再び穏やかな時間が戻ってくる。


 アルフレッドはこの平和な光景が、いつまでも続けばいいと願っていた。だが、ゼノンがあれほど追い詰められていた理由――ルシウスが彼に仕事を押し付けてまで没頭していた『何か』については、この時の二人はまだ何も知らなかったのだ。

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