第55話「境界の聖域へ——ガラスの隘路(あいろ)」
一行はついに、地の果ての神殿へ。
でも、そこに待っていたのは……?
「じゃ、……行くか」
「うん!」
東の空が白み始める頃、私たちは再び歩き出した。
乾いた荒野は、まばらに生えていた植物すらも見えなくなり、その先にはひび割れた大地がどこまでも続いていた。
そして、昨日までとは明らかに空気が違ってきた。
「……空の色、変じゃない?」
足を止めて空を見上げた私は、思わず眉をひそめてしまった。
頭上を覆う重苦しい暗雲。
そして時折、砂嵐のようなノイズが雲の合間を走っている。
(うわっ、なにこれ? 空がバグってる……?)
「ああ、世界の端に近づいてるからだろうな」
バルガンが低くうなる。
「違う世界に通じる『境界』は、死者の道って言われてるんだ」
「死者の、道……?」
「行ったら戻れなくなるって伝えられてるから、不用意に近づく者はいねえ。
しかも今は、バロールの野郎が好き勝手してやがるんだろ?」
「う、うん」
「それならどんな異変が待ってても、おかしくないわね……」
ノエルもケープの襟をかき寄せながら、不安そうに空を見上げる。
こんなに荒れ果てた光景を見てると、私が好きだったティルナノの世界じゃなくなったみたいで悲しくなる。
(早くバロールを倒さなきゃ……)
「おねーたん、あれ……みるでち」
みきぽんが、私の袖をくいっと引いた。
「ん?」
彼女が小さな指で指し示す先を見て、私は目を見開いた。
「……えっ!?」
荒野の先で、大地がぷつりと途切れている。
その向こうには、何もない。
真っ黒な奈落だけが、ぽっかりと口を開けていた。
——世界の終わり。
そんな言葉が、自然と頭に浮かぶ。
そして大地の切れ目から少し離れた、奈落の上空。
見上げるような高みに、巨大な円形の浮島があった。
その上には、神殿のような建物がちらりと頭をのぞかせている。
「……あれが、境界の聖域……」
思わず、声がもれる。
「あそこに、ルグが眠ってるのか……」
バルガンは目を細めた。
浮島には、空から絶え間なく光の粒子が降り注いでいる。
それはよく見ると、青白く光る文字の集合で、ルグを生み出すための呪文——
あるいは、コードなのかもしれない。
ときおり目を射抜くような稲光が空を裂き、浮島を包む。
ノエルは険しい顔で神殿を見上げた。
「……世界が、悲鳴を上げているみたいね」
「そうだね……」
(ていうかこれ、めっちゃラスダン前って雰囲気じゃない?」)
ゲーム好きの私は、ついそんなことを考えて、辺りを見渡した。
(セーブポイント……あるわけないよね)
ここまで来た以上、進むしかない。
私は胸元のスマホをぎゅっと握りしめた。
頭の中に、おかーさんや学校の友達の顔が浮かんだ。
(ちゃんと帰るって、決めたんだ)
「でも、どうやってあそこまで行けばいいのかしら……」
「おい見ろ」
バルガンが顎をしゃくる。
目を凝らすと、大地の端から遥か上空の浮島に向かって、ごく薄い透明な階段が伸びていた。
「えっ……」
ここも演算リソース不足なのか、ガラスの踏み板は、カゲロウの羽のように薄い。
時々端っこにノイズが生じて、今にも消えてしまいそうだ。
幅は人が二人通れるかどうか。
手すりもなく、落ちたら、そのまま奈落の底——。
バルガンが頭を掻く。
「畜生……これを登れっていうのかよ!」
「でも、他に道もないし、……行くしかないよ」
私が言うと、みんなが頷いた。
「ここまで来て、戻ることはできないわ。最後までやり遂げましょう」
「おうよ!」
バルガンは戦斧の柄を軽く叩く。
「今さら怖じ気づいてもしゃーねえだろ!」
「あい、みきぽん、こわくないでち!」
「うん、——みんな行こう」
私はみきぽんの手を握って、階段の前に立った。
* * *
(ひいいいいいいい!)
そうは言ったものの、透明な階段はやっぱり怖い。
なるべく、下を見ないようにしよっと……。
「……よし」
勇気を振り絞って、最初の一段を踏む。
ギシ……。
軋む音と、少し足が沈み込む感覚に、一瞬、身構えた。
でも階段は崩れない。
「だ、大丈夫そうだよ」
私たちは一列になると、一段ずつ階段を上っていった。
右を見ても左を見ても、もちろん足の下も、奈落。
ほんの少し視線をずらしただけで、足がすくみそうになる。
しかも遮るものがないので、下からも横からも、激しい風が容赦なく吹き付けてくる。
(これ、高所恐怖症のリスナーさんには絶対見せちゃダメなやつだよ……)
そんなことを考えながら、必死に前だけを見る。
階段は永遠に続くかのように感じた。
でも、止まるわけにはいかない。
「うわっ!」
強い風に煽られて、先頭のバルガンが体勢を崩した。
「危ないっ!」
私はむぎゅうと潰されそうになりながらも、慌ててバルガンの巨体を支えた。
彼が丸太のような足をドン、とつくと、踏み板は
パリィン……
と、高い音を立てて割れてしまった。
「いやぁぁぁぁぁ!?」
割れたガラスは、サラサラと底知れぬ闇へと落ちていく。
私は腰が抜けて、その場にペタンと座り込んでしまった。
「あわわわわわ……」
「……ふう、ありがとよ。って、おめーの方こそ大丈夫か?」
私は恐怖のあまり、涙目のまま、コクコクとうなずくことしかできなかった。
「みんな頑張って、もう少しよ!」
ノエルもみんなを励ますように、声を張った。
「おねーたん、たっちでち」
「おいおい、ちびっこの方が度胸があるじゃねーかよ、ダーッハッハッ!」
「ううう……」
* * *
「……着いたな」
「怖かった〜!!」
なんとか丸い浮島の上にたどり着いた私は、久しぶりに感じる地面の感触に、思わずへたり込んでしまった。
「うふふ、まきぽんちゃん、冷や汗でびっしょりね」
「私、高所恐怖症なんだよ〜!」
浮島は意外と広いし、足裏には確かな石の感触がある。
けれど——。
「ここも、存在が不安定ね……」
ノエルは周りを見渡した。
白い石畳にはひび割れが入り、浮島の端を囲む縁石も、所々抜け落ちている。
「ま……まさかこの島ごと落ちたりしないよね?」
「ば、ばか言うんじゃねぇ!」
バルガンはブルブルっと首を振った。
「でも、長居したくねえ場所だな……」
浮島の中央は円形の広場になっていた。
放射状に敷かれた石畳の中心には、ひときわ異質な存在感を放つ巨石が立っている。
二メートルほどの、細長く、つるりと丸みを帯びた石柱。
(なんだろう、あれ……)
そして奥には大きな階段と、石造りの古い神殿が鎮座していた。
——その時だ。
「おせーな……やっと来たのかよ」
聞き覚えのある声が響いた。
最後までお読みいただきまして、ありがとうございました。
実は私も、極度の高所恐怖症でして……
いやあ、ここ書いてて、ずっと手汗がひどかったです。
なんでこんな舞台にしたんだろうって、自分を恨みました(笑)。
次回、気になる声の正体は……?
お楽しみに♪




