表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
元勇者だけどたまに猫になる魔王と一緒に暮らしてレストランやってます。この関係は誰にも言えません  作者: 甘城ソウヤ
第2部:英雄たちの休日と、黄金の再会

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

41/94

第41話 『迷える魔王と、一年目のリボン』

「……マスター。折り入って頼みがあります」


 王都の職人街に、初夏の爽やかな風が吹き抜ける朝。開店前の『キッチン・ブラン』で、アルフレッドは神妙な顔を作って、窓際で優雅に朝の光を浴びているディアボロに声をかけた。


「何だ、アルフレッド。改まって。……まさか、また換気扇から魔界のヘドロが溢れ出したわけではあるまいな」


「違いますよ。実は今日、在庫の棚卸しと、夜のメニューの仕込みがどうしても間に合いそうにないんです。猫の手も借りたいくらいなんですが……」


 アルフレッドはチラリと、ディアボロの白磁のように美しい手を見た。


「あいにくだが、我の手はどの猫よりも高貴で、雑務には向かぬぞ」


「わかってます。だから、マスターには『店主としての仕事』をお願いしたいんです。……買い出しに行ってくれませんか?」


「は? 我に使い走りをせよと言うのか?」


 ディアボロが不機嫌そうに眉を寄せる。ここまでは想定内だ。アルフレッドはすかさず、とっておきの一言を口にした。


「ただの買い出しじゃありません。『最高責任者による、最重要素材の選定』です。……今の市場には粗悪な茶葉も出回っています。俺のような凡人の目利きでは見抜けないかもしれませんが、マスターの神の舌と審美眼なら、最高の一品を選べるはずです」


 アルフレッドは買い物メモを彼の手元に置いた。


「リストの最後に書いてある『今夜飲む、最高に美味しい紅茶の葉』と『デザート用の果物』。これだけはマスターのセンスに任せますから」


「……ふん。貴様の貧相な味覚に任せれば、泥水のような茶を飲まされるのは目に見えている。我が自ら選ぶのは当然だ」


 ディアボロは鼻を鳴らし、満更でもなさそうに立ち上がった。チョロい。いや、信頼してくれているのだと思おう。


「よかろう。貴様の凡眼では、我が満足する茶葉など選べぬ。……我が自ら選んでやる」


 ディアボロは漆黒の燕尾服をバサリと翻し、威風堂々と店を出て行った。扉が閉まった瞬間、アルフレッドはガッツポーズをして厨房へ舞い戻った。


「さて……。あの人が戻ってくる前に、一年分の感謝を込めた最高のディナーを用意しないとな」



 王都の商店街は、今日も活気に満ちていた。その雑踏の中を、身長二メートル近い銀髪の男が、周囲を威圧しながら歩いている。


「ふん。どいつもこいつも、弛んだ顔をしおって」


 ディアボロは不機嫌そうに呟く。だが、その足取りは軽い。


「あら! ブランのマスターじゃないの! 今日は一人でお使い? 偉いわねぇ!」


 突然、背後からドスンと背中を叩かれた。振り返れば、近所の八百屋のおばちゃんだ。


「気安く触るな。我は使い走りなどではない。……視察だ」


「ふふっ、視察ね! ほら、これ持ってきな! いつも顔色悪いんだから、栄養とりなさいよ!」


 おばちゃんは有無を言わさず、籠の中に鮮やかなオレンジ色の果実をゴロゴロと放り込んだ。


「……民からの献上物か。無下にはできんな」


 ディアボロは尊大に頷き、当然の権利として受け取った。

 路地裏に入ると、今度は子供たちが集まってきた。


「あ! 偉そうなにーちゃんだ!」


「ねえねえ、今日も指から火だしてよ!」


「騒々しい。我の静寂を乱すなと言っているだろう」


 ディアボロは煩わしそうに眉を寄せる。だが、足は止めない。子供たちは彼の周りをキャッキャと跳ね回り、一人の少女が手を振った。


「……励めよ、未来の臣民ども」


 ディアボロは小さく手を振り返し、鷹揚に頷いた。


 そのまま、彼は紅茶専門店へと向かう。背後では、おばちゃんたちが「あの子、口は悪いけど優しいのよね」と噂している。ディアボロは、その声を「我への畏敬の念だな」と満足げに解釈しながら、燕尾服の裾をパタパタと揺らして歩いていった。


「……ないな」


 王都一の品揃えを誇る紅茶専門店で、ディアボロは腕を組み、不満げに唸っていた。カウンターには、店主が震える手で出した最高級の茶葉がずらりと並んでいる。だが、どれも香りを嗅ぐだけで却下された。


「お、お客様……こちらは東方産の最高級品でして……」


「香りが浅い。……アルフレッドが淹れた時の、あの深みがない」


 ディアボロは苛立ち、爪をカチカチとカウンターに当てた。彼は気づき始めていた。彼が求めている「最高の紅茶」とは、茶葉の銘柄ではなく、「アルフレッドが自分のために淹れた一杯」であることを。だが、それを認めるのは魔王のプライドが許さない。


 日がだいぶ傾き、延々と続いた問答の末に店主が泣きそうになった頃、ようやくディアボロは結論を出した。


「ええい、面倒だ! 貴様、この店で一番高い茶葉と、香りの良い花びらをブレンドしろ! 我の舌を唸らせる配合を作れ!」


 結局、店員を威圧的に指導して何十通りもの試作を作らせた。そしてようやく、納得のいく香りが完成した時、ディアボロは不敵に笑った。


「……悪くない。これならば、我が城の空気に合うだろう」


「は、はい……! では、このブレンドにお名前を……」


 店員が恐る恐る尋ねると、ディアボロは少しだけ考え、窓の外の空を見上げた。そこには、彼の店と同じ、混じりけのない白い雲が浮かんでいる。


「……『ブラン』だ。我が城の名を冠するにふさわしい、至高の茶だ」



 店に戻ったのは、空が茜色に染まる頃だった。


「アルフレッド。戻ったぞ。仕込みはできておるのだろうな?」


 扉を開けたディアボロは、言葉を失った。店内は薄暗く、いつもとは違う柔らかな光に包まれていた。テーブルには白いクロスがかけられ、キャンドルの炎が揺らめいている。壁には、シックな色合いの花が控えめに飾られていた。


 そして、厨房から漂ってくるのは、懐かしくて、極上の肉の香り。


「おかえりなさい、マスター」


 奥から現れたアルフレッドは、いつものコックコートではなく、少しだけ正装に近いパリッとしたシャツを着ていた。


「……仕込みではなかったのか?」


「嘘ですよ。今日は『キッチン・ブラン』の一周年記念日ですから。……こうでもしないと、マスターは準備中に味見をしに来るでしょう?」


 アルフレッドは悪戯っぽく笑い、椅子を引いた。


「さあ、座ってください。今日の主役は、マスターですから」


 運ばれてきたのは、二人が初めて作った「ハンバーグ」だった。だが、それは一年前のものとは違う。肉の配合、焼き加減、ソースの深み。すべてが進化し、洗練された「現在の二人」の味だ。


 ディアボロは黙ってナイフとフォークを手に取り、優雅に肉を切り分けた。口に運ぶと、溢れ出す肉汁と共に、魔王城の崩壊から、レストランを開くまでの二年間の記憶が蘇る。


「……あの頃よりはマシになったな」


 素直じゃない言葉を吐きながらも、その手は止まらない。


 食後。買ってきたばかりの特製ブレンド『ブラン』をアルフレッドが淹れ、二人は向かい合って座った。


「……ほう。やはり、貴様が淹れねばこの香りにはならんようだな」


 ディアボロが満足げにカップを置く。その紅茶は、華やかでありながらどこか落ち着く、まさにこの店のような味がした。


 すると、アルフレッドがポケットから小さな箱を取り出した。


「これ、一周年のお礼です」


「……何だ?」


 渡された箱を開けると、そこには、深紅のベルベットで作られたリボンが入っていた。ディアボロの瞳と同じ、美しいルビー色のリボンだ。


「いつも使っている銀のリボンもいいですけど、もっと似合うものを見つけたんですよ。せっかく綺麗な銀髪なんだから、もっと格好良くしてくださいよ。……魔王様なんですから」


 ディアボロは目を見開き、そしてふいと顔を背けた。その耳が、リボンと同じくらい赤く染まっている。


「……生意気な。貴様は、我の背後ばかり見ているのか」


 彼はボソリと呟くと、今まで髪を結んでいたリボンを解き、アルフレッドに背を向けた。銀色の髪が、さらりと背中に広がる。


「……貴様が結べ。きつくするなよ」


「はいはい」


 アルフレッドは、口元だけをほんの少し緩めて、その滑らかな銀髪を手に取り、新しいリボンで丁寧に結い上げた。指先が触れるたび、ディアボロの喉の奥から、微かに「ぐるる……」という音が漏れる。本人は咳払いをして誤魔化そうとしているが、アルフレッドには筒抜けだ。


「よし、出来ましたよ。……うん、やっぱり似合いますね」


 アルフレッドが鏡を差し出すと、ディアボロは少しだけ鏡の中の自分と、その後ろで笑う料理人を見て、満足げに鼻を鳴らした。


「……ふん。悪くない」


 街の人々からの貢ぎ物と、二人の名を冠した紅茶。そして、深紅のリボン。アルフレッドのサプライズが詰まった一日は、最高の記念日となって、穏やかに更けていった。

最後までお読みいただきありがとうございます! 少しでも「面白い」と思っていただけたら、【★での評価】や【ブックマーク(フォロー)】で応援してもらえると嬉しいです!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ