第57話「みきぽんの正体——公開処刑、開始!」
ルグの覚醒を阻止するため、再びまきぽんたちの行く手を阻むリヒト。
まきぽんは戦うため、みんなに自分の過去を見せることを決意するが……?
ピコンッ。
スマホアプリの配信が始まり、私たちの周囲にいつものコメントウィンドウが浮かび上がる。
【うおおおお、配信始まった!】
【ってそこどこ!?】
【ティルナノにこんなマップあったっけ……?】
「みなさん、こんにちは!」
声が少しだけ掠れたが、無理やり笑顔を作る。
「……今、緊急で動画を回しています!」
【出た、『緊急で回してます』】
【配信者が一度は言ってみたいセリフ】
「ここは境界の聖域ってとこなんだけど……あれ、見てください!」
私はスマホを持ち上げ、神殿と、その手前の階段にいるリヒトを映した。
「今日は、ちょっとヤバい配信になりそうです!」
【ちょ、リヒトじゃねーかww】
【生きとったんかワレェ】
【まじかこのコラボ最悪すぎる】
「これコラボじゃないからね!? こんなのと絶対コラボしたくないからね!?」
私が叫ぶと、階段の上のリヒトは、肩を揺らして笑った。
「いいじゃねーか。数字取れるぞ?」
《今日の生贄はこいつか?》
《へへっ、いい顔で泣いてくれよ》
リヒト側のリスナーからは、嘲るようなコメントが溢れる。
「さあ……今日は盛り上がろうぜ、まきぽん」
バルガンが私を守ろうと、リヒトの前に立ちはだかってくれた。
「おい、何のつもりだ?」
この世界の住人であるバルガンやノエルには、リスナーたちのコメントは見えない。
私が一人でリヒトに立ち向かっているように見えるんだろう。
「おっと、お前らは邪魔すんなよ。
——こいつの相手でもしてろ」
オオオーーーン……
リヒトがそう言ってPCを操作すると、不気味な遠吠えとともに、黒い大きな魔狼が姿を現した。
洞窟で私たちを襲った魔物、クー・シーだ。
私がリスナーのコメントを、スマホで魔力に変換できるように、
リヒトは自分のリスナーの悪意に満ちたコメントを、PCを使って魔物やマジックアイテムとして具現化することができる。
「クソッ、またかよ!」
「まきぽんちゃん、魔物は私たちに任せて!」
ノエルは緊張した面持ちで竪琴に手をかけた。
「二人とも……ありがとう!」
バルガンとノエルは、私たちに時間を与えるため、漆黒の魔物に立ち向かっていった。
「——さあ、邪魔者はいなくなったぜ!
お前の見せたくない過去、みんなにもっと見てもらおうな?」
「……最っ低」
惨めな姿を次々と強制的に見せられて、私は唇を噛んだ。
【まきぽん、顔色悪そうだけど大丈夫か?】
【ちょっと深呼吸しろ、な?】
【俺たちはお前を見てるからな!】
コメントが次々と流れていく。
その心強い言葉で、少しだけ気が軽くなった。
(……そうだ。今の私は、一人じゃない)
「みんな、ありがと!」
私は息を整えると、キッとリヒトを見上げた。
「あんたさ、勝手に人の過去を切り抜くとか、ほんと趣味悪いよね」
「過去?」
リヒトは、ノートPCを片手で軽く持ち上げる。
「違うな。これは『素材』だ。
観客が一番盛り上がるのは、生の絶望なんだよ」
カタカタッ。
キーを叩く音がやけに大きく響き、そのたびに、私の闇を映した配信画面が現れる。
SNSでつぶやいても、ショート動画を作っても。
全然いいねが付かない。
登録者も増えない。
誰からも見つけてもらえなくて途方に暮れていた、昔の私。
《ギャハハッ! 惨めだなぁ?》
《無名ってのは、いてもいなくても同じだよな?》
《ほら、泣け!泣けよ!》
リヒトは自分のリスナーたちが盛り上がるのを、満足そうに眺めている。
「——『観客』ってのは、こういうのが好きだろ?
頑張ってるヤツが、報われない瞬間とかさ」
【好きじゃねーよ、勝手に主語でかくすんなよ!】
【こっちは応援するために来てんだよ】
そのコメントを見て、目頭がジワッと熱くなる。
「そうだよ、みんながいてくれる。
だからこんなの、全然効かないんだから!」
「……へえ、まだ余裕ありそうだな?」
リヒトは、そんなものは気にも留めないとでもいうように笑っていた。
「じゃ、これはどうだ?
みんなに、もっとおもしれーもんを見せてやろうぜ?」
カチッ。
一枚のモニターが切り替わる。
そこに映されたのは——
幼い頃の私だった。
「え……?」
一瞬、思考が止まった。
見覚えのある暗い部屋に、今よりずっと小さかった私が座っている。
あれは……私が三歳くらいの頃だった。
部屋の片隅には、段ボール箱が積まれていた。
そして床の上には、何かが散らばっている。
ぬいぐるみ。
絵本。
おもちゃ。
そして——。
私は、女の子の人形を大切そうに抱いていた。
「……みきちゃん」
ずっと記憶の底に埋もれていた、人形の名前がぽろりとこぼれてきた。
丸くて青い瞳。
紫色のツインテールに、水色のワンピース。
【なにこれ】
【まきぽんの子どもの頃?】
【うおめっちゃかわいい! ……けど、なんで泣いてんの?】
「へぇ」
リヒトが、にやりと笑う。
「それが、お前のお気に入りか?」
神殿の空気が張り詰め、みきぽんが、ぴくっと肩を震わせた。
「……おねーたん?」
「リヒト、あんたどこまで知ってるの……」
返事をした私の喉は、からからに乾いていた。
「お前は小さい頃、両親が離婚して、母親と二人で今のマンションに引っ越したんだよな?」
リヒトが続ける。
「荷物が段ボールに詰められ、知らない大人たちが家の中でバタバタしてる。
でも、小さかったお前には、何が起きてるのかわからなかった」
カタカタと、彼は愉快そうにキーボードを叩いた。
別のモニターの中では、幼い私が部屋の隅っこに座っていた。
遠くから、両親の声が聞こえる。
子供にはわからない内容だったが、少なくとも、楽しそうな雰囲気ではなかった。
幼い私はどうしたらいいかわからず、ただ、家の中の空気が変わるのだけを感じ取っていた。
何か、悪いことが起きてる。
何か、変わってしまう。
——何か、大事なものがなくなる。
「やめて……」
私はもう一度言った。
でも、リヒトの精神攻撃は止まらない。
「お前、その時思ったんだろ?」
またキーを叩く。
映像の中で、私は水色の服の人形を抱きしめていた。
ぎゅっと、壊れそうなくらい強く。
「お前のオヤジは、母親と、家族で住んでいた家を捨てた。
じゃあ、次に捨てられるのは誰だ?——」
リヒトは残酷な笑みを浮かべながら、私を指差した。
「そうだよ、『お前』だ」
「……っ!」
息が詰まる。
胸の中の、一番柔らかくて一番見たくなかった場所に、冷たい針を差し込まれたような衝撃が走った。
(違う……)
違うって言いたい。
でも、口から言葉が出てこない。
だって——。
心の底では、そう思っていたから。
幼い私は、言葉にこそしなかったけど……、
心のどこかで、ずっと怯えていた。
次に捨てられるのは、自分なんじゃないかって。
「……ちがっ」
私は、知らず知らずのうちに、自分の胸元を押さえていた。
痛い。
息がしづらい。
「——どうした、まきぽん?」
リヒトが嗤う。
「まだ始まったばかりだぞ?
『捨てられた』子供としての自覚、ちゃんと持てよな」
「そんなふうに言うのやめて……!」
私は反射的に叫んでいた。
「へえ? 違うのかよ?」
「違うってば……」
リヒトは首を傾げる。
「そうかよ、じゃあ見てみろよ」
また一つ、私に見せつけるために、新しいモニターが目の前に浮かび上がる。
* * *
幼い頃の私は、引っ越した先の部屋にいた。
ぼーっと床を見つめたまま、ますます人形を強く抱きしめている。
「……どうしたの、りおん?
今日からこのお家で、二人で一緒に暮らすのよ?」
「……おとーさんは?」
おかーさんは、とても悲しそうな顔をしていた。
「お父さんはね、もう帰ってこないのよ」
「そんなの……やだよぉ……」
「ごめんねりおん。でも、お母さんももう限界だったのよ……」
「やだぁ、やだよぉ……」
優しく語りかけるおかーさんの言葉にも耳を貸さずに、私はひたすら心を閉ざし、泣きじゃくっていた。
* * *
ノートPCの周りでは、敵意のあるコメントが渦を巻いた。
《おーおー、かわいそうだな》
《泣けば大人がかまってくれると思ってるのか?》
《よかったじゃん、こういう不幸エピって伸びるからなぁ》
「やめて……!」
私は歯を食いしばる。
黒いコメントの文字列は、まるで蛇のように空中を這い回りながら、容赦無く私の心を抉りにくる。
《いらない子》
《いらない子》
《お前なんていらないんだよ》
「やめてって、言ってるでしょ!!」
声を張り上げた瞬間、スマホのコメント欄が一気に流れた。
【おい勝手に決めつけんな】
【まきぽんは、いらない子なんかじゃない!】
【今、千人以上が見てるじゃねーか】
「……!」
私ははっとして、スマホを見る。
コメントは途切れていなかった。
それどころか、私を応援してくれるように、どんどん流れている。
【まきぽんは一人じゃないぞ!】
【お前の配信見て、救われたやつがここにいる】
【少なくとも俺は、必要としてるからな!】
胸の奥に、熱いものが込み上げてきた。
「……そうだよ」
私は、かすれた声で言った。
「今の私は、一人じゃない」
「そうだな、『今』のお前はな」
リヒトが、たたみかけるように口を挟んだ。
「じゃあ、『その頃』のお前はどうだった?」
「——!」
言葉が止まる。
それは、あまりにも卑怯な問いだった。
今の私は、仲間がいる。
リスナーもいる。
角笛団のみんなも、みきぽんも。
でも——その頃の私は?
薄暗い部屋の片隅で。
一人で人形を抱きしめて。
何が起きているかもわからないまま、ただ怯えていた、あの頃の私は?
私は、すぐに答えることができなかった。
「ほらな」
リヒトは笑う。
「今のお前にも、昔のお前は救えない」
配信画面の中の私は、孤独に震えていた。
泣きはらした瞳。
ぎゅっと閉じた唇。
誰にも言えなかった不安——。
映像を見せつけられるたびに、あの頃の胸の痛みが蘇ってくる。
「やだ……」
視界が滲み、次第に立っているのが辛くなってきた。
「おねーたん!」
みきぽんが、私の手を握ってくれた。
「しっかりするでち!」
「だ、だいじょうぶ……」
すっかり顔色を失った私に向かって、
みきぽんは、空中の映像を見つめたまま、ぽつりと呟いた。
「あのころのおねーたんには……みきちゃんが、いたでち……」
「え……?」
みきぽんがにっこりと笑った。
そしてモニターに映る人形を、ゆっくりと指差した。
——あれは自分だ、とでも言うように。
そうだ。
あの頃大好きだったアニメ、『二人はピュアピュア』。
目の前に、助け合いながら戦う二人の魔法少女の姿が浮かんだ。
ピンク色のドレスに身を包んだ、主人公『ピュアピンク』。
そして隣には、親友の『ピュアブルー』。
その正体は、クラスメイトの蓬莱寺みき。
そう、あの人形の名前は、『みきちゃん』……。
私は、全てを思い出した。
「おねーたん……」
みきぽんは、私のローブの裾をきゅっと掴んだ。
辺りの空気が、ぴんと張り詰める。
「ようやく、思い出したようだな」
リヒトが、口角を吊り上げた。
「そうだよ。その人形が、お前の妹の正体なんだよ!」
「……!」
心臓が、どくんと大きく脈打った。
「何……言ってるの……?」
【みきぽんが……人形!?】
【おいリヒト、テキトーなこと言ってんじゃねぇぞ!?】
「テキトーなもんか」
ノートPCの画面が、妖しく光る。
「次は、そのちっぽけな人形——
『みきちゃん』が、どうしてここにいるのかを教えてやるよ」
みきぽんの指先が、さらに強く私の裾を掴んだ。
その小さな手は、かすかに震えていた。
「おねーたん……」
「……みきぽん、大丈夫だよ」
私は、自分でも信じられないほど震える声で、そう返した。
本当は、ぜんぜん大丈夫なんかじゃない。
でも、ここでやめるわけにはいかなかった。
「最後まで、一緒に見るよ」
私は、スマホを握り直した。
「私の過去も、みきぽんのことも——
全部、自分の目で確かめる」
リヒトは、それを聞いて満足そうに笑った。
「いい顔になってきたじゃねえか、まきぽん」
そして、ゆっくりとキーボードに指をかける。
「じゃあ、次の配信パートにいこうぜ」
ザザザッ……
辺りを囲む黒い配信画面に、一斉にノイズが走った。
「よし、お前の妹——
『みきぽん』誕生編の始まりだ」
最後までお読みいただきまして、ありがとうございました!
同接と再生回数を稼ぐため、他人の一番見せたくない心の傷をえぐるリヒト……
リアルでは絶対に会いたくないタイプですね:( ;´꒳`;):
次回、ついにみきぽん誕生の秘密が明らかに……? お楽しみに!




