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元勇者だけど、たまに猫になる魔王とレストランをやってます。この関係は誰にも言えません  作者: 甘城ソウヤ
第6部:瓦礫の上の約束と、終わらない食卓

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第116話 『背伸びした、マフラーの結び目』

 トン、トン。


 秋が過ぎ、朝の空気が白くなりはじめた頃、『キッチン・ブラン』の店内に、野菜を刻む音が戻ってきた。

 アルフレッドは、ディアボロの看病のおかげでだいぶ動けるようになり、朝ごはんを作っていた。


「おい、アルフレッド。外に何か……」


 ディアボロの声に、アルフレッドは手を止める。ふと視線を向けると、空から綿のようなものが、静かに降っていた。


「あぁ、雪ですね。……もうそんな季節なのか。それより、マスター。体調はどうです?」


 アルフレッドが怪我をしてから、しばらく立てず、ディアボロは同じ部屋で寝泊まりしていた。時折、胸を押さえていたことを、アルフレッドは見逃していなかった。


 ある日、苦しそうにうずくまるディアボロを見て無理に起き上がろうとしたアルフレッドは、逆に押さえつけられた。それ以来、互いの体調を確かめるのが癖になっていた。


「ふん、貴様が心配するようなことなど無い。ところで……」


 ディアボロは言いづらそうに、窓の外の雪空を仰ぎ見る。窓辺に差し出した手に、ハラハラと散る雪が落ち、ふわりと消える。

 そして、わずかに眉を寄せ、咳払いをひとつ。


「傷が傷まないのであれば、そろそろ極秘視察に行こうと思うのだが。……以前に買った服もある」


「……そうですね。行きましょうか。そろそろ身体も動かしたいと思ってたし」

「では、明日だ。服が着られぬというなら、手伝ってやってもいいが?」


 ディアボロはカウンターから厨房を覗き込み、アルフレッドの背に声をかける。


「えっ、服ぐらい着れますよ! ……あ、でも腕を上げる時だけ手伝ってください。まだ少し痛むので」

「ちっ、仕方がない。明日は我にまかせるがいい」


 ディアボロは厨房にまわり、紅茶を入れる。ちょうど朝食も出来ていたので、カウンターで隣り合って食べる。


「やはり、貴様の朝飯が一番だな」


 アルフレッドは隣のディアボロをちらりと見て、目の前の厚切りベーコンを齧り、隠しきれない笑みを浮かべた。



 明くる日。

 あまり眠れなかったのか、ディアボロは朝早く着替えながら、窓の外を見た。昨日の雪はそこまで降らず、中庭は粉砂糖がかかっているように見えた。


 コンコン。

 控えめなノック音。扉を開けると、寝間着姿のアルフレッドが立っていた。


「おはようございます。……あの、服を選んでもらっていいですか」


「……入れ」


 ディアボロが脇に避けると同時に、アルフレッドが勢いよく入ってくる。


「寒いっ」


 トン、と肩がぶつかり、アルフレッドの髪がディアボロの鼻先を掠める。淡い石鹸の香りに一瞬だけ、息が止まった。アルフレッドは、バサッとベッドへ洋服を広げる。


「あ、おい……そこは……」


 つい先ほどまで自分が寝ていた場所だと言いかけて、ディアボロは言葉を失った。


「あんまり服、持ってないんですけど、マスターなら選んでくれますよね」


 ディアボロは額を片手で覆い、大きくため息をついた。

 ベッドに向き直り、腕を組んで、並んだ服を見る。茶色からベージュの、どれもラフなものばかり。その中で目を引いたのは、秋に着ていた綿素材の黒シャツぐらいだが、それも薄手で、冬の寒さを凌ぐには、少し頼りない厚みだった。


「駄目だな」


「……えっ」

「いいか、まず貴様は怪我が治りきっていない。外はコートでいいが、店内で脱ぐときにこれでは風邪をひく」


 そう言って、ディアボロは自室のクローゼットを開け、整然と並ぶ衣類に目を走らせ、品定めすると漆黒のシルクのシャツを取り出す。


「少し長めだが、貴様が着る分には問題ない」

「いや、でもそれはマスターの……」


 ディアボロは眉間に皺を寄せ、アルフレッドをひと睨みする。そして、「いいから黙って着ろ」と服を投げ渡す。

 アルフレッドはその場で寝間着を脱ぎ、シルクのシャツに腕を通そうとする。


「痛っ」


 ディアボロは反射的にアルフレッドの肩を押さえ、シルクのシャツを奪い、背中の傷痕を確認する。引き攣れて放射状になった痕は、以前に見た時と同じだった。

 小さく息を吐き、ディアボロはアルフレッドに向き直る。


「無理はするなと言っただろう! 我がやる」


 アルフレッドの後ろに回ったディアボロは、慣れた手つきでシャツを着せていく。包帯を巻いていたころより、腕は動かせるようになっていた。その感覚に、彼は張り詰めていた表情をふと緩める。

 アルフレッドはシャツのボタンを留め、チャコールグレーのパンツを履こうとする。


「待て。以前に仕事着で着ていたネイビーの上下があるだろう。あれを持ってこい」


 キッチン・ブランの開店当初に着ていたアルフレッドの給仕服。あれはディアボロがこだわった、ウールシルクの高級感がある仕立てだった。汚れる、という理由でアルフレッドはほとんど着ていなかったが。


「あれなら、我と並んでも見劣りせぬ」

「あ、そうか。あの服ならベストも着れば、温かいですね」


 アルフレッドは散らかした服をかき集め、部屋を出ていく。ディアボロが若干乱れたベッドを整えているとき、アルフレッドが扉を開けて入ってくる。


「どうですか? 似合います?」


 乱れた上掛けを整えているとき、ディアボロはかがんだままアルフレッドを見上げる。

 そこには冬の朝日に似た、柔らかな微笑みを浮かべる彼がいた。

 ディアボロは、その表情に目を細めた。しばらく眺めていたことに気づき、ごまかすように上掛けを軽く直して立ち上がる。


「ふん、そのようにまともな服装を、他にも揃えねばならんな」


 そう言って、ディアボロは自分の服を整える。アイボリーのシャツの上に着た、深みのあるワインレッドのベストの裾を引き、軽く払う。そして、コートスタンドにかけていたアイボリーのコートとサックスブルーのマフラーを掴む。


「あ、俺も持ってきます」


 アルフレッドはくるりと踵を返し、急いで以前に買ったコートとマフラーを持ってくる。ネイビーのベストに抱えたダークブラウンのコートとワインレッドのマフラーはよく似合いそうだった。


「おい、アルフレッド。首元のボタンは止めぬのか?」

「ええ、なんか息苦しいのでいつも開けてます」


「……ふむ、ならばマフラーも掛ける程度のほうが楽だろう」


 ディアボロは正面から、コートを着たアルフレッドの首にマフラーを掛ける。近すぎる距離に、アルフレッドは戸惑いながら俯いた。マフラーの隙間から覗く小麦色の肌はワインレッドに映えて、よく似合っていた。


「あ、ありがとうございます。じゃあ俺も……」


 そう言ってアルフレッドは、ディアボロのマフラーをするりと奪う。アルフレッドは一歩近づく。そして少し背伸びしながら、ディアボロに触れそうな距離で後ろに手を回す。


「な、なにを!」


 いきなりの至近距離で、ディアボロは顎を上げるしかなく、アルフレッドの髪が鼻に触れる。首筋に柔らかなマフラーがふわりと巻かれる。


「マスター、以前に風邪をひきましたし、マフラーはきちっと巻きましょうか」


 アルフレッドはディアボロのコートを上まできちっと留め、マフラーを軽く結び、リボンのように整える。


「似合いますよ。マスター」

「あ、おい。これは流石に……」


 二人は言い合いながら、部屋を出ていく。窓の外には静かに雪が降りはじめた。

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