弟の報告
夕食後自室も戻った私のところに父の侍従から呼び出しを受けた時は、いままで見聞してきたことを整理して、頭の中にまとめていましたが、まだどう行動すべきかという考えは私の中でまとまってはいませんでした。
「どうだ、放蕩の限りを尽くした気分は?」
軽い冗談を言うほど、父の上機嫌は続いていました。密かに諜報活動をさせていた私が、無事帰還したことに、心底安堵していたようです。
「父上、兄上には事情をお話されたのですか?」
「いや、まだそなたの兄には話していない。敵をだますのはまず味方から、というからな。だが、明日にでも話しておこう。あの真面目な奴のことだ、最初は一人騙されたと傷つくかもしれんが。」
「いえ、兄上はそんなことで機嫌を害される狭い了見の人間ではありません。今の我々が置かれている状況をお聞きになれば、すぐご理解されるでしょう。」
「本当にお前は兄思いだな。」
「その理由は、父上が一番ご存じでしょう?」
「・・・・。さて、おまえの縁談話だが、もうあまり時間稼ぎはできないだろう。まずはそなたの報告を聞こう。」
私が放蕩の限りを尽くしているという隠れ蓑を着て、隣国の事情、それこそ農地の穀物の穫れ高から宮廷内のゴシップのたぐいまで探ってきたのは決して表の外交ルートでは手に入らない情報でした。居酒屋で役人がつい酔って酒で口を滑らす愚痴や、行商人がひそひそと話す密談、そんなところに何割かの真実が隠されているというのが父の持論でしたが、最初はなにが真実で何か嘘か、判断できませんでした。
そんななか、よく耳にするのは、流行り病の流言、怪しげなもうけ話、遠い異国の天変地異の騒動、そしていつの時代でも、領主や王侯貴族の結婚問題は庶民にとって格好の話題のようで、隣国の末娘の結婚相手が誰それらしい、という話題はしばしば酒の肴になっていました。
誰も見たことがないのに隣国の末娘は見目麗しい姫君ということになっていて、最近やもめになった帝国の国王のおじである宰相が30歳も年が離れているのに狙ってるとか、皇太子の弟が一目惚れしてすでに話がまとまっているとか、それでは私の父上が黙っていないだろうから、無理やり私の兄上と結婚させるに違いないとか。不思議と私の名前が結婚相手として出てこないのは、隣国がわざといろんな噂を流しているのではないかと思えるほどでした。
そんな中、ある行商人がこんなことを言っているのに驚いたのです。
「最近、帝国が土木工事の人夫を徴集しているんだ。石工なんかも集めて、隣国との国境近くにちょっとした村が出来はじめているから、たぶん婚礼用に道路の舗装工事をするんじゃないか。かなり大がかりでこれは商機がありそうだから、村にいた役人に日用品なんかを村で売る許可をもらったんだが、一儲けできそうだ。」
帝国と隣国を結ぶ道路の舗装工事。姫との婚姻申し込みは私に来ているのであって、婚礼目的ではありえない。これは軍事目的の可能性が高い。隣国は一方では私の家と婚姻関係を結び、帝国とは軍事同盟を考えているのではないか、という疑念が浮かんだのです。そこで様子を探るために土木工事の人夫の募集に応じようと村に行ってみることにしました。
「今募集しているのは、荷運びと村の警備要員だ。お前、剣を持っているようだが、扱えるのか?」
「少し前まで軍隊にいたから、ひと通り使える。馬の世話もしていたから馬も扱える」
「ふん、脱走兵くずれか。まあいい、おまえは警邏隊に入れ。剣は自前のものを所持していいが、使わないときは隊長に預ける決まりだ。」
「使わないとき、なんてのがあるのか? 夜間は休憩できるのか、そりゃ治安もよさそうなところだ。夜盗や追いはぎもいないなら楽勝な仕事だな。」
「うるさい、さっさと隊長のとこに行け! あの糸杉の大木の向こうにあるテントだ。」
テントの前には、4,5人の屈強な男たちがたむろしていました。どうやら希望者一人一人と面接しているようなのです。そこらへんの脱走兵や盗賊まがいの人間は排除しているということらしく、警邏隊の隊長というのはどうやら帝国の軍隊が組織的に仕切っているようでした。ここで想定外のことがおきたのです。
「次、入れ!」
テント中には、隊長らしき男が正面に座り、部下が2名ほど横に立っており、奥には書記らしき男がペンを走らせていました。これはやはり正規の帝国軍が仕切っていると確信し、同時にまずい、と思いました。こちらを凝視している隊長というのは、私が幼い頃、母が私と連れて何度か里帰りする際に警護についていた兵士の一人だったのです。たぶん高齢を理由に正規軍から外れ警邏隊を率いていたのでしょう。私は自分の素性がばれないか、やや緊張した表情になっていたはずです。
「どこの隊にいたんだ?」
「ほんの一時期ですが、とある国の国境警備隊に」
これは嘘でした。この時はまだ軍隊に入隊していたわけではなく、剣術は父の警護をしていた人間に習っただけでした。元脱走兵といっておけば、なぜ剣が使えるのかの言い訳になったので、誤解されたままにしていたのです。父が帝国との街道沿いの国境警備で配置していた小規模な警備隊のことは、帝国正規軍の兵士なら知っているはずです。
「なるほど。馬は扱えるか」
「はい。もともと父が、その国の馬丁だったので。幼い頃から世話を手伝っていました。」
「なぜ父の仕事を継がなかったのだ」
「6人兄弟の5番目なので」
「あとで、剣術と馬術のテストをする。合格なら警邏隊の一員だ。きちんと金は支払うが、命令には絶対だ。次!」
元正規軍の兵士が仕切る警邏隊。単なる舗装工事のための人員の治安維持とは思えません。これは何かあると思い、首尾よくテストに合格した私はきちんと職務をこなしながら、警備という名目で巡回する工事中の道路の地図を頭に叩き込んでいきました。
決して目立つような行動はしていなかったのですが、その誠実な仕事ぶりが隊長のお眼鏡にかない、それから1か月後になんと正規軍への入隊を推薦されてしまったのです。あの隊長ですら私の素性がわからなかったことで、私も大胆になり、帝国内部の情勢を探るには好都合、とその推薦話を受けました。
正規軍に所属してわかったことは、父の懸念通り、隣国と帝国との協調関係が予想より深くなっているという事実でした。隣国の後継者問題で、領主の弟が自分が後継者であると後ろ盾を大国である帝国から得たいがために、かなり頻繁に宮廷に出向いているというのはすぐにわかりました。
「ですが、父上、どうも帝国側は冷静に隣国の足元を見ていたようです。領主の弟は焦るあまり、自分の国が大国の衛星国になってしまう危険を見過ごしていたようで。あの軍事用にも使える舗装道路の建設は、帝国側が後ろ盾となる交換条件として出してきたとか思えません。」
「あの隣国の御子息の落馬事故そのものが、何やら陰謀だったという説があるくらいだからな。隣国のご領主ご自身は、大国の属国になってしまうことを恐れている。だからお前と末娘の婚儀を急ぎたいのだ。」
「その話、進めていただいて私は構いません。知らぬ姫ではありませんし。」
「いや、その領主の弟は、その姫を帝国と縁づけしたいらしい。これ以上の返答引き伸ばしができなくなり、そなたを至急呼び戻したのには理由がある。先日、契約の不履行を理由に婚姻申し込み解消の知らせがあった。まあ、領主ご本人ではなく弟からだが。」
「すぐ婚儀を執り行いましょう! このままでは私たちも帝国の支配下に!」
「まあ、落ち着きなさい。解消の申し入れは正式なものではない、あきらかに弟君の勇み足だ。こちらも手をこまねいていたわけではない。お前の母を通じで皇帝に密使を送り込んでいる。」
「密使?といいますと?」
「今頃は、お前は放蕩の限りを尽くしたが、帰国し父に暖かく迎え入れられたという話が広まっているだろう。その話に最初から尾ひれを着けてみただけだ。」
「尾ひれ?」
「私が放蕩息子に寛大な処置をとったことで、私に真面目に尽くしてきたおまえの兄との間に亀裂が生じている、といってな。いかにも信じられそうな話じゃないか。」
「父上、お考えが見えないのですが。なにか勝算があるのですか?」
「人の領地を侵攻するのに絶好の口実は、権力争いのお家騒動だ。それだけ頻繁に帝国の宮廷に出向いているのならば、隣国領主の弟君もこの噂は今頃すでに耳にしているだろう。それに人間というものは、なぜか部下からの進言より、経路不明瞭な第三者からの情報を信じやすいもの。我が国もお家騒動になりそうだと知ったら、チャンスとばかりに絶対何等かの行動を起こすに違いない。」
「軍事侵攻ですか?」
「いや、そんな財力はないだろう。帝国への貢物や何より例の舗装道路工事で、金もかかっているだろうし。おそらく、お前の兄にすり寄ってくるのではないかとみている。おまえの兄は、私の先妻を通じて血のつながりがあるのだから。もしくは、おまえの妹に言い寄ってくるかもしれぬ。」
「え!彼女はまだ15になったばかり。まだまだ子供です。」
「だがもう結婚できる歳だ。よいか、この国は特に豊かなわけでもないし、潤沢な軍事力を常備できるわけでもない。うまく立ち回らなくては大国に潰されてしまう。そこで重要なのは、結束力だ。よそ者に付け入る隙を与えないことだ。そこでだが、お前と兄とで大芝居を売って欲しい。」
「大芝居?」
「お前と兄が大ゲンカをしているという、大芝居。さて、観客の反応はどうなるかな?」




