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元勇者だけど、たまに猫になる魔王とレストランをやってます。この関係は誰にも言えません  作者: 甘城ソウヤ
第6部:瓦礫の上の約束と、終わらない食卓

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第112話 『切り捨てた役割と、崩壊した城』

「……マスター? っ、大丈夫か! おい!」


 アルフレッドはディアボロの上体を起こし、膝に抱き寄せ、額に手を当てる。

 意識はない。かすかな呼吸だけが、かろうじて聞こえていた。


 ――パキ、パキ。


 ディアボロの胸の内側で、何かが軋む音がした。

 ディアボロの燕尾服を乱暴に開くと、視界に飛び込んできたのは、黒いあざだった。それは、心臓の位置を中心に、じわりと広がっていた。


 パキパキと、耳に障る音が鳴る。


 アルフレッドは息を呑み、たまらずディアボロを抱え上げ、そのまま二階のベッドへ駆け上がった。


 ディアボロをベッドに寝かせ、アルフレッドはベッドサイドに座り、両手でディアボロの手を包み込む。

 じわりとこめかみから冷たい汗が流れる。


「……ど、どうすれば……」


 アルフレッドはディアボロの手を握ったまま、何度も名を呼んだ。

 返事はなく、浅い呼吸のまま、ディアボロは横たわっている。部屋に響くのは、パキパキと、何かが胸を侵食する音だけ。


「……待ってろ。すぐ、何か……」


 アルフレッドは立ち上がり、水を取りに部屋を出る。

 一階に降り、震える手で水差しを掴み、水を注ぐ。

 息を吐こうとするが、うまく吐けない。


 アルフレッドは頭を振ってグラスを取ると、急いで二階のディアボロの所へ戻った。

 だが、ベッドには、めくれ上がった毛布だけが残されていた。



「……アルフレッドさーん、いますかぁ」


 階下から誰かが呼ぶ声が聞こえた。


 ディアボロがいなくなってどれほど経ったのか、分からない。

 のろのろと部屋を出て、アルフレッドはそのまま階段を降りる。


「あっ、アルフレッドさん、いた。よかったぁ」


 心配そうに見上げていたのは、ゼノンだった。

 アルフレッドはカウンターの椅子に座る。ゼノンも隣に腰を下ろす。


「魔王様がいなくて困ってるんじゃないかって。いきなり来てすみません」


「……どうして、それを」

「見えちゃったんです。魔王様の居場所が」

「どこにいる! 早く、いや今すぐ……」


 そっとアルフレッドの腕に触れ、ゼノンは心配そうに見上げる。


「落ち着いてください。ボクはあなたに問わなきゃいけないことがあります。

 ……魔王代理として」


「……なんだ」


 アルフレッドの眉間に皺が寄り、つま先が落ち着きなく床を叩く。


「魔王様の場所には、勇者として行くんですか?」


 その言葉に、アルフレッドの思考が一瞬で冷える。

 あの状態のままここに連れ戻しても、何も変わらない。

 それにこのゼノンの問い。これはきっとアルフレッドのあり方そのものを問われている。


 大きく息を吸い、吐き出す。覚悟は決まった。


「料理人として、マスターを迎えに行く」


 ゼノンはふうっと息を吐き出し、「よかったぁ」とつぶやく。


 アルフレッドは立ち上がり、純白のコックコートの襟を正し、魔鋼の包丁を腰に挿す。群青の瞳がまっすぐに光る。


 ゼノンは立ち上がり、裏庭に転送陣を作り出す。


「行き先は崩壊した魔王城。二年前に魔王様とあなたが戦った場所です。いきましょう」


 アルフレッドが転送陣の淡い光の中に踏み込む。

 一瞬で辺りの空気は変わり、乾いた風と瓦礫の砂が舞い上がる。


「すみません。ここは、魔王城が崩壊したときに魔王様とあなたが封印をかけた場所なので、ボクは入れません」


 封印の淡い光の中にアルフレッドは踏み出す。ガラッ、足元の瓦礫が崩れて転がるものの、抵抗なく入った。

 アルフレッドの背中に向かって、ゼノンは声をかけた。


「お願いします。どうか魔王様を……お願いしますぅ……」

「ああ、わかった。連れ帰ってくるよ。あいつを」


 泣きそうなゼノンを背に、アルフレッドは玉座の間へ向かう。そして、いた。

 崩れかけた玉座に座り、足を悠然と組んでいる、以前と同じ、完全なる魔王がそこにいた。


「よかっ……」


 無事でいてくれた。そう思った瞬間、アルフレッドはディアボロに駆け寄っていた。


 ガッ!


 アルフレッドは、硬く見えない壁に弾かれた。

 そして、冷たい声が響く。


「よくぞ来たな勇者。我の生贄になるため、ここで死ぬがいい」


 ゆるりと立ち上がったディアボロの深紅の瞳は、初めてアルフレッドと対峙したときの輝きそのままだった。

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