エルフを探せ
【アイファ】
僅か数ヶ月程度離れただけなのに、帝都の喧騒が遠い記憶のように感じられた。
だが、実際に帝都に戻っても懐かしいと思うようなこともない。
やはり、私の故郷はあの森と精霊樹の傍なのだ。
私は帝都の中に身を紛れ込ませながら、染み染みとそう感じていた。
兵士が前から来れば馬車の陰に隠れながら移動し、出来るだけ裏通りを歩いて目立たないようにする。
服装はただローブを着込みフードを目深に被るだけだが、往来の多い帝都ではそれだけでまずバレることは無い。
タイキ殿は心配していたが、帝都には殆どの家族達が住まわされているのだ。やはり、自分自ら無事を確認し、助け出したい。
それに、家族達の場所の一部は把握出来ている。その家族と接触できたなら、他の家族達がいる場所を知っている可能性はある。
そう思い、私は東の兵舎の裏に来た。
行商人の数は減ったが、代わりに鎧を着たままの兵士の数が増えた。しかし、普段なら近づくことが無い場所でもある為、この地味な色のローブを着込んでいれば私だとバレない可能性が高い。供の者もおらず私一人ならばまず大丈夫だろう。
ただ、どうあっても目立つ要素の一つがある。
「……困ったな」
そう呟いて振り返り、暗い路地裏に悠然と佇む巨大な人影を見た。
タイキ殿から付けられたゴーレムである。帝都ほどの規模になれば確かにゴーレムを連れた魔術師もいることはいる。
しかし、大半は帝国の魔術師であり、それも自らのゴーレムを見せびらかしたい自己顕示欲の強い魔術師か、ゴーレムに愛情を注ぎ過ぎる偏屈な魔術師のどちらかだ。
そして、それ以外の帝国の紋章の無いマントやローブを着てゴーレムを連れた魔術師は、殆どが傭兵やはぐれの魔術師であり、帝都内では酷く目立つのだ。
私は見た目を角ばったものへと改造されたゴーレムを見上げ、溜め息を吐く。有事の際にはこれ以上ない程頼りになるだろうが、隠密に動く時は目立ち過ぎてしまう。
「……離れて付いてきてくれたら良いのだが」
そう呟いて再度溜め息を吐いたが、言っても仕方がないことと諦めて兵舎の前へと出た。
もし兵士に疑いを掛けられても、何とか言い逃れてみせよう。ユーリ殿から借り受けた皇国の術師の印なる物もあるし、皇国出身の魔術師であると説明することも出来る。
そんなことを考えながら表通りに出て兵舎の様子を確認した。
石造りの二階建ての建物の入り口を五人の兵士が並んで立っており、他にも中や外に軽装の兵士達が歩き回っている。
何人かは私の姿を横目に見たが、特に反応は無く視線を逸らしていく。
何故だ。ゴーレムを見て怪しいとは思わないのか。
そう思って振りむくが、そこにタイキ殿のゴーレムの姿は無かった。
辺りを目だけで探すと、路地裏の物陰に静かに立っている。どうやら、先ほどまで私がいた路地裏から出ずに待っているようだ。
「……いや、まさかそんな……」
この超・長距離でなお動いているという段階で異常なのだ。それでいて、こちらの言葉の一部を理解する程高度な命令を与えるなど、神の御業である。
しかし、相手はあの空飛ぶ島の王だ。もしかしたら、それも可能なのかもしれない。
そこまで思い立った段階で、一つの純然たる事実に気がついて肌が総毛立った。
ゴーレムを操る魔術師は遥か空の上におり、地上には兵士のみ降り立つ。私が本気で戦っても相手にもならなかった最強のゴーレムを連れた軍が攻めて来たら、どんな国も瞬く間に蹂躙されるだろう。
なにせ、唯一の勝機であるゴーレムの魔術師を殺害するという選択肢が封じられているのだ。勝てる訳がない。
表通りから路地裏に隠れるゴーレムを見つめながら、私は冷や汗を流して眉間にシワを寄せる。
と、その時、通りの向こう側から十数人の兵士達が現れた。そちらを見た瞬間、私はそこに家族がいると気がつく。
兵士達に囲まれて見えづらいが、確かにそこに家族の気配を感じる。恐らく、三十代の子供達だろう。
私は足早に引き返し、路地裏に戻った。
「一歩下がってくれるか?」
タイキ殿のゴーレムにそう告げて路地裏に身を潜ませると、ゴーレムは大きく一歩後退し、目立たないように壁に張り付く。
明らかに、私の一言を聞いたゴーレムは指示した以外の事も自身で判断し、動いた。
家族の気配を敏感に感じながら、私はそっとゴーレムの顔を見上げて眉根を寄せたのだった。
【メーア】
硬い石畳の上を走り、建物の陰から陰へと走る。後ろを確認すると、見上げるような巨体にも関わらず静かに大股で付いてくるゴーレムの姿があった。
「流石はタイキ様のゴーレム」
私がそう呟くと、ゴーレムの陰からお母さんが顔を出す。
「メーア、もう少しゆっくり行動しないと……」
お母さんは心配そうな顔でそう呟き、首を回して周囲を見回した。いつも動じないお母さんにしては珍しく不安そうである。
私はお母さんに振り向き、腰に手を当てて口を尖らした。
「タイキ様が言ってたでしょ? ここは帝都から離れてるから、一、二週間は話が伝わるまで時間掛かるし、バレても大丈夫だって」
「バレても大丈夫とは言ってないのよ、メーア? ただ、最悪の場合はバレても気にするなとは言ってくださっていたけれど……」
不安そうなお母さんに、私は胸を張って頷く。
「大丈夫。さっきエルフっぽい人が入って行ったでしょ? 此処にいる筈よ。手早く助け出せば、それで大成功。だからお母さんはいつもみたいに笑って見てて」
そう告げると、お母さんは困ったように笑った。
「普段なら良いけれど、失敗したらタイキ様の顔に泥を塗ってしまうかもしれないのよ? それだけは絶対にしちゃ駄目だからね?」
「もう、分かったってば」
何回も同じ事を言うお母さんに少し怒りながらそう言うと、ゴーレムが何も言っていないのに動き出した。
私とお母さんの肩に手を添えて壁際に押さえつけるようにして動くゴーレムに、私もお母さんも目を瞬かせる。
「な、何? 勝手に……」
驚いてゴーレムを見上げていると、少し遅れて建物の裏から声が聞こえてきた。
男の人の声だ。何人かで話しているようで、時々金属と金属がぶつかるような音が聞こえてくる。
お母さんの方を見ると、喋るなと身振り手振りで言われた。
暫く笑い声が響いていたが、静かにしているとやがて何人かの人の声が離れていくのが分かった。
多分、建物の中に二人男の人が残っていて、二人とも鎧を着た兵士だ。
「……どうする? 突入する?」
小声でそう尋ねると、お母さんが眉間に縦皺を作った。
「そんな軽はずみなことしちゃ駄目よ、メーア。まずは、エルフの方々をしっかり全員確認して、それから……」
「もう、分かったってば」
長くなりそうなお母さんの言葉を遮り、私はタイキ様のゴーレムを見上げる。
「私が一度表に出るから、そこでお母さんと見てて。危なくなったら助けてね」
そう言って、私はそろそろと静かに通りに出た。服は街中で買った一般的な衣装であり、頭にはターバンを巻いて背中には分厚いマントをしているので耳と尻尾も大丈夫だ。
「ちょ、ちょっとメーア……!」
お母さんの慌てる声が聞こえたが、私は気にせず通りの真ん中を突っ切り、道の反対側まで移動した。そこは丁度商品を外に並べて陳列している衣服の店で、私はその商品を眺めるように立ち止まる。
「お、可愛い嬢ちゃん。何が欲しいんだい?」
愛想の良い声を発しながら中年の男の人が寄って来たが、私はそちらを見ずに商品を見たまま首を傾げた。
「……真っ赤な色の一枚布の服が欲しいんだけど」
目の前には無い色の服を口にすると、男の人は上機嫌に頷く。
「おう、そりゃ運が良い。少しばかり値は張るが、滅多に無い上物があるんだよ。ちょいと待っててくれ」
そう言って、男の人の気配が店の奥に消えたのを確認し、私は静かに背後を横顔だけで振り返った。
先ほどまでいた筈の兵士達はもう姿は見えず、扉の無い兵舎らしき建物の中に二人の兵士の姿がある。
そして、その奥には白いマントを着たエルフの姿と、椅子に座って暗い表情で俯く子供のエルフの姿があった。
「……これならいけそうね」
私はそう口にして、反転。人の流れに乗って移動した。素早く目立たないように人々の隙間を縫い、裏路地に戻る。
「兵士は二人。エルフは大人一人と子供が一人」
お母さんの隣に移動してそう告げると、お母さんから困ったような目で見られた。
「その情報は良いことだけど、無茶は駄目でしょう?」
「でも大丈夫だったでしょ?」
成功したのだから褒めて欲しい。そう目で訴えたが、お母さんからは厳しい目を向けられた。
「失敗したらどうするの? 出来るだけ目立たず、兵士達にも気付かれないようにエルフの人達を助けださないと」
お母さんにそう言われ、私は頬を膨らませて抗議する。タイキ様のゴーレムもいるから大丈夫なのに、お母さんは慎重過ぎる。
そう言おうと思ったが、どちらにしても怒られるだけな気がして止めた。
こうなったら、結果で自分の正しさを見せつけなければ。
私は静かにそう決心してゴーレムの顔を見上げた。




