徐々に乱れる作戦
【アイファ】
子供達を囲んで移動する兵士達は兵舎に入っていったまま出てこなかった。
恐らく、この兵舎には二、三人の家族が住まわされているに違いない。帝都にある兵舎は十二箇所。その兵舎に三十人前後の家族が住んでいる筈だ。
そして、近隣の中規模の街二つに四人の家族がいる。こちらは一族で戦士として認められた強者であるが為に、反乱されないように帝都から離して管理されている。
城に住まわされた私も含めてだが、他の家族を人質に囚われた状態で引き離されたことで一切逆らうことができなくなってしまったのだ。
タイキ殿にそれを伝えたら、まずは全員の位置を確認し、出来るだけ同時に助け出すと提案された。
それは私も考えたことのある案だったが、離れた街の様子も分からず、更には帝都の中の家族もバラバラの状態では不可能だと諦めた案でもある。
しかし、タイキ殿は離れた地でも連携が取れる為、素早く動けば可能だと言う。つまり、皇帝の耳に入る前に全てを終えるということだ。
不可能に思えることだが、タイキ殿ならばもしや……。
「……しかし、やはり誰が何処にいるか正確な情報を得るのは難しいな。それが作戦の要だと言うのに……」
不甲斐ない自分に歯噛みしながら、私は次の場所へと移動する。一日で一箇所か二箇所の兵舎を調べることしか出来ないが、バレないように慎重にせねばならないので仕方がない。そして、兵舎以外の他の場所にいて所在を把握出来ていない者もいる。
それでも帝都には私と皇国の魔術師二名が手分けして当たっているのだから、早ければ十日で何とか調べ終わることが出来るだろう。
もう少しで、家族全員と再会出来るかもしれない。
私は逸る心を抑えつつ、静かに裏路地に身を隠した。
人の姿の無い薄暗い路地を進んでいると、突然足元にスルスルと音も立てずに木箱が迫ってくる。
思わず身構えるが、その動きがあまりに不自然な為に気付けた。これはタイキ殿の仕業に違いない。
子供や動物が箱を被って動いているようなものでは無く、するすると地面を滑るように動いているのだ。
恐らく、中身は……。
私が予測を立てると、まるでこちらの考えを見透かすように木箱はふわりと浮かび上がった。
私の目の前に浮かんだ木箱がその場で縦に回転し、その中身を露出させる。
予想どおり、木箱の中から現れたのはタイキ殿の小型ゴーレムだった。不思議な形をしたそのゴーレムは、その場で半回転して光を放出し始める。
現れたのはなんとタイキ殿の顔だった。
半透明な四角い板のようなモノが浮かび上がり、その表面には城の門を背景にしたタイキ殿の姿がある。
「こ、これは……」
私が言葉に詰まっていると、板に現れたタイキ殿は何か書かれた紙を取り出した。タイキ殿が大きく広げた紙に顔を近づけて、何が書かれているか確認する。
「……ディツェンの担当する区域と私の区域を入れ替えたい、だと?」
書かれていた要望に私は眉根を寄せて唸った。
私の推測では家族は皆、常に兵士が側にいる環境で暮らしている。まずはそこをシラミ潰しに探したかったのだが、全員の動きを把握しているタイキ殿が急に変更を加えたいと言うのなら何か理由があるのだろう。
そう考え、私は大きく頷いた。
【メーア】
私は大声を張り上げる兵士たちを睨みながら口を開く。
「やっちゃって!」
そう指示を出すと、私の前に立つゴーレムが大股で歩き始めた。
兵士達は横並びに立って剣や槍を構えて、ゴーレムを取り囲もうとしている。
「ゴーレムは鈍重だ! 魔術具で部位を一つずつ狙う! まずは右足からだ!」
「はっ!」
中心に立つ兵士が声を発すると、他の兵士達は素早く行動に移った。私から見ても無駄の無い動きでゴーレムの前後左右に立ち、武器は構えたまま腰に下げた小さなナイフを手にする。
極端に柄の短く細いナイフだ。魔術具というものなのだろう。
ナイフを構えた兵士達はリーダーらしき兵士の言葉を待たず、次々にゴーレムの右足向けてナイフを投擲した。
「避けて!」
炎や雷を纏うナイフを見て私が慌てて叫んだが、既にナイフはゴーレムに命中するところだった。
直後、ゴーレムのいた場所を中心に炎と雷が轟音をともなって炸裂する。黒煙を上げる炎が燃え盛り、周囲にバチバチと音を立てて光が弾けた。
その音と衝撃を肌で感じ、思わず血の気が引くような感覚に陥る。
「た、タイキ様のゴーレムが……!」
すぐ後ろから、お母さんの声がした。普段のお母さんからは想像もつかないような、悲鳴にも似た叫びだ。
「だ、大丈夫……タイキ様のゴーレムなんだから……」
自分に言い聞かせるようにそう言うと、それを嘲笑うかのように、一番近くにいた二人の兵士がこちらに剣の先を向けた。
「今のでゴーレムは更に機動力が低下しただろう。だが、魔術具も安く無いからな。手っ取り早く魔術師から始末させてもらう」
そう告げると、二人の兵士は私とお母さんの顔を見据え、じりじりと向かってくる。
どうしてこんなことになったのか。
兵士の一人に見つかってしまい、私は急いで二人のエルフを連れて逃げようとした。しかし、目的のエルフは五人の兵士に剣を向けられて離れていってしまったのだ。
エルフを助け出すどころか、今や自分達の方が危機を迎えてしまった。
呆然とこちらに突き付けられた剣の先を見ていると、お母さんが私の前に立った。
ナイフを構えて、兵士二人を睨むお母さんの後ろ姿。
「お、お母さん……」
何と言えば良いかわからなかった。自分なら出来ると勝手に行動し、お母さんの声もわざと聞き流してしまったのに、お母さんは文句も言わずに私の前に立っている。
まるで私を守るように立つお母さんが、こちらを見ることもせずに声を発した。
「時間を稼ぐから、逃げなさい。タイキ様がすぐに何か手を打ってくれる筈よ」
お母さんにそう言われ、私は慌てて腰に下げたナイフを抜いて構える。
「わ、私も……!」
「ダメよ。二人とも死んでしまったら、誰がエルフを助け出すの? 私が時間を稼げば貴女だけは生き残れる。私のことは良いから、早く逃げて」
その言葉に、私は息を呑む。お母さんの声に、決死の覚悟を感じたからだ。タイキ様から仕事を任されて浮かれていた自分とは違い、お母さんはそれだけの覚悟と気持ちでこの街に来ていたのだ。
「何してるの、メーア! 早く離れなさい!」
お母さんの声に顔を上げると、すでに兵士はお母さんの前に立ち、剣を突き刺さんと振りかぶっていた。
「お、お母さん!」
思わず、身体が動いた。
地面を蹴って飛び出し、お母さんの前に、兵士の剣に向かって走る。
手に持ったナイフを振り抜き、兵士の剣を弾く。
そう思った瞬間、目の前が真っ暗になった。
いや、目の前に大きな壁が現れたのだ。それは不恰好な金属の箱であり、人型の足の部分でもあった。金属の箱のようなものを組み付けて形を変えた、タイキ様のゴーレムである。
ゴーレムは足の形をわずかに変形させていたが、他は全くの無傷だった。
その姿を視界に入れたと思ったら、すぐ目の前にいた筈の兵士二人が弾き飛ばされる音がした。
くぐもった男の声が聞こえ、二人の兵士が地面を転がっているのが視界の端に映る。
「……た、助かった?」
私がそう呟くと、隣にお母さんが立った気配がした。
怖くて顔を見ることも出来ないでいると、お母さんは溜め息を一つ吐いて、口を開いた。
「……ほら、何をしているの? 反省したなら、今度は精一杯頑張りなさい。私達が絶対に成し遂げないといけないことは何?」
そう聞かれ、思わず鼻をすすってしまった。涙を手首でぬぐい取り、顎を引いて頷く。
「え、エルフを、助ける……!」
私はそう答え、顔を上げた。
「ゴーレム! 兵士達をやっつけて!」
命令を発すると同時に私は駆け出した。
エルフが連れて行かれたのは街の中心部。何としても見つけないといけない。背中で兵士達が吹き飛ばされる音を聞きながら、私は街の中を走った。




