驚愕のホテル暮らし
ベッドに腰掛け、ヤヌアルは唸った。
「……驚異的だ」
そう口にしたヤヌアルに、ユーリが首を傾げる。
「何がでしょう?」
その質問にヤヌアルが振り向くと、もう一つのベッドに腰掛けるユーリがバスローブ姿で目を瞬かせていた。
ヤヌアルはそれを見て溜め息を吐き、自分の体を見る。
ヤヌアルもまた、バスローブ姿だった。シミ一つない真っ白なバスローブは見るからに柔らかそうである。
「……この奇妙な服でもそうだ。恐らく寝る際に用いる室内着だろうが、物凄く柔らかい。何だ、この素材は」
「ふわふわの動物の毛皮では?」
ユーリが自らの着るバスローブの表面を撫でながらそう聞き返した。
「そんな感じには思えないが……そうだ。このベッドにしても異常だ。弾むぞ。普通なら、グッと沈み込んで終わりだろう? それでいて硬さは全く感じない」
ベッドに座ったり立ったりしてヤヌアルがそう言うと、ユーリもベッドに両手を置く。
「寝心地が良さそうで楽しみですね」
「うむ、そうだな。しかし、布一つとっても異常に繊細でツルツルしてるが、考えても分かりそうにないな」
そう言ってヤヌアルがシーツや掛け布団のカバーを光に透かして確認していると、ユーリはいそいそとベッドと掛け布団の中に潜り込んだ。
「そうですよ。明日、タイキ様にお尋ねしましょう。それでは、私はもう眠ります。おやすみなさい、ヤヌアル兄様」
顔だけ出して気持ちよさそうに目を細め、ユーリがそう言うと、ヤヌアルは目を瞬かせて顔を向ける。
「ん? もう寝るのか? まぁ、このベッドで早く寝てみたい気持ちは分かる。僕も早く寝るとしよう。おやすみ、ユーリ」
「ぐぅ」
気が付けば、ものの数秒でユーリが小さな寝息を立てていた。ヤヌアルはそれに驚き、口を開く。
「もう寝てるのか。ユーリはいつも寝入るのが早いな」
感心したようにそう言うと、ヤヌアルは天井を見上げる。天井と床の四方にある照明は全て間接照明だが、室内はそれなりに明るかった。
「……もう少し暗い方が良いが、あのランプは消し方が分からんな」
そう呟いて立ち上がり、室内をぐるぐると歩き回る。
「この銀色の板に触れれば……トイレの灯りだな。こっちは入り口で……」
タッチ式の照明の使い方を覚えたヤヌアルは、室内を巡りながらタッチ出来るスイッチを探し求めていた。
そして、ようやくベッドのすぐ隣のキャビネットに据え付けられた白いスイッチに気がつく。
「なんだ、この白い突起は……」
不思議そうに眉根を寄せたヤヌアルは、無造作にそれを押した。
パチリと小さな音が鳴り、同時に天井の間接照明が消灯する。
「おお……!」
ヤヌアルは歓喜の声を上げ、辺りを見回した。
「なるほど……床だけは薄っすらと照らし、邪魔にならずに、かつ歩きやすくもしているのか。何たる細かな配慮……」
そんな台詞を呟きながら、そっと布団の中に潜り込む。
「さぁ、明日も楽しみだ。早く寝なければ……ぐぅ」
ウキウキとした表情で何か口にしていたヤヌアルだったが、あっという間に眠りの世界へと誘われていた。
「ぬぅ……この温かい風が出る物はいったい何だろう」
ドライヤーを手にしたディツェンは眉間に皺を寄せてそう呟く。
時刻は既に夜中の二時を回っており、ヤヌアル兄妹が眠りについて四時間が経過していた。
夕食後、誰よりも早く割り当てられた部屋に入ったディツェンだったが、まったく眠る気配も見せずに室内を探索し続けている。
「どのような魔術を使えばこんな代物が出来上がるんだ……」
そう口にしてからドライヤーをベッドの脇に置き、周りを見渡す。
「不思議な物ばかりだ。仕組みどころか使い方も分からない。トイレも何故音楽が鳴るのか……いや、確かに心地が良いけども」
そう言ってから、今度はベッドの脇に置いてあるキャビネットに目を止めた。
白いスイッチを押し、天井の間接照明を消す。
「消えた」
また、白いスイッチを押すと、今度は天井の間接照明が点灯する。
「点いた」
ディツェンは再度眉間に皺を寄せた。
「……揺らめきもなかったが、消える時ですら明滅も無く消える。逆に明るくなる時は一瞬で最高の状態だ。間違いなくオイルランプの類じゃない」
白いスイッチをかちかちと何度も押しながら唸り、頭を傾げる。
そして、改めてスイッチを確認したディツェンは、ついにキャビネットの下が開く事に気が付いた。
現れたのは光沢のある灰色の箱だ。
「なんだ、これ」
箱の正面には片開き扉があり、指で摘むような取っ手もある。躊躇いも無く、ディツェンは取っ手を掴んだ。
扉を開けると箱の中は明るくなり、冷たい空気が外へと漏れ出す。
「つ、冷たい……!?」
ディツェンは冷蔵庫を発見したことにより、徹夜が確定したのだった。




