第52話「断崖の攻防!——死へと誘う囁き」
AIブリギッドとエリアスの協力で、崖に新たに生まれた道を進むまきぽんたち。
そこに現れたのは……?
「なんなの、この不気味な声……?」
私が尋ねると、ノエルは眉をひそめた。
「この泣き声……おそらく『バン・シー』ね」
「バン・シー?」
聞き慣れない単語に首を傾げる。
「死の予言をもたらすと言われている、女の妖精よ。
亡くなる直前の者のそばで泣いたり、嘆いたり……
でも時には、その嘆きが強すぎて、人を惑わせることもあるというわ……」
「ええっ!?
じゃあそれが現れたってことは……私たちの誰かが、死ぬ!?」
「わからない……でも、そんな結末はゴメンよ!」
私が顔を引きつらせたその瞬間。
崖を吹き抜ける風に混じって、すすり泣きと嗚咽がはっきりと聞こえてきた。
同時に、気温がすーっと下がったように感じる。
「あっ……!」
目の前を、ゆらりと白い影が横切った。
薄いベールのような衣をまとった、やせ細った女の精霊だ。
艶のない長くて白い髪を振り乱し、泣き腫らした目元は涙で濡れている。
バン・シーは青白い顔でこちらを振り向くと、口を開いた。
《——ひぐっ……ああ、なんて……なんて悲しい……》
骨の髄まで凍えるような声が響く。
「出やがったな……!」
バルガンが戦斧を構えようとするが、ここは狭い崖の一本道だ。
不用意に振り回したら、自分も落ちかねない。
(やば……こんなところで戦闘なんて……)
でも——先に進むためには、やるしかない!
「みきぽん」
「あい?」
「おねーちゃんのベルト、しっかりつかんでてね!」
「わかりまちた!」
私はみきぽんの手がベルトに移ったのを確認すると、
再びローブからスマホを取り出した。
そして恐怖に引き攣った顔のまま、配信アプリをタップする。
「みなさん、こんにちは!
今日は境界の聖域手前、崖の上からお送りしてます〜!」
するとすぐに、リスナーたちのコメントがホログラムのように宙に浮かび、私たちを取り囲んだ。
【お、今日もいきなり現地リポート始まった】
【てか、そこどこだよぉぉ! 俺、高所恐怖症なんだよぉぉ!】
「あはは、ビックリさせちゃってごめんなさーい!」
ライブが始まったらいきなり断崖絶壁だったら、そりゃリスナーさんも驚くよね。
【お前、またやばそうなところにいるな……】
【頼むから、毎回ヒヤヒヤさせないでね!】
「あ、ちょっとだけ今の状況を説明するとね——」
カメラをくるりと回し、足元の崖と、目の前をふわふわ飛ぶ青白い女たちを映す。
「バン・シーっていう、
死を予言する系の妖精さんたちが、絶賛出現中です!!」
【ちょw ホラー回やめろwww】
【バン・シー来ちゃうとか、完全に死亡フラグなんよ】
「フラグ立てたりしないからね!? みんな生き残るからね!?」
私たちがそんなやりとりをしてる間にも、バン・シーたちは数を増やしていく。
一体、二体……
いつの間にか十体近くのバン・シーたちが、悲壮な泣き声をあげながら私たちの周りを旋回し始めた。
「ちっ……鬱陶しいやつらだ!」
バルガンは舌打ちして、最小限の動きで戦斧を振るう。
斧が体をかすめると、霧のようなバンシーたちは「ひっ」と悲鳴を上げて空中に散るが、すぐに元の形に戻ってしまう。
「物理、通らない敵っぽいね……」
だとしたら、どんな魔法が効くだろう。
あー、エリアスがいたらすぐに教えてもらえるのに……!
「バルガン、無理に斬りかかっちゃだめよ。足を滑らせたら洒落にならないわ」
ノエルは体勢を整えながら竪琴を抱えた。
「ここは私に任せて。
悪霊避けの歌で牽制してみるわ!」
彼女の指は、弦の間を踊るように動き出した。
『この世にさまよう泣き女たちよ——
安らぎの場所は、ここではないわ』
柔らかく、それでいて芯の通った歌声が、辺りの空気を満たしていく。
切ない旋律は、どことなく子守歌に似ていて、
哀しみをそっと抱きしめて、眠りへ導くような歌だった。
「バン・シーって、死を告げる存在でもあるけれど……
本当は、残された者の悲しみを代わりに泣いてくれる存在でもあるの」
ノエルは歌の合間に、そっと教えてくれた。
『さまよう魂たち
あなたたちの嘆きは、もう十分に届いたわ
だから——今は眠りなさい』
【ノエルたんボイスで浄化されていく……】
【いやこれ普通に聴き入るやつ】
歌声に包まれて、何体かのバンシーは霧散していった。
「効いてる……いい感じだよ、ノエル!」
【ここだけ切り抜いて、寝る前に聞きたいな】
【永遠の眠りにならないか、それ……】
だが、バン・シーたちの攻撃はそれだけではなかった。
《ああ……なんてかわいそうな子……》
一体のバンシーが、すぅっと前方へと移動した。
標的は——みきぽんだった。
妹に近づくと、バン・シーは涙をぽろぽろこぼしながら囁いた。
《あなたがいなければ……
おねーちゃんは、こんなところまで来なくてよかったのにねぇ……》
「……え?」
みきぽんの体が、ぴくりと固まる。
「なに、いってるでちか……?」
《ああ……なんて悲しいんだろうねぇ……》
バンシーの声は、やけに甘く耳に残る。
《あなたはね……この世界に捨てられたんだよ。
誰にも気づかれないように、そっと置いていかれたの……》
「っ……」
私のベルトをつかむ力が、ふっと弱くなった。
「ちが……ちがいまちよね、おねーたん……?」
泣き女は、みきぽんに冷たい憐れみの瞳を向けた。
《おねーちゃんは、きっと優しい顔して言うんだろうねぇ……
『そんなことないよ』って》
そしてくすりと笑う。
《でも、心のどこかで思ってるのよ。
この子さえいなければ、もっと楽だったのに、って》
【バン・シーなんかヤバいこと言い出した】
【みきぽん、聞いちゃダメだ!】
「ちょっと待ってよ!」
自分でもびっくりするくらいの声が出た。
「何言ってるの!? そんなわけないでしょ!!」
私は反射的に、スマホから魔法ウィンドウを呼び出していた。
「おねーたん……?」
みきぽんが、不安そうに私を見上げる。
「みきぽんは、私の大事な妹なんだよ!
この子さえいなければなんて……思ったことないんだから!」
【キレた姉、完全に覚醒】
【悪口は禁止って、配信ルールに書いてあんだろ?】
《うるさいねぇ……》
別のバンシーが、すぐ横から顔を近づけてくる。
《あなたのその甘えた態度が、一番おねーちゃんを苦しめてるって、気づいてないの?》
《おねーちゃんも、本当は怖いんでしょう? いつかこの子を置いていくことになるのが……》
「黙れ!」
私は、詠唱の短い風属性の魔法を選び、すばやく詠唱した。
「風の精よ 我が声に応えよ
《ガル・ナ・エス》!」
狭い足場を壊さないよう、威力を抑えた風の刃が、バンシーの群れに向かって走る。
《きゃぁぁ……!》
《ひぃぃぃっ……!》
何体かが吹き飛ばされるが、それでも泣き声は止まらない。
《ねえ、みきぽん》
一体のバンシーが、再び彼女の小さな耳元に囁く。
《本当は知ってるんだろう?
あんたは、こっち側に捨てられたんだって》
「こっち……がわ……?」
《おねーちゃんの世界には、戻れないの》
みきぽんの瞳が、大きく見開かれる。
「みきぽん、もどれない……?」
《そう、ここは、あんたの『墓場』なのよ》
「……やめろって言ってるでしょ!!」
私はバンシーめがけて、さらに魔法を叩き込もうとした。
「まきぽん、怒りを抑えて!」
ノエルが声を張り上げる。
「威力を上げすぎたら、道そのものが崩れかねないわ!」
「でも……!」
「大丈夫。みきぽんのことは、私が守るわ」
ノエルの手が私にそっと触れた。
その瞬間、彼女の歌がより強く響き始める。
『悲嘆の乙女たちよ——
その涙はもう、十分に流れたでしょう』
竪琴の音色が、風に乗って断崖に広がっていく。
『さまよう魂たち。
この子は捨てられたんじゃない。
——ここに《選ばれて》来たの』
バンシーたちの動きが、一瞬止まる。
そしてノエルはみきぽんの方へ、しっかりと視線を向けた。
「みきぽんちゃん。あなたはね、捨てられたんじゃないわ」
「ノエルたん……」
「こっちの世界には
一緒に笑って、一緒に大事なものを守るために呼ばれたのよ!」
「……ノエル……」
「私たちの——大切な仲間なのよ」
「当たり前でしょ!」
私はバン・シーに向かって堂々と言い放った。
「みきぽんは、私の最高の相棒なんだから!」
【そうだぞ! みきぽんは大事な仲間だ!】
【やべえ、俺泣けてきた……】
「……う、うぅ……」
みきぽんの目に、うるっと涙が浮かんだ。
その涙を見たバンシーたちは、さらに大きな声で泣き始める。
《なんてかわいそうな子……》
《こんな高いところで、震えてる……》
《落ちたらきっと一瞬よ……楽になれるわぁ……》
《だから、その手を——》
一体のバンシーが、みきぽんの手を取ろうとした、その瞬間。
「させない!
……《ガル・ナ・エス》!」
怒りの感情MAXの風魔法は、無詠唱で発動した。
「危ねえっ!」
だが、勢いあまって身を乗り出してしまった私は、バルガンに掴まれて、ギリギリで踏みとどまった。
ここでバランスを崩したら、全員まとめて落ちかねない。
「くそっ……!」
バルガンも足場を気にして大胆には動けない。
そんな中で。
「おねーたんは……」
みきぽんが、小さく呟いた。
「ぜったいに、そんなこと、いわないでち!」
大きく見開いた瞳に、いつものキラキラした光が戻ってきた。
「だから……あっちいくでち!!」
みきぽんは、自分にまとわりついていたバン・シーを振り払おうとして、身を乗り出した。
「みきぽん、危な——!」
私の叫び声とほぼ同時に。
ザリッ。
いやな音とともに、崖の縁が崩れた。
【みきぽん!!】
【バカ、そんな端っこ行ったら危ないって!】
小さな足が、宙に踏み出される。
「——え?」
みきぽんの身体が、ほんの一瞬、宙に浮かんだ。
時間が、スローモーションになって、
紫色のツインテールが、スカートが、ふわりと舞う。
「おね——」
「みきぽーーーーん!!」
私は妹に向かって、必死に手を伸ばした——
最後までお読みいただきまして、ありがとうございました。
私が初めてケルトの世界に触れたのは、図書館にたくさんあった童話たち。
そして山岸涼子先生の『妖精王』、あしべゆうほ先生の『クリスタル☆ドラゴン』などの漫画の数々でした。
山岸涼子先生の作品には、その名もずばり『バンシー』という短編もあります。
女のエゴを鋭く描いた、渋くて後を引く一編なので、気になる方はぜひ探してみてください。
次回、断崖から落ちてしまったみきぽんの運命は……?
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