Step27. マスターアップ
――魔導コンロの改良が始まってから2週間が経過。
さらに10%の燃費改善が進んだ。
みんなの熱量が凄くて、少しでも改良すべく、考えうる限りのことをやった。
大きかったのは、浮動小数演算をなくして、固定小数演算に切り替えたことだろう。
魔導演算装置は、小数の演算は低速で、整数の演算は高速という特徴がある。
高性能な中央演算装置には、小数演算装置が組み込まれている。
そいつに計算を任せる場合は、比較的に速度がマシなのだが、魔導具の様に低スペックな装置には、搭載されていない。
どうなるかと言えば、計算を中央演算装置がエミュレートする。
エミュレートには大きなコストが掛かるため、速度が非常に遅い。
小数を使わなければ、いいじゃないかという話だが、その通り。
そこから生まれたのが、整数で小数を表現しようという試みだ。
仕組みは超絶簡単。
例えば1.5という小数があれば、それを固定倍、仮に100倍にして保持する。
1.5 × 100 = 150
……これだけ。
100で割れば整数部分を取り出せる。
ただ演算するときに注意点がある、掛け算をしたら、最後に100で割る。
割り算をしたら最後に100を掛ける必要がある。
試しにやってみよう。
小数演算
1.5 × 0.5 = 0.75
小数を整数で代用
150 × 50 = 7500
7500 ÷ 100 = 75
小数演算で出た答えの正当性(上の答えと同じになる)
0.75 × 100 = 75
ほら、関係性が成立してるでしょう?
割り算についても同じだ。
気になる方は試してみるといい。
足し算と引き算については、何も気にせず計算すればいい。
このやり方は、職人芸だ。
ぶっちゃけて言うと、ここまでやる必要はない。
会社のオーダーはクリアしているし、ユーザーのニーズも満たしている。
何故やるかと言えば、楽しいからだ。
納期の範囲で、最大限のモノを作る自由は許されている。
狂ってると自分でも思う。
でも、これがプログラマという生き物なのだ。
「うぉぉぉぉい! 全てのテスト、安全基準をクリアしたぞぉぉぉおおい! マスターアップじゃぁぁぁあ」
――――問おう。貴方が私のマスターか。
ヒーモスが魔法陣から出現……じゃなかった。走って来た。
そんなことより、マスターアップ!?
「いやったぁぁぁぁぁぁああああああ!」
魔導コンロが完成した! この瞬間が何より堪らない。
達成感を味わうタイミングは、間違いなくここだ。
あとは量産と販売を待つのみ。
致命的な不具合が見つからなければ、仕事は終わりだ。
あーあー、しばらく何もしたくなーい。
……少し前から、仕事が手についてなかったけど。
「ここだけの話じゃが、希望小売価格は、税込み3,980ガルスにするそうじゃ。広告宣伝費と利益を減らして、価格を抑えるらしい。まずは流通を目指そうって訳じゃな。利益は燃料の魔導石で回収する算段となっとる」
典型的な消耗品ビジネスだな。
燃料の魔導石のパチモンが、出なけりゃいいんだけど。
純正品しか使えないように、対応を入れて置けばよかった良かったかなぁ。
やり方知らんけど。
まー、暫くは大丈夫だろうけど。あとで進言はしておこう。
「いい価格ですね。個人的な興味でしかないですが、初期ロットの生産数って、どのくらいなんですか?」
ずいっと、ヒーモスは顔を寄せてきた。
「誰にも言うなよ?」
「はい、勿論です」
言う相手もいねーよ!
「1万個と聞いておる、ちなみに発注ロットは10個じゃ。お店の規模にもよるが、発注は最小にして様子見じゃろうな」
「それって、多いんですか? 少ないんですか?」
今一つ規模感が分からない……。
「新商品の初期ロットとしては、多めだと思うのじゃが、この数だと製造原価が割高になってしまうので、利益を考えると少ないわい」
「やっぱり、そんなもんですよね」
マスターアップも終わったことだし、そろそろ自分のチームに戻るか。
「まどうこんろ かんせいして よかったですね それでは わたしは これで しつれいします」
「ちょっと まちなさい まだ しごとが のこってるでしょ」
やっぱり? 逃げられなかった。
特許申請用の資料作成を、行わなければならない。
魔導コンロは新商品に加えて、改良した内容は、特許のオンパレードだ。
だけど素直にいって、資料作りめんどくさいよー。
プログラミングだけやりたいよーーー!
ううっ。
やさしいドワーフの先輩方は、サワタリがアイデアを沢山出してくれたので、資料作成はヤツが適任じゃろうと、推薦してくれた。
自分も逃げようとしたので、人のことは言えない。
誰だっていやなもんは、いやなんだよぉ。
資料を作って、弁理士の先生に見て貰って、ミーティングを何度か繰り返して、今度こそ、本当に、終わったぁぁぁあ!
でも、これで本当に終わってしまったんだよなぁ。
このチームともお別れとなると、少し寂しい気持ちになる。
同じ会社にいるので、いつでも会えるのだが、一緒に仕事する機会は一先ずなくなってしまう。
仕方ないよね、これが出会いと別れというものだ。
社内の人脈も増えたし、満足、満足。
プログラマとは言え人脈は超大事だ。
逆かも知れない、プログラマだからこそ、人脈が大事。
会社でプログラマ1人が出来ることなど、たかだか知れている。
人脈があれば、自分の好きな仕事を掴んだり、困ったことがあれば助力を求めることもできる。
人間関係が苦手な人でも、関係者を少しずつでも増やしていけば、自己実現に繋がっていくと思う。
少なくとも自分はそう考えて、行動していくつもりだ。
ポールさんのチームに戻るので、開発メンバーに軽く挨拶をして回る。
いつでも戻ってこいよ。サワタリなら歓迎するぜ。と言われたのは嬉しかった。
来た時は、炎上案件と言われていたけれど、結果としては、エンジョイ案件だった。
えっ、面白くないって? ……すいません。
優秀な生粋のエンジニアチームで働けたことは、誇りに思う。
* * * * *
――マスターアップから二ヵ月後。
満を持した、魔導コンロの発売日。
朝一に開発メンバーで店頭に見に行くと、驚くことに売り切れていた。
……え?
そんなにすぐに売れるのこれ?
広告ほとんど打ってないよ。
口コミって言っても、今日が発売日だよ?
10個しか仕入れてなければ、物の弾みで、売れることもあるよね。
……次の店に行っても商品は残っていない。
いやいや、もう一店舗。
SOLD OUTの文字。
……なかった。
お店の人に聞いてみる。
「すいません、魔導コンロってもう無いんですか?」
「大変申し訳ございません。ただいま入荷待ちとなっております。反響が凄くて、卸売業者に魔導通話装置しているのですが、全然つながらない状況でして、入荷時期は未定です」
「情報ありがとうございます」
……これはヤバい、急いで会社に戻ろう。
……本音を言うと戻りたくはない。
* * * * *
会社に戻ると、魔導通話装置が鳴り響いていた。
……やっぱり? あーあー、聞こえなーい。
ガシッと後ろから肩を掴まれた。
振り返るとそこにはポールさん。
「サワタリさん! ちょうどいい所に! 電話対応手伝ってください。魔導コンロの反響が大きくて、全社員で対応しているんです!」
「はい! 私も店頭に行ってきて、どこにも売ってなかったので慌てて戻ってきました」
「そうだったんですね。ではお願いします。工場をフル稼働させて追加生産はしていますが、入荷時期は未定ですとお伝えください。その他の質問が来たら、適当に受け流してください。くれぐれも、迂闊な発言はしないように注意してくださいね」
「分かりました!」
その日から、一週間は大変だった。
「目標をセンターに入れてスイッチ……、目標をセンターに入れてスイッチ……」
鳴り響く、電話。ひたすら無心で対応。
一般消費者はメーカーに直接問い合わせるもんね……。
カスタマーサポートに繋がらなかったら、代表番号にかけてくるのは必然だ。
* * * * *
魔導コンロは、口コミのみにも関わらず、売れに売れた。
飲食店からも多数の問い合わせがあり、販売ルートは拡大するばかり。
生産が追い付かず、転売ヤーが現れるほど人気は加熱。
会社を代表する、大ヒット商品となった。
いつも最後まで、お読みいただいてありがとうございます!
二章の魔導コンロ編はこれで終わりになります。
話の中に、アニメ・ゲーム・漫画やその他のネタを盛り込むことが割とあります。
分かった方は、感想に元ネタの作品名を書いていただけると嬉しいです!
ネタをネタと理解されているのか、私も気になってます。
感想は、ログインしなくても誰でも書けるようにしましたので、お気軽に~




