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元勇者だけど、たまに猫になる魔王とレストランをやってます。この関係は誰にも言えません  作者: 甘城ソウヤ
第6部:瓦礫の上の約束と、終わらない食卓

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115/118

第115話 『深淵の食卓と、ひと匙の救い』

 ガラッ……。


 崩壊した魔王城の瓦礫が再び崩れ落ちる。

 何度もその音を聞き、ゼノンは不安そうに顔を上げた。その目に、ディアボロの姿が映る。


「あっ、魔王様!!」


 封印を抜けてきたディアボロが、ぐったりとしたアルフレッドを抱えたまま、ゼノンの前に立つ。


「アルフレッドさん……。こ、これ、どうしたんですか?」


 ゼノンはディアボロの手についた赤を見て、背伸びしてアルフレッドの様子を見る。呼吸は浅く、かすかな息だけが漏れていた。


「我が攻撃した。背中を貫いた」

「ええっ!? ま、待ってくださいっ……」


 ゼノンの指先がアルフレッドの背中へ伸び、とろりと崩れて、傷口を覆うように広がった。


「と、とりあえず止血だけでも……!」

「……」


 ディアボロはそっぽを向いたまま、「頼む」と小さく呟く。その耳だけが、熱を帯びて赤くなっていた。


「は、はいっ! ボクに出来るのは血を止めるだけで……それ以上は……」

「わかっている。後は我が見る。……早くしろ」

「わかりました、急ぎますぅ!」



 キッチン・ブランの二階。

 いつもと変わらぬ部屋に、アルフレッドを運び込む。慎重に彼をベッドに横たえた瞬間、ディアボロの張り詰めていた息が漏れた。

 そして、ベッドサイドに持ってきた救急箱を開け、包帯を掴む。


「む……」


 ゼノンが止血した傷を見下ろし、ディアボロは動きを止めた。包帯を握ったまま、手が動かない。ベッド脇の丸椅子に、とさり、と座り込む。


「……我は、なにもできんのか」


「うぅ……」


 アルフレッドから声が漏れる。ディアボロは反射的に顔を上げ、舌打ちした。そして、アルフレッドを抱き起こす。包帯を首元から巻きつけ、手探りのまま、腰まで巻き下ろした。ところどころ浮いているが、構わず結び留める。


「ふん、相変わらず脆いな。だが……貴様は我が治す」


 そのとき、階下からノック音が聞こえた。どうやら誰かが来たらしい。「勝手に消えるな、アルフレッド」そう言い残し、ディアボロは部屋を出た。


「チッ、せっかく一人で出てきましたのに。アルフレッド様はどちらに?」


 聖女のエレンが、階段から降りてくる途中のディアボロに声をかけた。直後、鼻をスン、と鳴らした。


「ちょっと待ってくださいませ。……血の匂いですわね! まさか……」


 エレンはディアボロを突き飛ばし、階段を駆け上がろうとする。だが、その腕をディアボロが強く掴んだ。

 今のアルフレッドを、誰にも見せたくなかった。


「は、離しなさい! アルフレッド様が!!」


 ディアボロは眉間に皺を寄せ、大きく息を吐いた。エレンが空いた手でディアボロを滅茶苦茶に叩く。

 その一撃が、ディアボロの胸元に当たり、一瞬、呼吸が止まった。


「……っ」


 たまらずエレンの手を離し、ディアボロは階段の手すりに寄りかかり、胸を押さえ、詰まった息を吐き出す。


「……ちょっと、どうしましたの?」

「……何も、あるわけがなかろう。店は休みだ。……帰れ」


 そのまま、エレンの背を押し、ディアボロは扉を閉め、閂をかけた。扉の外からエレンの声が聞こえた。


「手持ちの品なので効果は薄いですけど……傷薬を置いていきますわ。お代は、今度美味しいものを食べさせてくださいませ。それでチャラですわよ」


 エレンの気配が消え、ディアボロはそっと扉を開けると、小さな器に入った緑色の軟膏がぽつんと置かれていた。それを取り、ディアボロはアルフレッドのところへ戻る。巻いた包帯をほどき、軟膏を塗って、もう一度包帯を巻く。


 日が陰り、どこからか夕食の香りが漂いはじめるころ、ディアボロは厨房のコンロの前で、腕を組み、仁王立ちしていた。


「ふむ……」


 手にあるのは、表紙に禍々しい髑髏の装飾が施された一冊の古文書。魔導料理書『深淵の食卓』である。そのページをめくり、ディアボロは最後のページに目を留めた。


『素材ではない。料理の真髄は心である』


 冷蔵庫を開けると、ストックのコンソメスープとベーコンと牛乳。野菜の棚から、ディアボロは玉ねぎとほうれん草を出した。

 玉ねぎを細かく刻み、火にかけたフライパンで丁寧に炒める。透き通る色に変わったら別皿に取り、フライパンへ油を引く。生の米を入れ、表面に油が回るまでゆっくりと混ぜる。

 さらにコンソメスープを入れ、玉ねぎを戻し、しばらく煮る。ふつ、ふつ、と柔らかな音が、静かな厨房に広がる。


「ふん、食べやすくすればいいのだろう」


 米が煮える間、ディアボロはシンクに寄りかかり、目を閉じると、ここで調理をしていたアルフレッドの小麦色の腕が脳裏に浮かぶ。パフェを作っていたときの真剣な眼差し。夜中に食べた砂漠の砂のようなきなこパン。そして、芳醇な香りの紅茶『ブラン』を淹れてくれたときの滑らかな手つき。

 いつもアルフレッドは優しい笑みを浮かべ、ディアボロに笑いかけてくれていた。今は、その光景が、やけに遠く感じられた。


 カタン、とテーブルの皿に立てかけていたヘラがずれて落ちた。

 ディアボロはフライパンの中身を確認し、ほうれん草を刻んだものを入れ、少し煮る。ミルクを注ぎ、味を軽く整え、二つの器に盛り、トレーに載せて二階へ向かう。


「……マスター、居たんですね。よかった……」

「……アル。貴様……」


 言葉が続かない。ディアボロの手からトレーが滑り落ちかける。が、こぼさないように持ち直す。血の気の引いた顔のアルフレッドはそれを見て、くすりと笑う。


「……匂いで気がついちゃいました。美味しそうだったので」


 ディアボロは歯を食いしばり、天井を見る。そしてしばらく動けない。


「……まだ、熱いぞ」

「もう限界です。早くください」


 顔を上に向けたまま、視線だけをアルフレッドに落とす。ガチガチに巻いた包帯で、アルフレッドの腕は上がらない。肩の力を抜き、静かに息を吐いたディアボロは思い切って丸椅子に座ると、サイドテーブルに置いたミルクリゾットをそっと掬う。


「ほら、口を開けろ」


 ディアボロの頬に色味が差しているのが見え、アルフレッドは悪戯そうな笑みを浮かべた。


「あーん」

「っ、この……」


 ディアボロはギリっとスプーンに力を入れ、アルフレッドの口にミルクリゾットをぐいと押し込む。


「熱っ! ……でも、すごく美味しいです」

「決まっておる。我を誰だと思っておるのだ」


 口角を上げ、ディアボロがアルフレッドを見据える。その質問に怯むことなく、アルフレッドはさらりと言った。


「俺だけの、マスターです」


 そして、互いに声を上げて笑った。

 その笑いは、職人街の夜のような、温かな響きだった。

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