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異世界で待ってた妹はモーニングスターで戦う魔法少女(物理)だった件  作者: 未知(いまだ・とも)
第2章 〜私たちの還る場所〜

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第66話「空の眼」

まきぽんたち一行は、ルグの次元を繋ぎ合わせる力で、一瞬にしてリアンナハへ到達した。

そこには苦戦しながらも、なんとか王都を守り抜いていたリゼの姿が。


バロールの分体である、邪眼の翼竜を前にして、ルグは……

「——殲滅する」


ルグの静かな一言が、戦場に響く。


王都リアンナハの上空では、巨大な邪眼を持つ翼竜たちが、不気味な羽音を響かせながら旋回していた。


王立軍の兵士たちは城壁の上から矢を放ち、黒翼戦士団もまた、リゼを中心に隊列を組み、翼竜を相手に激しい攻防を繰り広げている。


すでに何体かは倒したのだろう。

広場の隅には、黒い煙となって崩れかけた邪眼の翼竜の残骸が転がっていた。


けれど——。


「まだ、こんなに……!」


思わず声が震えた。


空には、まだ九体の翼竜が残っていた。

その一体ですら、小さな街ひとつを蹂躙できるほどの圧倒的な力を持っているというのに……。


【待って多すぎるって】

【ボスラッシュかよ!】

【おいおいリゼさんたち、よくここまで持ちこたえたな……】


コメント欄のリスナーたちもザワついている。


「……まきぽん、だよな? 来てくれたのか!」


リゼが、邪眼の翼竜の爪撃を剣で受け流しながら叫ぶ。

一瞬、私の魔法少女のコスチュームに驚いたようだったが、今はそれどころではない。


「うん、私だよ!

 ごめんね、遅くなっちゃった」


「いや、間に合っただけで十分だ。頼んだ!」


リゼは短く答え、すぐに目の前の敵へと視線を戻した。


その横顔は煤で汚れ、鎧にもいくつもの傷が刻まれている。

それでも、彼女の瞳に宿る炎は消えてはいなかった。


「ルグ——」


エリアスが静かに呼びかける。


「状況を読めますか」


「うん」


ルグは、ほんの一瞬だけ空を見上げた。


この世界では、空の星々にログが記録されている。

神の瞳は昼間でも星が見えるというけど、本当だったんだ。


ルグの深い藍色の瞳に、瞬時に戦場全体の情報が流れ込んでいった。


翼竜の数と位置、王都の被害状況、兵士たちの損耗——。


すべての情報を読み取ったルグは、空に向かって声を張り上げた。


「ブリギッド!」


その声に応えるように、空中に青白い通信ウィンドウが開かれる。

そこには、ブリギッドが冷徹な管理者の顔で映っていた。


《ルグ、コアルームこちらでも、状況は確認していました》


「ブリギッド、確認するよ」


《はい》


「この世界——ティル・ナ・スカは、バロールの病巣を破壊できたら、もう閉じてもいいんだよね?」


「えっ?」


私は思わずルグを見た。


閉じる。

それはつまり、この世界が消えるということだ。


ブリギッドも、一瞬だけ目を細めた。


《……それは、どういう意味ですか》


ルグは迷わなかった。


「世界の辺境から、描画と維持に使っているリソースをエネルギーに変換して、全部僕に回して」


「変換……?」


ノエルが息を呑む。


私もショックのあまり、思わず声を上げていた。


「変換って……この世界が消えちゃうってことでしょ?」


みきぽんも、不安そうに私のスカートの端を握る。


「みんな、ないないになる……でちか?」


その不安そうな声に、胸が痛んだ。


バルガンは何も言わず、ただ、奥歯を強く噛みしめている。


【え、待って】

【世界の端っこを犠牲にするってこと!?】

【コストがデカすぎんだろ】


リゼも剣を構えたまま、険しい顔でルグを見た。


「——それしか、道はないのですか?」


ルグは静かに頷いた。


「うん。今のままでは、ここにいる人たちも、この世界も、どちらも守れない」


その声はあまりにも冷静だった。


「それで、……なにをするの?」


ルグは私を見た。

その目は優しかったけれど、決して甘いものではなかった。

そこに湛えられていたのは、


——この世界の命運を背負った者としての決意。


「質量保存の法則。何かを生み出すなら、何かが消えなければいけない」


「でも……そのためにこの世界の一部を壊してくってことでしょ!?」


「壊すんじゃない。終わらせるために、使うんだ」


「終わらせるために……?」


「この世界は、バロールの病巣を隔離するために作られた殻だよ」


ルグは静かに続ける。


「病巣を破壊できたら、この殻は役目を終える。

 だったら、そのエネルギーを病巣を排除するために使う。それだけのこと」


ブリギッドは沈黙した。


その沈黙は短かったけれど、同時にやたらと重く、長く感じられた。


《ルグ、成功する見込みは?》


「十億回、試算をした」


ルグは即答する。


「失敗する確率は、〇・二パーセント以下」


「じゅっ、十億回!?」


バルガンが口を開ける。


【十億回試算した……だと……?】

【起きて数分でやることじゃねぇ】

【AIやべえ……】


《代償は?》


「世界の外縁部、三十七パーセント相当の維持リソース」


その数字に、ノエルの顔が青ざめた。


「そんなに……」


ほぼ、世界の三分の一を失うということか。


《ルグ、その領域は、再描画できません》


「うん。知ってる」


《一度停止すれば、復元は不可能です》


「それもわかってる」


ルグは、まっすぐにブリギッドを見た。


「でも、それだけのリターンは約束する」


静かな声だった。

けれどその一言には、信頼してもいいと思わせるだけの真剣味があった。


「お願い、僕にやらせて」


ブリギッドは、しばらくルグを見つめていたが、

やがて判断を委ねるべく、画面の向こうの主へと視線を向けた。


《どうしましょう、マスター》


戦場の喧騒の中で、エリアスは一瞬だけ目を伏せた。


「……」


きっと今、彼の頭の中では無数の計算が行われ、数多の思い出が駆け巡っているのだろう。


自分たちが作った世界。

そこに生きてきた人々。

美しかった森も、山も、知らない誰かの笑顔も。


彼自身が慈しみ、育んだそれらを『消す』許可を出す。


——簡単なはずがない。


「エリアス……」


私は彼の横顔を見つめた。


しばらくの逡巡のあと、エリアスは目を開けた。


「……わかりました」


静かな声だった。

だが、そこにはしっかりとした決意が秘められていた。


「ルグ、やりなさい」


ルグは小さく頷いた。


「サンキュー、パパ」


「……その呼び方については、本当にあとで話し合いましょう。

 ブリギッド、実行を」


《イエス、マスター》


ブリギッドの瞳の奥で、瞬時に青白いコードが走った。


《リソース再配分、開始します》


彼女の言葉が響くたびに、


《外縁領域、維持優先度を最低値へ変更》


画面の向こうではコードが流れ、魔法陣が展開され、


《描画処理、境界領域より順次停止》


何かが無慈悲に、そして確実に実行されていく。


《ルグへの演算リソース転送、開始》


その瞬間。

遠くの空の果てが暗くなった。


「……え?」


私はリアンナハの城壁の遥か向こう側を見た。


遠くに見える山並みが、灯りを落とされた舞台のように、すうっと黒く沈んでいった。

山の稜線が霞み、空と大地の境目がノイズのように崩れていく。


【うわ……】

【遠くの景色、消えてない?】

【マジで世界の端が落ちてる】

【こわいこわいこわい】


見ていると胸の奥が締め付けられる。


今消えようとしている、あれは背景なんかじゃない。

——この世界の一部だ。


粒子へと還元されたリソースは、光となり、次々とルグの周囲へ集まっていった。


白、青、金。


三色の光を集め、神槍ガエ・アッサルが、まばゆい輝きを帯びた。

さらに飽和したエネルギーは、ルグの背中に翼のような光の輪郭を描いていく。


ルグは空を見上げる。


「対象、九」


淡々とした声。


「優先順位、確定」


次の瞬間、ルグがゆっくりと右手の聖槍を掲げた。


「え——?」


そして、私が声を上げるより早く。


空に、一条の光が走った。


詠唱はない。

構えも、予備動作もない。


ただ、ルグが槍先で空を示しただけだった。


「……ルーグ・ラスター」


抑揚のない声と共に。


ズドォォォォォンッ!!


青白い光の槍が、空より流星のように落ちてきて、飛んでいた一匹の翼竜の背を貫いた。


「ギャアアアアアアッ!!」


内側から湧き出すような光に灼かれ、翼竜の巨体は黒い灰となって崩れていく。


「……おい、なんだ今の!?」


唖然とするバルガンに、私は声をかけた。


「あれ、ルーグ・ラスターだよ……」


一度打った私ならわかる。

あれは——使われてはならない、世界最高の禁呪。


リゼが目を見開いた。


「ま、まさか!?」


ルーグ・ラスター、ルグの光。

そう、『神の威光』……。


ルグは続ける。


「二」


再び光条。


「三」


さらに光条。


「四、五」


空が次々と光り、

ルーグ・ラスターが、次々と雨のように降り注いだ。


【えっぐ】

【は? 詠唱なし!?】

【さっきまでラスボス級だったやつが一撃なんですが!?】

【ルグくん、火力調整どこ置いてきた……】


残された翼竜たちは慌てて高度を変え、黒い雲の中へ逃げ込もうとした。


だが、遅い。

ルグの瞳は、すべての座標を捉えていた。


「六」


雲の奥で爆発が起きる。


「七」


城壁を襲おうとしていた翼竜の頭部が、光に飲まれる。


「八」


最後の一体が、王城の尖塔へ火球を吐こうとした瞬間——

ルグの神槍が、静かに空を指した。


「九——これで、終わり」


天から落ちた光が、その巨体を貫いた。


ドォォォォォンッ!!


眩い閃光。

遅れて響く、凄まじい衝撃音。


邪眼の翼竜は、黒い粒子となって霧散していった。

戦場に、信じられないほどの静寂が落ちる。


「……全部、倒した……?」


誰かが呟いた。


その声は、王立軍の若い兵士のものだった。

弓を構えたまま、彼は呆然と空を見上げている。


「俺たちが、あんなに苦戦してた相手を……」


隣の兵士が、震える声で続けた。


「一瞬で……?」


黒翼戦士団の一人が、剣を下ろしながら息を漏らす。


「これが……ルグさまの力……」


リゼはまだ剣を下ろさなかった。

ただ、ルグの横顔を見つめたまま、鋭い目を細める。


そして世界は、確実に質量を失っていた。


「——強すぎる力は、時に大きな代償を求めるわ」


ノエルは、口元をわななかせながら言葉を紡ぎ出した。


「でも今は……その力に、救われたのね」


「……うん」


私は、複雑な気持ちになった。


「せめて、私たちは忘れないわ」


ノエルは震える指で、竪琴の弦にそっと触れた。


「今、消えていった場所があったことを……」


私はルグを見た。

彼は息ひとつ乱さず、顛末を見守っていた。


「ルグ……大丈夫なの?」


「うん」


ルグは小さく頷いた。


「まだ、いける」


その言い方が、逆に怖かった。


まだ、いける。

それはつまり、まだ世界を壊せるという意味に聞こえた。


そして今、ようやく気がついた。


彼は、この世界をただ存続させるためじゃない。


終わるべきものを終わらせ、

新しく生まれ変わらせるために造られたのだ。


その時だった。

空が、急に暗くなった。


「……!?」


ハッとして、私は顔を上げる。

頭上では黒い雲が、渦を巻き始めていた。


倒された九体の翼竜の残骸から、黒い粒子が、吸い上げられるように上空へ集まっていく。


「何……?」


ノエルが震える声で呟く。


バルガンが盾を握り直した。


「……まだ、終わってねーのか?」


ルグは空を見上げたまま、初めてわずかに眉を寄せた。


「……本体が来る」


「本体?」


私が聞き返すより早く、黒雲の中心が爆発を起こした。


それはゆっくりと広がっていき……


中心に巨大な『瞳』が現れた。


「……なんだ、あれは」


リゼの声は、かすかに震えていた。

歴戦の猛者である彼女でさえ、本能的な恐怖にかられて、剣の切っ先を一瞬下げた。


それは、瞳だった。

——そうとしか形容しようのない、巨大すぎる何かだった。


私たちはあまりに大きく、理解を超えるモノと向き合った時に、

それを理解することを拒もうとする。


バルガンは、冷や汗を流しながら固唾を飲んだ。


「冗談じゃねえぞ、あんな化け物……」


ノエルは胸元に手を当て、強く唇を引き結んだ。


「……死をもたらす、邪眼……」


巨大な瞳は、カッと見開かれた。


エリアスは瞳を見つめ、静かに杖を握り直した。


「あれは、おそらく——バロールの本体反応……」


みきぽんは、私の手を握ったまま、ぎゅっと眉を寄せる。


「おねーたん……こわいでち」


ルグは怯むことなく上空を見つめ、神槍を握り直した。


「……やっと来たね、『おじいちゃん』」


空を覆い尽くす『瞳』が、ぎょろりと動き、私たちを捉えた。

視線を感じて、全身の毛が逆立つような感覚が走る。


エリアスが、低く呟いた。


「彼こそが、バロール・オブ・ジ・イービルアイ……」


その名を聞いた瞬間、巨大な邪眼が、王都リアンナハ全体を睨みつけた。


挿絵(By みてみん)


そして——


世界が、悲鳴を上げた。


最後までお読みいただき、ありがとうございました!


ついにラスボス、バロールが姿を表しました。

邪眼、というか瞳のような何か。


このイメージの元ネタは、水瓶座の近くに実在する「らせん星雲」です。


そのものずばり、『神の眼』とも呼ばれています。


初めてこの星雲を見た時に、人智を超えた『何か』から見つめ返されたような感覚に襲われて、鳥肌が立ったのを覚えています。


今回のバロールの描写には、その時に感じた

「美しいのに怖い」

そんな不思議な感覚を込めました。


宇宙の眼を思わせる巨大な邪眼を相手に、まきみきは、ルグは、角笛団のメンバーは、どんな活躍を見せてくれるのでしょうか?


……次回もお楽しみに♪

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