第56話「堕ちた配信者、再び」
ルグの眠る神殿に向かうまきぽんたち。
でも、その前に立ちはだかったのは……?
「誰!?」
私は反射的に顔を上げた。
神殿へと続く階段の中腹。
そこには、黒いローブ姿の青年が腰かけていた。
ブリーチし過ぎたパサパサの金髪に、ネオングリーンのラインが走る黒いヘッドセット。
膝の上には、ガンメタのノートパソコン。
「あんたは……リヒト……!」
私が名前を呼ぶと、彼は満足そうに口角を吊り上げた。
「久しぶりだな、『底辺配信者』」
リヒトはゆっくりとこちらを見下ろす。
バルガンは咄嗟に戦斧を構え、ノエルも竪琴に手をかけた。
「ここまでよく来れたじゃねえか。
凍える巨王も、泣き女も——楽しんでくれたみたいで何よりだ」
「やっぱり……あんたとバロールの差し金だったのね!」
「ああ。この先に行かせるわけにはいかねえからな」
私が睨むと、リヒトは心底楽しそうに笑った。
「はははっ! そうそう。その顔だよ」
ノートPCを軽く撫でながら、彼は階段の上から見下すような視線を送ってくる。
「恐怖と怒りが混ざった顔。
……そういうのが一番、配信が盛り上がるんだよなぁ」
「見てたのね……悪趣味なヤツ」
「ああ、『俺ら』を楽しませてくれて、ありがとーな」
空気が、重くなる。
「『観客』ってのはな、他人の不幸や転落が大好きなんだよ」
リヒトはキーを叩く。
カタカタ、と乾いた音が響くと、彼の周囲に黒く歪んだ文字が集まっていく。
《よっ!底辺配信者》
《オメーらの怯える顔、最高だったわ》
《ああ、飯ウマだったよなwww》
配信が立ち上がると共に、リヒトの周囲にはリスナーたちのコメントが展開され始めた。
「泣け。怯えろ。そうすりゃコメントも伸びるし、視聴時間も増える」
彼は嗤う。
「そんな『劇場』の中で踊るのが、俺たち配信者だろ?」
「……ふざけないで」
胸の奥がカアッと熱くなる。
「誰かの苦しむ姿を面白がるのなんて、最っ底ーだよ!」
「へぇ?」
リヒトは、退屈そうに肩をすくめた。
「でもお前も、数字を稼ぐために、劇場に上がってたんじゃねーのか?」
「……何が言いたいの」
私の手は、自然とスマホを探っていた。
リヒトはニヤリと笑う。
そして何かのコマンドを入力すると、エンターキーを叩いた。
リスナーたちのコメントは、PCで魔力に変換され、
空中で渦を巻くと、目の前に大きなモニターを形作った。
そこに映ったものを見て、私の心臓が止まりそうになった。
「……え」
薄暗い部屋。
スマホに繋いだ安いマイク。
誰もいないコメント欄。
そこに映し出されていたのは——
配信を始めたばかりの頃の、私だった。
「な、なんだこりゃ?」
「石板にまきぽんちゃんが、映ってるわ……!」
バルガンとノエルも、突然現れた巨大なモニターに驚いている。
「懐かしいだろ?」
リヒトの声が、耳の奥に刺さる。
「コメントゼロ。同接ゼロ。
配信を切ったあと、一人で画面を見つめてたときのお前だよ」
「それ、今見せる必要ないでしょ……!」
思わず声が震える。
「それがあるんだよ」
リヒトがキーを叩くたびに、空中には、次々と配信画面が増えていった。
その一つ一つに、誰にも見せたくなかった私の姿が映し出されている。
誰も来なくて、一人で虚しく配信し続けた夜。
悔しくなって泣いた夜。
たった一つの悪意あるコメントで、配信するのが怖くなった夜。
——忘れたかった過去が、次々と暴かれていく。
「やめてって言ってるでしょ!!」
強がって見せても、涙が滲む。
「おねーたん?」
みきぽんが、不安そうに袖をつかむ。
「平気だよ……」
自分に言い聞かせるように答えるけど、うまく息ができない。
(こんなこと……思い出したくないのに)
「ここまでは、まだ序の口だ。
お前の心のログには、もっと面白いもんが残ってたなあ?」
リヒトは、楽しそうに笑った。
「なあ、まきぽん」
悪意に満ちたリヒトの眼差しが、私に注がれる。
「お前、本当はずっと思ってたんだろ?
——『どうせ私は、捨てられた子供だ』ってさ」
リヒトが指をパチンと弾くと、モニターの一つに、幼い女の子の姿が映し出された。
「っ!」
——呼吸が止まる。
それは紛れもなく、小さかった頃の私の姿だ。
両親の罵り合う声に耳を塞ぎ、お人形を抱きしめながら、小さくなって震えている。
胸の奥の一番触れてほしくなかった場所を、白日の下に晒された気がした。
「……な」
うまく声が出ない。
嫌な汗が、背筋をつうっと流れる。
「な、んで……」
やっと絞り出した声は、掠れていた。
「なんで、それを……」
「……まきぽんちゃん、しっかり!」
ノエルが心配して、私の肩に手をかけてくれた。
「こっちはな、バロール様のお力で、お前の『心のログ』も覗ける立場なんだよ」
リヒトはノートPCを誇らしげに掲げた。
「さあ、始めようぜ。
お前の望み通り、俺が『数字』を稼がせてやる」
《お、なんか面白そーなもん、はじまんの?》
《なんだなんだ、俺らにも見せてみろよ》
リヒトのリスナーたちの嘲蹴るようなコメントが、勢いよく流れ始める。
「境界の聖域を——
お前の心の闇を、全部さらけ出す『劇場』に変えてやるぜッ!」
「やめて……っ!」
悔しさのあまり、涙が滲んでくる。
怖い。
逃げたい。
でも——。
私は、震える手でスマホを握りしめると、呼吸を整えた。
(——戦わなくちゃ)
そして配信アプリを立ち上げた。
「……みんな」
画面が明るく光る。
「今から、私の心の闇——見せるから、一緒に戦って!」
私は、震える手で配信開始のボタンを押した。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
久しぶりに現れたリヒトくんでしたが……
実は彼、結構人気あるんですよねw
ちなみにリヒトはドイツ語で「光」
そして漢字では「理人」と書く設定です。
名前に相応しい存在でもなければ、理知的な行動をするヤツでもない、
……そんな皮肉をこめたネーミングになっております。
彼の再登場、待ち望んでいた皆さまに喜んでいただけたら、嬉しいです。
さて、今回はどんな嫌な攻撃を仕掛けてくるのでしょうか……次回もお楽しみに!




