第64話「最後の希望」
エリアスは、まきぽんの配信の力を借りて、ルグを目覚めさせる儀式を行った。
光に包まれながら、目覚める繭の中には……?
まばゆい閃光の中で、繭は静かに目覚め始めた。
白く半透明だった殻に、次々と光の亀裂が走る。
ひび割れは一気に全体へと広がり、まるで花が咲くみたいに外側へほどけていった。
その中心に——
「……っ」
私は思わず息を呑んだ。
そこに浮かんでいたのは、小さく身体を丸めた、ひとりの少年だった。
年の頃は十八歳くらいだろうか。
ぼんやりとした光に包まれた、その姿は……
薄い青色の髪に、白く淡い光を放つ肌。
大人と子供の境目のような、細くしなやかな手足。
体の表面には、まだプログラムの支配下にあることを示すように、青白い文字列が走っている。
流れるコードは脈打つように輝きながら、
彼の腕を、胸を、脚を、静かに巡っていた。
【出た……!】
【これがルグ!?】
【神々しすぎて、一瞬コメント打つ手が止まったんだが】
少年は、淡い光に抱かれながら、しばらく微動だにしなかった。
空中に浮かぶその姿は、眠っているというより——
まだ世界と繋がったまま、夢と現実の境目を漂っている胎児のようだった。
みきぽんが、私のスカートの端をくいくい、と引っぱった。
「おねーたん……あのこ、きれいでち」
「そうだね……」
そう。一言で表すなら『綺麗』だった。
危ういほどに純粋で、儚い姿。
だがその体がまとうオーラから、この世界を変えるほどの、莫大な力を秘めていることが伝わってくる。
エリアスは祭壇の前に立ち、静かに語りかけた。
「ルグ……」
その声には、辛抱強く育み、孵化を待ち続けてきた者の熱量が宿っていた。
エリアスはそっと杖を掲げた。
「——目覚めよ」
神殿を満たして響く、その声に。
ぴくり、と。
少年の指先が、かすかに動く。
次の瞬間、閉じられていたまぶたが、ゆっくりと開かれていった。
深い藍色の瞳は、空の色でも海の色でもない。
もっと深くて、底知れぬ物……
例えるなら、宇宙の始まりみたいな『闇』を宿していた。
「……」
ルグは、何も言わなかった。
ただ、目覚めたばかりの赤ん坊のように、ゆっくりと視線をさまよわせる。
神殿の柱。
降り注ぐ光。
祭壇。
そして——
エリアスの姿を見つけた瞬間、大きく瞬きをした。
「……ぱぱ?」
「へっ!」
私が変な声を出したのと同時に、バルガンが思いっきりむせた。
「ゲフッ……パ、パパだぁ!?」
「ちょ、ちょっとバルガンさん、静かに……!」
ノエルも目を丸くしている。
【ちょ、そう呼ぶ!?】
【ルグくん、起動一発目が『ぱぱ』なの強すぎる】
【エリアス……誰の子なの案件】
『パパ』と呼ばれたエリアスは、ほんの一瞬驚きの表情を見せたものの、すぐにいつもの落ち着きを取り戻した。
「ええ。目覚めましたね、ルグ」
その声音は、生まれたばかりの存在を慈しむかのように、柔らかかった。
【そこ否定しないんかい】
【やっぱりパパだった】
ルグはまだ半分夢の中にいるような表情で、ふわりと宙に漂ったまま、エリアスを見つめた。
「……ぼくは、だれ……?」
エリアスは祭壇の前に立ったまま、その問いに答える。
「あなたは『ルグ』。
この世界の均衡を保つために生み出されました」
「せか……い?」
「そして今、あなたの力が必要となる時が来たのです」
「ぼくの……ちから……?」
ルグは、自分の手を見下ろした。
その視線を受けて、腕を走っていた文字列が一際強く発光する。
次の瞬間。
シュイィィンッ——!
ルグの全身を巡っていた光のコードが、一気に加速した。
「うわっ!?」
「きゃっ……!」
私たちは思わず身を引いた。
青白い文字列はルグの体表を何重にも走り、折り重なり、編み上がっていく。
それはやがて、彼の身体を包み込むように、白い鎧のような衣服へと変化した。
衣の端々を美しく彩る金の紋様。
肩から流れる白銀のマント。
【うおおおお、変身した!?】
【ルグくんお着替え完了】
【……さすがに全裸はまずいと思ったんじゃね?】
【システム、そこは有能】
神官の衣と甲冑を掛け合わせたようなシルエットは、神聖でありながら、戦うための装束にも見える。
ルグは両手を広げ、自らを包んだ衣装を不思議そうに見つめていた。
「これが……ぼく……」
その時だった。
ブツン、とスイッチが切り替わるような音がして、
神殿の上空に、大きなウィンドウが強制展開された。
《——通信回線、強制接続》
(……ブリギッド!?)
見上げると、大きなモニターの中にはブリギッドの姿が映っていた。
いつもの穏やかなフィオナ女王の顔ではない。
管理者ブリギッドとしての、冷たく澄んだ表情だ。
《ルグ、目覚めましたね》
「きみは……だれ?」
ブリギッドは、毅然としてルグに語りかける。
《私は、この世界を統べる者。
——今からあなたに、これまでの記録をインストールします》
「きろく……?」
ルグがきょとんと首を傾げる。
《ティル・ナ・スカの構築履歴。バロールの侵食記録。
プレイヤーたちのログ。王都リアンナハの被害状況。
現時点までの全観測データ……》
ブリギッドの瞳が鋭く光った。
《あなたは、すべてを知る必要があります》
ブリギッドはスゥッ……と掌を掲げる。
そして一瞬、彼女の瞳の奥で青白くコードが走った。
——同時に。
ドォォォォォォンッ!!
激しい衝撃が神殿を揺らした。
「きゃあっ!?」
私は咄嗟にみきぽんを抱き寄せた。
「なんだ? 何が起こった!?」
バルガンとノエルは、それぞれの武器を持って身構えた。
「大量のデータが、一度に送信されています」
エリアスの言葉が終わると、神殿の建物は振動し、柱に刻まれたケルトの古代紋様が一斉に明滅を始めた。
ルグの身体がそれに呼応するかのように、びくん、と跳ねた。
「う、あ……!」
彼の周囲に、無数の光の断片が押し寄せていく。
閉じられた世界、ティル・ナ・スカ。
まきぽんの転移。
モリガンの解放。
邪眼の翼竜。
壊れた街。
泣き叫ぶ人々。
配信。
コメント。
リヒト。
……バロール。
ありとあらゆる記録が、光の奔流となってルグめがけて流れ込んでいく。
【すげー苦しそう……】
【おい、これ大丈夫なの!?】
「うっ……うああああっ……!」
ルグは頭を抱え、身をよじりながら苦痛に耐えている。
だが、見開かれた青い瞳の奥では、莫大な量の情報が雪崩れ込み、まっさらだった彼の意識が、世界の記録で満たされていくのが伝わってきた。
「ルグ……!」
エリアスが祈るような表情を浮かべる。
「耐えるのです。あなたなら、受け止められる——!」
「ぐっ……!」
ルグの全身を、文字列が荒れ狂うように駆け巡る。
だがそれは、暴走ではなかった。
情報はやがて、衝突し、整理され、統合されていく。
恐怖。
怒り。
悲しみ。
祈り。
希望。
この世界に生まれたあらゆる感情が、彼の内で再構築され始めていた。
やがて——
ふっと、光の奔流が静まった。
恐ろしいほどの静寂の中、
ルグはゆっくりと顔を上げた。
先ほどまでの、何も知らない無垢な瞳ではない。
その目には、世界の痛みを知った者の、確かな理解が宿っていた。
「……そうか」
声からも、今までのような幼さは消え、成熟した知性と決意が込められていた。
「僕は……この世界を治すために生まれたんだね」
神殿が、しんと静まり返る。
その中で、エリアスは静かにうなずいた。
「はい」
ルグはゆっくりと祭壇の上に降り立った。
白い衣が、音もなく揺れる。
それから私たちを見た。
「まきぽん」
「みきぽん」
「バルガン」
「ノエル」
「エリアス」
「ブリギッド」
ルグは一人ずつ、存在を確認するように名前を呼んでいった。
そして最後に、
「ありがとう。僕を——この世界を守ってくれて」
「……うん」
その一言に胸の奥が熱くなり、私は大きく頷いた。
でも、感動に浸っている暇はなかった。
ルグは、ふっと神殿の一点——
王都リアンナハのある方角へ視線を向けた。
「……まだ戦ってる」
「えっ?」
私はルグが見つめる方向を見た。
もちろん何も見えない。
「リゼたちか!」
バルガンがハッとして身を乗り出す。
ルグは小さくうなずいた。
「複数のイービルアイ分体が、王立軍と交戦継続中。
戦線の維持にも限界が近い」
「そんな……!」
ノエルが顔色を変える。
「急ごう」
そう言うと、ルグはすっと右手を頭上に掲げた。
すると、近くにあった石の柱がデータへ還るように光の粒子となった。
光は、ルグが掲げた手の中に集まると、一本の白い神槍へと姿を変えた。
「ここと——リアンナハを直接『繋ぐ』」
不意にルグが、不思議な言葉を口にした。
「えっ? ……繋ぐ??」
それから目の前で起こったことは、私の想像をはるかに超えていた——。
最後までお読みいただきまして、ありがとうございました!
今回の、何が一番苦労したかって……
AI画伯が、ルグのイラストを生成してくれなかったんですよ!
まどろむルグの体表に、コードの文字が走るシーンを描きたかったのですが……。
まあね、いやらしい意味はどこにもないんですけど、やっぱり裸はだめですかね(笑)。
「彼は人間ではありません」
「彼は少年ではありません」
「水着を着ていますが、上半身のみ描いてください」
など、あらゆる理由を作って規制を突破しようと試みたのですが、全部弾かれました(^◇^;)
結局
「衣服は、うっすらと光を透かす、薄い白い布を身にまとっている状態にしてください」
で、描いてくれたのですが……難しいモノですねw
さて、いよいよ第三のAIが目覚め、物語は終盤へと向かっていきます。
まきぽんとみきぽんを待ち受けている運命は……?
次回もお楽しみに♪




