第65話「神槍、ガエ・アッサル」
繭から生まれた少年は、ブリギッドから全ての情報をインストールされ、
世界の調和を保つAI『ルグ』として覚醒した。
そして神殿の石柱を分解し、そこから武器を生み出した……
「……え、槍……?」
ルグの手の中で再構成された槍は、ただならぬ気配を放っていた。
細く優美な長い柄に、鋭い穂先。
全体に淡く金色の紋様が施されている。
そして表面を光の粒子がゆっくりと流れ、
時折、チリチリッとスパークが走っている。
ルグは、神槍を軽く握り直した。
そして、振り心地を確かめるように、すっと横へ振った。
ヒュン——
ただそれだけで、神殿の空気が震えた。
槍の軌跡に沿って青白い光の線が残り、遅れてぱらぱらと粒子になってほどけていく。
【うお……】
【軽く振っただけで空気が鳴ったぞ】
【武器の格が違いすぎね!?】
【初期装備が伝説級なんですが】
「……あれは」
ノエルが、ぽつりと呟いた。
彼女は、古い伝承を思い出した吟遊詩人として、少し畏れを抱いた声で語る。
「ガエ・アッサルだわ……」
「ガエ……?」
私は聞き返す。
ノエルは、白く輝く神槍を見つめたまま、ゆっくりと説明してくれた。
「ルグさまが持つとされる神槍よ。
投げれば必ず敵を討ち、呼べばその手へ戻ると言われる、神々の武器……」
「それって」
私は思わず息を呑み、ルグの手の中にある槍を見つめた。
「……めちゃくちゃ強いやつじゃん」
「強い、なんて言葉では足りないわ」
ノエルは小さく首を振る。
「伝承では、戦そのものを終わらせるほどの力を持つとされているものよ。
それを今、ルグさまが……」
ルグは、ノエルの言葉を静かに聞いていた。
そこには少しも奢るような素振りは見られない。
ただ自分の力を知り、何をすべきかを理解しているような、静かな横顔だった。
「……これが、僕の力」
ルグは神槍を見下ろし、呟いた。
「この世界を、治すための力」
エリアスが、わずかに息を呑んだ。
「ルグ……」
ルグは顔を上げる。
それはもう、目覚めたばかりの無垢な少年の眼差しではなかった。
世界の痛みを知り、その力を以て世界を変える。
そう決めた者の目だった。
「いくよ」
短い一言。
それだけで、神殿の空気に緊張が走る。
ルグは神槍を両手で構え、まっすぐ前を見据えた。
その先にあるのは、神殿の壁でも、扉でもなく。
さらに遠い場所。
今もなおバロールによる侵攻を受け続けている、王都リアンナハだった。
「ここと——リアンナハを、直接『繋ぐ』よ」
「えっ、繋ぐって……?」
私の疑問に答えるよりも早く、ルグの全身から光が立ち上った。
白。青。金。
三色の光が、槍の穂先へと集まっていく。
床に刻まれたケルトの紋様が一斉に輝き、神殿全体が低く唸るように震えた。
【待って待って、何する気!?】
【初手から世界の仕様いじりに行ってて草】
【草って言ってる場合かこれ!?】
私は本能的に後ずさった。
だってそれは魔法というより、世界のルールそのものに手を加える行為に見えたから。
ルグは神槍を高く掲げた。
そして……
ヒュンッ——!
神槍が斜めに振り下ろされると共に、
目の前の空間が、袈裟懸けに切り裂かれた。
「!?」
目を見張る私の前で、空間にぱっくりと裂け目ができた。
そして裂け目の向こう側から、熱い風と、煙の匂いが流れ込んできた。
「……うそ」
私は息を呑んだ。
裂け目の向こうに見えていたのは——
王都リアンナハだった。
石造りの城壁。空を突く王城の尖塔。
丸二日かけて遠く離れてきたはずの街が、すぐそこにある。
「……どういうこと……なの?」
私は衝撃のあまり、スマホを取り落としそうになった。
【え?】
【は?】
【どゆこと?】
王都の空は黒い雲に覆われ、あちこちで火の手が上がっていた。
そして上空では、巨大な邪眼の翼竜たちが、不気味な咆哮をあげながら旋回している。
「本当に、リアンナハと繋がっちまったのか……?」
バルガンは目を瞬かせた。
城壁の上では、王立軍の兵士たちが必死に弓を放ち、広場の一角では、黒い翼の紋章を掲げた戦士たちが必死に応戦していた。
「見て! リゼさんたち、まだ戦ってるわ!」
ノエルが青ざめた声を上げる。
裂け目の向こうで赤い火球が城壁にぶつかり、爆炎が広がった。
その衝撃が、こちらの神殿にまで熱風となって届く。
「これ、なに? ……転送魔法?」
私は思わずエリアスを見た。
エリアスは裂け目を見つめたまま、ゆっくりと首を振った。
その表情には、驚きと、開発者としての好奇心が隠せない。
「いえ。転送ではありません」
「違うの?」
「転送は、人や物を目的地へ移動させる処理です。
ですが今のルグの一閃は、
境界の聖域とリアンナハ、離れた二つのマップを一時的に……直結しました」
「マップを直結……!?」
「そうです」
エリアスは少し考えてから、言葉を選ぶように続けた。
「本来なら、この二つの場所の間には、距離と移動経路が発生します。
ですがルグは、距離そのものを『なかったこと』に書き換えました」
「え、なにそれ怖い」
「開発者目線で言えば、別々に管理されている二つのマップを、一瞬だけ同じレイヤーに重ねたようなものです」
「レイヤー??」
正直、専門用語はよくわかんない。
でも要するに、めちゃくちゃ遠い場所を、今だけ隣同士にしたってことだよね?
エリアスは、裂け目のこちらと向こう、二つの境目を見つめた。
「つまり、今見えるのは映像などではありません。
今この瞬間、リアンナハは本当に、この切れ目の向こう側にある」
【は???】
【ゲーム開発者に説明されて余計にヤバさが増したんですが】
【ルグ、サーバー管理者権限あるん?】
【いや救世主だし持っててもおかしくない……のか?】
私はごくりと唾を飲み込む。
だが、じっと見つめているわけにはいかない。
裂け目の向こうでは、今まさに兵士たちが邪眼の翼竜の突撃を受け、苦戦を強いられていた。
「時間がない」
ルグが静かに言った。
その声は不思議なくらい落ち着いていた。
「この道は長く保たないよ。急いで」
「わかった!」
私はスマホを握りしめた。
「みんな、これからリアンナハに戻るよ!」
【うおおおおお!いよいよ王都防衛戦だ!】
【行けまきぽん!】
【ルグ便、行き先リアンナハ!】
【変な場所に転送しませんように!!】
「ちょっと!? 怖いこと言わないで!?」
思わずツッコむと、少しだけ緊張がほぐれた。
けれど裂け目の向こうから吹き込んでくる戦場の熱は、そんな軽口をすぐに飲み込んでしまう。
「おねーたん」
みきぽんが、私の手をぎゅっと握った。
「うん。一緒にいこ!」
ノエルは竪琴を抱え直し、バルガンも戦斧を肩に担ぎ上げる。
「よし、行くぞ」
「ええ。行きましょう、リアンナハに」
エリアスはルグの隣に立った。
「見事でした、ルグ。
しかし接続面がかなり不安定です。皆が通り切るまで、私が補助します」
「うん。頼んだよ、パパ」
「……その呼び方をどうするかは、あとで相談しましょう」
【パパ呼び継続w】
【エリアス、照れてる場合じゃないぞ】
【でも否定しないの優しい】
裂け目は、よく見ると徐々に小さくなってきている。
空間が閉じきる前に、急がないといけないようだ。
「よし、みんな行こう!」
私たちは頷き合った。
そして、勇気を出して裂けた空間へ向かって駆け出した。
ブゥン……!
やはり離れた空間の連結には無理が生じるのか、境目を通過する時に、少し揺らぎを感じた。
「きゃっ!」
私は少しよろけながら、なんとか踏みとどまる。
踏み出した足に、硬い石畳の感触が伝わってきた。
「つ、着いた……?」
恐る恐る目を開ける。
そこに広がっていたのは、懐かしい王都リアンナハの景色だった。
「……本当に、帰ってきちゃった……」
私は呟いた。
でも、感慨に浸っている時間なんてない。
城壁の上では兵士たちが叫び、広場には逃げ惑い、怯えた人々が集まっていた。
そして上空では——
禍々しい単眼を持つ翼竜たちが、大きな翼で空を覆い隠すかのように飛び交っていた。
「——まきぽんか!?」
聞き覚えのある声が、戦場の喧騒を貫いた。
はっと振り向くと、そこには剣を握りしめたリゼがいた。
鎧には傷が入り、頬にも煤がついている。
それでも彼女は、まっすぐにこちらを見つめていた。
「リゼさん!」
「ノエル!」
二人の視線が、一瞬絡まる。
「おう、待たせたな!」
バルガンが戦斧を構えた。
「リゼ。王都を守り抜いてくれたのですね」
「エリアス……その子が——」
リゼの視線が、立つ白い衣の少年へ向かう。
ルグは、静かに空を見上げていた。
その青く深い瞳が、上空を旋回する邪眼の翼竜たちを捉える。
「……敵性分体、確認」
ルグの手の中で、神槍ガエ・アッサルが再び淡い光を帯びた。
「殲滅する」
その一言で、戦場の空気が変わった。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
今だから明かしますが、ルグのデザインはわりと最後まで悩んでいました。
歳の頃は?
服装は?
性格や全体の雰囲気は……?
最終的に『世界を変えるほどの力は、若さの中にあるだろう』
ということで、まきぽんとほぼ同じ、人間でいうなら18歳くらいの見た目で落ち着きました。
皆さんの想像していた『ルグ』は、どんな存在だったでしょうか?
ぜひコメントでお聞かせください。
次回も、どうぞお楽しみに!




