渋々帰宅
「帰りたくない!」
その言葉を聞き、ユーリが困ったように首を傾げる。
「しかし、下では大騒ぎになっているようですが……」
ユーリはそう言って映し出された映像に目を向けた。映像は上空から撮られた地上の景色である。草原や丘、赤い街並みとは別に多数の人々の姿があった。
その光景にヤヌアルが不服そうな顔で唸る。
「そうだぞ、ディツェン。タイキ殿はまた是非来てくれと言ってくれているのだ。またすぐに来れば良いではないか」
ヤヌアルにそう言われて、ディツェンは泣きそうな顔で両手を広げた。
「あれは君達を探してるんだよ! 私は関係ないから!」
「君達ってのは誰のことだ? まさか僕達のことか?」
ヤヌアルの目が細められたのを見て、ディツェンが「うぐ」と声をあげる。
「い、いや、殿下、しかし私は降りても降りなくても……」
食い下がるディツェンにヤヌアルが鼻を鳴らして答えた。
「僕達が帰る羽目になったのにお前だけ希望が叶うと思うなよ? 道連れだ」
「やっぱり! ほら、タイキ様! 私はこの城に残っても良いですよ!?」
ディツェンはヤヌアルの発言に必死の形相で声を上げたが、タイキは苦笑とともに首を左右に振る。
「きっと、ディツェンさんのことを探している人もいっぱいいますよ」
タイキがそう答えると、ディツェンはヤヌアルを振り返った。
「殿下、私は死んだということに」
「ディツェンが僕達を誘拐していたことにしてやろう。隣国にも指名手配書を回すからな」
「卑劣なことを!」
ディツェンは地面に膝をついて呻いた。その様子に、エイラも口を開く。
「ディツェン様? 外交上の付き合いというものもあります。これで一人でも行方不明になったら、やはり怪しいのはこの天空の国と思われてしまいます」
「空の上にいたと言わなければ……」
「ヤヌアル様とユーリ様が降りられた際に誰かに目撃される可能性は高いでしょう? 地上はあの大人数で捜索中なのですから」
エイラに諭され、ディツェンは今度こそ反論出来ずに押し黙った。
ヤヌアルとユーリは顔を見合わせて頷き、タイキに顔を向ける。
「ようやく話が纏まったようだ。時間が掛かってしまい申し訳無い」
「いえいえ。それほどこの城に興味を持ってもらえたなら嬉しい限りですよ」
「また直ぐにでもご招待くださいね。どんな用事も放り投げて参りますので」
「ははは。では、また近い内に招待状を送りますね」
そんなやり取りをして、タイキは顔を上げた。
と、それまで静かに成り行きを見守っていたメーアが口を開く。
「その、浮いてるやつは初めてみました」
メーアがそう言うと一緒に並んで立っているトレーネ、ラント、シュネーの三人が無言で頷く。
「これかい?」
そう言ってタイキが指を指し示すと、メーア達だけでなくエイラも頷いた。
タイキが指差す先には黒いドローンが浮かんでおり、ドローンの上の何も無い空間に映像が映し出されている。映像は僅かに透けていて、青い大空と城の壁の一部が後ろに見えた。
それを確認し、タイキは口を開く。
「空中投影ディスプレイって名前なんだけど……」
タイキが説明出来ずにいると、エイラ達は揃って難しい顔で首を傾げた。
「はは……まぁ、また次回説明しようか。それじゃ、皆さんを送迎するよ」
誤魔化すようにそう告げると、タイキはA1に目を向ける。それに合わせてA1は動き出し、大きな箱を持ち上げた。
金属製らしき四角い箱だ。上の部分は無く、前後左右の壁は腰の上ほどの高さである。その箱にヤヌアル達が乗り、不安そうに顔を見合わせた。
「……これでこの高さを降りるのは怖いな」
「確かに……」
「そうですか? 私は楽しそうだと思っていましたよ。景色も良さそうじゃないですか」
三人のそんな会話を聞き、タイキが笑った。
「では、もう三体付けましょうか」
タイキがそう言うと、ものの数秒で城から三体のロボットが飛んできた。フワリと降り立ったロボットは、A1と一緒に箱を囲むように並び、両手で箱を固定する。
「おお、これなら安心だ」
「景色が……」
「ユーリ殿下、この際景色は二の次にしましょうよ」
騒がしい三人にタイキが笑い、声を掛ける。
「それでは、また後日改めて城へご招待しますね」
そう言って別れの挨拶を交わすと、三人はA1達が持ち上げた箱の上から手を振りながら、地上へと降りていった。
雲の中に入った三人は真っ白に染まった視界に声をあげる。
「おお、雲だ。雲の中だぞ」
「私、もっとふわふわの感触かと思っていました」
「濃霧のようですね……不思議だ」
そんな会話をしている内に雲を突き抜け、三人の目の前には地上の景色が広がった。
広大なフリーダー皇国の領土が眼前に広がり、ユーリが歓声を上げる。
「綺麗ですねぇ、ヤヌアル兄様」
「うん、素晴らしい景色だ。このフリーダー皇国を更に大きくする為にも、是非ともあの天空の国の技術が欲しいな」
「むむ! それならば私に……」
「お前は帰って来ないつもりだろうが」
「そうですよ。ディツェン様が行くならヤヌアル兄様と私も……」
「もちろん僕達もまた行くぞ。それにしてもあの国は本当に不思議だった。結局、タイキ殿以外に天空の国の本来の住人には会えなかったな」
ヤヌアルがそう口にすると、ユーリが疑問符を上げた。
「エイラ様は違うのでしょうか?」
「エイラ殿も天空の国について詳しくないようだったし、僕達に対する反応がタイキ殿とは明らかに違った」
「反応?」
「タイキ殿は我々の、地上で広まった文化や常識を知らないといった、悪く言えば浮世離れした部分が見えた。だが、エイラ殿はどちらかと言えば僕達に近い。従者らしき猫獣人達も同じだろう」
「そうなのですか。てっきり、皆さん天空の国のお生まれなのかと」
「見た限り天空の国の真の住人はタイキ殿だけだな。他の住人がいったいどれだけいるのかは分からないが、あまり多くはなさそうだ」
そう天空の国を分析したヤヌアルは、腕を組んで空を見上げた。
「……また、必ず行かねばならんな。あの国に」




