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元勇者だけど、たまに猫になる魔王とレストランをやってます。この関係は誰にも言えません  作者: 甘城ソウヤ
第6部:瓦礫の上の約束と、終わらない食卓

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第113話 『瓦礫の上の約束』

 ――二年前。


 この世界には、蘇生というものはない。

 だからこそ、勇者は選ばれる。

 その最前線に立っていたのが、アルフレッドだった。


「おい、相棒。俺はここまでだ」


 金の宝箱の前で、ギャレットは座り込んだまま、息を吐くように言った。灰色の冷たい床に、血溜まりが広がっている。

 軽く息を吐くギャレットを見ると、肩口から胸元まで、斜めに裂けていた。


「はは、やっぱり勇者の剣が入っていた宝箱は一筋縄じゃねえな。俺、やっちまったが……中身は、お前が使えよ」


 アルフレッドはグッと奥歯を噛み締め、震える手を隠し、剣を受け取る。


「ああ。……やっとお前は家に帰れるな」

「おう、先に帰ってるわ」


 エレンが、命を繋ぐための最小限の回復魔法をギャレットに施す。

 既にパーティは限界に近かった。

 ギャレットは宝箱の前で座ったまま、みんなを見送った。

 そして、アルフレッドの手にある剣を見て、ギャレットは「頑張れよ、アル」と小さく呟いた。



「そろそろ、魔王の部屋の前だな」


 魔王城の狭い廊下の影でアルフレッドたちは焚き火をしていた。

 ガイルは僅かな水を口にし、息を吐く。

 エレンは隅で膝を抱え、焚き火をじっと見続けていた。


「もう何も出てこなければ、いいんだけどな」


 アルフレッドは息を潜め、廊下の先を覗く。

 滑らかで、氷のような壁と床だけが続いていた。漆黒のそれは音すら吸い込んでいるようで、沈黙だけが続いている。


「……こうしてもいられないし、先に進もう」


 アルフレッドは残り僅かな食料を確かめ、腰のポーチの油紙に目を留める。

 朝作った最後の食料。ただの寄せ集めの、味もないハンバーグ。


「あの、アルフレッド様。これを持っていってください」


 エレンから二本の薬瓶を受け取る。


「エレンの分は? 俺だけ貰うのもマズい」

「私は回復も攻撃もできます。……アルフレッド様が無事ならそれで」

「そうだな、私がエレン殿を護ろう。アルフレッドは気にせず進め」


 ザッと足で焚き火を消し、氷のような床を進む。その先に、何かが静かに佇んでいた。


「デュラハンか!」


 壁に囲まれた空間に、漆黒の鎧が一体、立っていた。

 その頭部に兜はなく、アルフレッドたちを確認するとカタカタと揺れ始める。


「あいつ、ハルバード持ちか!!」


 ガイルが敵の武器に目をやり、絶望の混じった声で叫ぶ。

 ハルバードを振り回されれば、この広さでは逃げ場がない。


「しょうがない。俺がここを引き受ける。アルフレッドは先へ進め!」


 ガイルが剣を抜く。その斜め後ろでエレンも杖を構える。


「デュラハンなら、範囲から逃げれば生き残れます。だから……アルフレッド様だけでも、魔王の元へ」


 アルフレッドはためらう……が、ガンッ! 背中にガイルの蹴りが叩き込まれる。


「ゆっくり悩んでいる暇はない。行け!」

「くそっ、生き残って、また会おう!」


 アルフレッドは後ろを振り返ることなく、歯を食いしばり、デュラハンの脇をすり抜けて、前へ進む。


 最奥の扉をアルフレッドはゆっくりと開ける。


 目の前にいたのは、冷たい星の色を吸ったような銀の髪の男だった。

 長髪をさらりと揺らし、玉座からゆっくりと立ち上がって、アルフレッドを見据える。その瞳はルビーのような深紅色。

 血管が透けるような白さの肌をした男は、気品のある漆黒の燕尾服を纏っていた。


 バサリとマントを翻し、血を吸ったような赤の光沢が重く揺れる。

 階段を降りるたび、肩を覆う重厚な黒い鉄の鎧が、ギシリと鳴る。


 倒すまで戻れない、そう信じていたはずだった。

 だが、その姿を見た瞬間、アルフレッドの周りの音が消えた。

 呼吸が止まり、心臓が跳ね、顔が火照る。視線を逸らすことさえできない。


「なんだ、これ……」


 魔王がアルフレッドを見ている。

 その一瞬が、不自然に止まったかのようだった。

 決意は頭から消え去り、なぜそんなことになっているのかさえ分からないまま、アルフレッドは魔王の余裕ある表情に、ただ魅入られていた。


「よくぞ来たな勇者。我の生贄になるため、ここで死ぬがいい」


 魔王はゆっくりと黒鋼の剣を抜き、正眼に構える。

 次の瞬間、それは叩き降ろされていた。


 ギンッ!


「ぐっ……」


 アルフレッドは間一髪で受ける。腕が軋み、悲鳴を上げる。

 魔王は間を置かず、漆黒の炎を打ち込んでくる。


『魔王の炎なら切れるぜ、その剣』

 ギャレットが宝箱を開け、剣を覗き込んだときの言葉を思い出す。

 アルフレッドは体勢を崩したまま、黒炎めがけて剣を振る。


 ギイン! 黒炎が弾け、すうっと消滅する。


「ほう」


 魔王は口角を上げ、アルフレッドを見る。

 息を切らせながら、アルフレッドは魔王を睨む。その瞳は、まっすぐな群青色。

 全身に傷を刻みながらも、その表情に迷いはない。

 

 大上段で構え、アルフレッドは一気に間合いを詰める。

 余裕を浮かべたまま、魔王は剣をわずかにずらし、剣勢を削ぐ。


「油断するなよ」


 次の瞬間、片方の肩の鎧が弾け飛び、遅れて銀髪がふわりと舞い上がる。

 アルフレッドは剣で迎えながら、魔王の鎧へ同時に魔法を叩き込んでいた。

 その判断に魔王は愉しげに目を細めた。


「やってくれるな。久々に愉しめそうだ」


 砕けた鎧の残骸をバラバラと落とし、魔王は剣の切先を下げ、足元へ滑り込む。

 黒鋼の剣が下から跳ね上がり、アルフレッドの鎧が両断される。


 鎧はガラン、と床に落ちた。


 アルフレッドは使い物にならなくなった鎧を蹴り飛ばし、息を吐く。

 身体は軽くなった。重苦しいものが解けていく。

 それ以上に、胸の奥にこびりついていた重さが消えていることに気づき、アルフレッドは悪戯っぽい笑みを浮かべる。


 その剣を振らせれば、次はもう受け切れない。

 床へと目を落とし、魔法を叩き込む。ひび割れが走り、震動とともに天井から粉塵が降り注いだ。


 舞い上がる粉塵に目を細め、魔王はアルフレッドのいた場所へ剣を振り下ろす。

 その隙を逃さず、アルフレッドは自身の剣を投げ捨てた。


 ガラン、と無機質な音が床に響く。


 魔王の元へ走り込む。間合いを詰め、魔王の右手へ蹴りを叩き込む。


 ガキィン!

 黒鋼の剣が蹴りで弾き飛ばされた。何もなくなった右手を見て、魔王の眉間に初めて皺が寄る。


「んな、物騒なもん振り回されちゃ、こっちの身が持たないぜ」


 アルフレッドは手指を鳴らし、目にも止まらぬ速さで固く握った拳を魔王のこめかみに叩き込む。

 それが届く前に、魔王はあっさりと拳を止め、皮肉げな笑みを浮かべる。


「我が剣しか振れぬ奴だと思ったか」


 魔王の蹴りが重く腹部にめり込む。

 内臓が揺さぶられ、アルフレッドは息をつまらせる。だが、すぐ吐き出し体勢を整えた。

 魔王が床に足をつける前に、アルフレッドの返しの拳が空気を切り裂き、魔王の顔面を打ち抜く。

 魔王の視界に火花が散り、わずかによろめく。だが、両者の足は地面を離れない。


 不意に、戦場を裂いて黒炎が奔った。

 回避は間に合わない。肉の焼ける嫌な臭いと共に、肩に激痛が走る。

 アルフレッドは強引に間合いを詰め、渾身の力を乗せた一撃を魔王の胸元へ叩き込む。常人ならば、そこで膝を突いているはずだ。


 ……なんで、こんなに楽しいんだ。


 二人は笑っていた。


 アルフレッドは血に濡れた拳を握り直す。焼けた肌を晒し、再び地を蹴る。

 魔王は漆黒の爪を出し、アルフレッドを迎え撃つ。


「まだだ」


 殺そうと狙ったはずの拳が、次第に相手の呼吸を読むためのものに変わっていく。

 踏み込み、弾かれ、焼かれ、それでも殴り返す。

 どちらも倒れない。終わらせるために戦っているのに、終わりが遠ざかっていく。


 ガイルたちは、もう退いているはずだ。ここに残っているのは、自分たちだけ。

 どれほど打ち合っていたかも分からないほど、時は過ぎていた。

 玉座の間は、いつ崩落してもおかしくないほど荒れ果てていた。


 魔王がアルフレッドの顔面を狙って拳を叩き込もうとする。

 だが、その拳は途中で鈍り、振り切れない。


 その隙に、アルフレッドは、重心を下げる。

 踏み出して魔王を殴ろうとした。


 だが、足が出ない。


 腕が急に重くなり、視界が白く飛びはじめる。

 呼吸が浅いことに気づいたときには、指さえ動かなくなっていた。


 魔王の拳がアルフレッドの肩に落ちる。

 重さはなく、軽い衝撃が骨に薄く響くのみ。


 魔王はため息をつき、その場で腕を組んだ。


「……潮時か」


 その呟きを聞いたアルフレッドは、傍にあった瓦礫に這い、腰を下ろす。

 壁の亀裂から外の光が漏れてくる。眩しいオレンジの光だった。

 その光を、アルフレッドはしばらく眺めたあと、動く手で髪をくしゃりと掴み、大きく息を吐く。


 そして、空を仰いだ。


「あー、もう……やめた!」


 あっけらかんとしたアルフレッドの言葉に、魔王の爪が、アルフレッドの喉元の手前で止まった。

 そんな魔王に構わず、腰のポーチに入っていたものを取り出し、開ける。


 油紙に包まれているのは、肉を寄せ集めただけの、味もないハンバーグ。

 それを半分にし、少しためらい、片方を魔王に差し出す。


「食うか?」


「……何だ」


 腕組みしてアルフレッドを見下ろしていた魔王は、それを受け取り、そのまま隣に座る。


「最後の食事だと思って、作ってきた。せっかくだから一緒に食おう」

「ふん」


 魔王は手の中のハンバーグをしばらく眺め、口に運ぶ。

 それを見て、アルフレッドも同じように一口齧る。

 最後の食材で作ったものだから、味も素っ気もなかった。

 

 ……だけど、うまい。


「……悪くない」


 素直にハンバーグを食べ、評価してくれる魔王。

 それがなんだか可笑しかった。


「俺はアルフレッド。おまえは? 魔王って名前じゃないだろ?」


 半壊した魔王城に、一陣の風が吹き抜け、空気が変わる。


「……ディアボロだ」


 魔王は残りのハンバーグを一口で食べ、じろりとアルフレッドを睨む。


「おい、アルフレッド。これだけでは我の腹は満たされぬ」

「えっ?」


 いきなり何を言い出すんだ、この魔王……いやディアボロは。


「……じゃあ、俺があんたのために作りますよ。極上のハンバーグを」


 ディアボロが、わずかに口角を上げる。


「その約束、一分子も違えるな」



 ――そして、今。

 崩れかけた玉座の上で足を組むディアボロを、アルフレッドは見据える。


 冷たい星の色を吸ったような銀の髪。さらりとそれを揺らし、玉座からゆっくりと立ち上がり、二年前と同じようにアルフレッドを見据える。

 その瞳はルビーのような深紅色。一つだけ違っているのは、純白の燕尾服。


 目の前のディアボロを見据え、アルフレッドは静かに言い切る。


「一分子も違えるなって、言ったのはあんたですよ、マスター」

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