表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
元勇者だけどたまに猫になる魔王と一緒に暮らしてレストランやってます。この関係は誰にも言えません  作者: 甘城ソウヤ
第2部:英雄たちの休日と、黄金の再会

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

40/94

第40話 『狩人の贖罪と、ジビエのフルコース』

「……ないな。どこにもない」


 翌朝の市場で、アルフレッドは空っぽの荷台を前に頭を抱えていた。

 昨夜、ディアボロが「最近の肉は軟弱で食いごたえがない。野生の覇気を感じる肉をよこせ」と、無茶を言ったせいだ。

 しかし、この時期の市場には、彼を満足させるような上質なジビエが出回っていなかった。


「困ったな……。このままじゃ、今夜のメインディッシュは『魔王の不機嫌』になっちまう」


 溜息をついて市場を歩いていると、路地裏のベンチに、見覚えのある背中を見つけた。昨日のフリフリのドレスではなく、地味な灰色の旅装束に身を包んだリディアだ。

 彼女は膝を抱え、まるで捨てられた子犬のように小さくなっていた。背中には、布でぐるぐる巻きにされた長い棒状のもの――あの大弓がある。


「……リディアさん?」


 声をかけると、彼女はビクッと肩を震わせ、恐る恐る顔を上げた。その黄金色の瞳は、昨日の失敗を引きずって深く沈んでいる。


「……アルフレッド。笑いに来たの? サラダの皿を割って逃げ出した、役立たずを」


「まさか。……実は、あなたを探していたんです。仕事の依頼をしたくて」


「仕事?」


「ええ。俺一人じゃ手に負えないんです。……力を、貸してくれませんか」


 アルフレッドとリディアがやってきたのは、王都から少し離れた深い森の中だった。リディアは背中の布を解いていた。現れたのは、彼女の身長ほどもある巨大な剛弓だ。


「……言っておくけれど、私はもう、まともに撃てないわよ」


 リディアは弓を握る手を震わせながら言った。


「昨日も見たでしょう? 私の感覚は、平和な世界には鋭すぎるの。ただの鳥の声にも殺気立って、必要のない命まで奪ってしまうかもしれない」


「奪うんじゃありません」


 アルフレッドは彼女の肩に、そっと手を置いた。


「いただくんです。今日、俺たちが探しているのは『敵』じゃありません。『食材』です」


「……食材?」


「ええ。この森には、繁殖しすぎて生態系を崩している『剛毛猪ブリストル・ボア』がいるそうです。彼らの命をいただいて、誰かを笑顔にする料理に変える。……それが、俺の仕事です」


 リディアはハッとしてアルフレッドを見た。彼女はずっと「戦い」か「平和」かの二択で苦しんでいた。だが、その間にある「営み」としての狩りには、思い至らなかったのだろう。


「……誰かを、笑顔にするために」


 リディアは呟き、ゆっくりと森の奥を見据えた。その瞬間、彼女の纏う空気が変わった。怯えや迷いが消え、静謐な森の一部へと溶け込んでいく。


 ガサッ。


 数百メートル先で、わずかに草が揺れた。常人なら風のいたずらだと思うだろう。だが、リディアは無言で矢をつがえた。

 彼女の左鎖骨から肩にかけて走る亀裂の痣が、服の下で淡く、青白い燐光を放ち始めた。それは破壊の予兆ではなく、極限まで高まった集中の証。


「……見えた」


 彼女が静かに弦を引き絞る。以前の彼女なら、敵を殲滅するために、殺気と共に矢を放っていただろう。だが今は違う。


(苦しませない。肉を傷つけない。……ただ、感謝する)


 ヒュンッ!


 放たれた矢は、風切り音すら置き去りにして吸い込まれた。ドサッ、という重い音が、遠くから響く。そこへ駆け寄ると、そこには巨大な猪が、眉間を正確に射抜かれて絶命していた。苦しんだ跡はなく、ただ静かに倒れていた。



「ほう。見事な血抜きだ。肉にストレスがかかっていない」


 店に戻り、獲物を捌き終えたアルフレッドの背後で、ディアボロが感心したように声を上げた。


「これなら、我が舌を満足させられるかもしれんな」


「ええ。最高の一皿にしますよ」


 アルフレッドは猪肉の塊を、赤ワインと香草でマリネし、表面を香ばしく焼き固めた。オーブンでじっくりと火を通し、ロゼ色の完璧な焼き加減に仕上げる。ソースは、肉汁と赤ワインを煮詰め、そこにディアボロが好む甘酸っぱいベリーのジャムを加えた特製ソースだ。


「お待たせしました。『猪肉のロースト・赤ワインとベリーのソース』です」


 カウンター席に座るリディアの前に、皿を置く。野生味あふれる肉の香りと、フルーティーなソースの香りが立ち上る。彼女は、まだ信じられないといった顔で、自分の手と、目の前の料理を見比べていた。


「これが……私が獲った……?」


「そうです。あなたが、最高の状態で仕留めてくれたからこそ、作れた料理です」


 リディアはナイフを入れ、一口、口へと運んだ。


「…………っ」


 噛み締めた瞬間、彼女の目からボロボロと涙がこぼれ落ちた。血の味などしない。そこにあるのは、森の恵みと、命の力強さ。そして、それを料理として昇華させた優しさだけだった。


「美味しい……。私が持っている力は、何かを傷つけるだけじゃなかったのね……」


「ええ。あなたのその鋭い感覚は、美味しいものを届けるための素晴らしい才能ですよ」


 アルフレッドが微笑むと、隣から不満げな声が響いた。


「おい、アルフレッド。良い匂いがすると言っているのだ。我にもその肉をよこせ」


 ディアボロが待ちきれない様子で、テーブルを指先で叩いている。アルフレッドは苦笑しながら、ディアボロの分を皿に取り分けた。


「はいはい、マスターの分もちゃんとありますよ」


 ディアボロは皿を受け取ると、フォークで肉を刺し、静かな動きで口へ運んだ。


「……ふむ。悪くない。野性味の中に、貴様の迷いのなさが味として出ている」


 ディアボロは尊大に頷くと、喉の奥から「ぐるる……」と満足げな音を漏らした。


「……我の城の狩人として、認定してやろう。これからは、我のために極上の肉を献上しろ」


「ふふっ。……ええ、わかったわ。魔王様」


 リディアは涙を拭い、晴れやかに笑った。その笑顔は、昨日の無理をした「普通の女の子」の笑顔よりも、ずっと美しく、彼女らしかった。



 あくる日。『キッチン・ブラン』の扉が勢いよく開いた。


「アルフレッドさん! 今日もいい鴨が獲れたわよ!」


 入ってきたのは、動きやすい茶色のパンツスタイルに身を包んだリディアだ。背中には愛用の大弓。そして、ポニーテールに結い上げたエメラルドグリーンの髪には、ワンポイントとして可愛いピンクのリボンが揺れていた。


「いらっしゃい。今日も大漁ですね」


「ええ! あ、それとね、あとでデザートも大盛りでお願い! 狩りの後の甘いものは格別なんだから!」


「ふん。我の分まで食い尽くすなよ、新入り」


 ディアボロが窓際から憎まれ口を叩くが、その表情は柔らかい。


 無理なフリルはもういらない。彼女は、戦士としての強さと、乙女としての可愛らしさを両立させた、新しい「弓聖」としての人生を歩み始めたのだ。


「はいはい。お二人とも、喧嘩しないでお待ちくださいね」


 アルフレッドは厨房で、鴨肉とデザートの準備に取り掛かった。賑やかさを増した店内に、今日もまた、美味しい匂いが満ちていく。

最後までお読みいただきありがとうございます! 少しでも「面白い」と思っていただけたら、【★での評価】や【ブックマーク(フォロー)】で応援してもらえると嬉しいです!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ