猫獣人達の入城
「ちょ、ちょっと若過ぎますよ。まだ十五歳にもなってないんでしょう?」
苦笑しながらそう言うと、後ろからエイラが「そ、そうですよね。まだお子様ですからね」と、少し棘のあるフォローが入った。
そういう意味で言ったわけで無くても、思春期の女の子は難しいと聞く。当然、子供扱いされたメーアは頬を膨らませる結果となった。
トレーネは困ったように笑い、頷く。
「ああ見えて、あの子は十五才ですよ。結婚も出来る年齢です。勿論、最初はメーアをじっくり見て考えていただきたいと思っています。じっくり考えてみて下さい。少々お転婆で、落ち着きが無くて、天邪鬼なところがあるかもしれませんが、本当はとても良い子なんです。初対面ではどうしても誤解されがちなのですが、本当ですよ?」
トレーネのそんな台詞にメーアが顔を背けて口を尖らせた。拗ねつつ照れるという不思議な状態だろう。
「分かってますよ、良い子なのは。さぁ、とりあえず……」
お食事でも、と言い掛けて、俺はメーアのことを思い出した。
「あ、メーアちゃんの傷、一応しっかり見ておこうか」
「え?」
疑問符が皆の頭から上がり、トレーネが代表して口を開く。
「お医者様、でもあるのですか?」
「タイキ様。回復魔術で治されるのでは?」
トレーネの疑問にエイラも疑問を足してきた。そうか、魔術師と思われてるんだっけ。
「怪我だけ治しても、その傷口からばい菌が入ってたりしたら大変だよ? 精密検査はしといた方が良い」
首を傾げる一同を尻目に、俺は城の正門を振り向いた。
「な、なんという……」
「うわ、勝手に開いた!?」
「床が、う、動い……」
城の中を移動してエレベーターに乗ったのだが、皆猫耳と尻尾を垂らして青い顔になってしまった。どうやら、この人達は城の中で暮らすのは厳しそうである。
苦笑しながら三階に着き、エイラとA1を連れて一足先にエレベーターから降りた。
すると、背後から悲鳴に似た叫び声が上がる。
「こ、これは……」
「ゴーレムが、こんなに!?」
シュネーとラントの声だ。見ると、メーアは毛を逆立てて固まっており、トレーネは目を丸くしている。
「こっちですよー」
そう言って先に行くと、少し遅れながらもトレーネ達は後を付いてきた。
診療室に入り、日焼けマシンに似た機械を見てハッとする。
そうだ。あの機械は様々なプライベート情報が表示されるセクハラマシンだったではないか。
どうしよう。そんな機械を皆の前で起動するのは……いや、これは医療行為。実際の医者だって診察をするが、エッチな気持ちなどカケラも持っていないはずだ。
「それじゃ、此処に寝てくれる?」
そう言うと、メーアは何度かトレーネを振り返ったが、背中を押されてこちらへ来た。
恐る恐る寝台に入って仰向けになったので、俺はそっと画面に触れる。画面が黒くなり、自動的に蓋が閉まった。
覗き窓から中を見ると、ライトアップされたメーアが思い切り強張った表情をして固まっていた。
「よし。それじゃあ、これから診察をしますので、そちらで待機していて下さいね」
そう言うと、皆は壁際に立った。それを確認してから画面を触り、診察を開始する。
少しすると、メーアの情報が表示され始めたので、視線を逸らす。
ただ、一瞬目に入った情報に十四歳とあった気がしたが、気のせいだろうか。
暫く待っていると、そわそわした様子のシュネーが眉をハの字にしてこちらを見た。
「あ、あの、メーアは今、どうなって……?」
気の強そうな雰囲気だったのに、シュネーはすっかり小さくなってそう言った。答えようと口を開くと、ちょうどタイミング良くセクハラマシンから音が聞こえてくる。
ピピピピという電子音にシュネー達だけでなくエイラまで驚いていた。
「あ、結果が出たみたいなんで、どうぞこちらに」
そう言うと、皆が画面の前に並び、ライトアップされたメーアと表示された数字を見る。
「これは……?」
「メーアの健康状態みたいな感じですよ」
軽く説明していると、最後に打撲二箇所、擦り傷五箇所、ビタミン等の栄養不足。打撲、擦り傷治療済み。といった情報が表示された。
そして、蓋が自動的に開いた。不安だったのか、メーアは飛び出すようにトレーネへと走り、抱き付いた。その様子に苦笑しながら、画面に目を向ける。
「少し怪我してたみたいですね。そっちはもう治ってると思いますが、ビタミン不足とあります。野菜とか果物とか、あんまり食べませんか?」
尋ねると、トレーネは苦笑いをして頷いた。
「確かに、我々はあまり野菜を食べません。果物は取れれば食べるのですが、最近はあまり……」
「皆さんですか」
「お恥ずかしながら」
俺とトレーネがそんな会話をする中、メーアは自分の身体を触って何かを確認しているようだった。
「じゃあ、ご飯にしますか。エイラ、手伝ってくれる?」
「は、はい! 頑張ります!」
練習中だし丁度良いかと思ったら、エイラはかなり気合いの入った返事をしてきた。空回りしそうである。
少し不安に思いながら二階に降りて、皆で食堂へと移動した。
「私とシュネー、メーアもお手伝いさせていただきます。ラントは料理が出来ないので、後片付けを」
「それは助かりますね」
トレーネの発言に俺は素直に喜んだが、エイラは逆に緊張してしまったらしい。硬い表情で食材の下拵えを始めている。
「こうやって切ると食べやすくて良いかも」
「は、はい!」
ガチガチのエイラに苦笑しながら俺も料理に取り掛かる。
調理器具や厨房設備に驚きながらも調理は進んでいき、ぎこちないエイラを何故かメーアがフォローしたりしていた。
意外と一緒に料理をするというのは良いコミュニケーションになるのかもしれない。
そんなことを思いつつ、野菜炒めとベーコンのジャーマンポテト、マヨネーズのパスタサラダを大皿に盛る。主食にはご飯とトーストを用意してみた。ご飯は食べるだろうか。
皆で大皿を抱えつつ食堂に戻るとラントが立って待っていた。
「さぁ、皆で野菜を食べよう」
そう言って皿を並べると、猫獣人達は何か不思議なお祈りをする。片手を胸の前に置き料理を見つめる四人。
「いただきます」
「いただきます」
俺とエイラは両手を合わせてそれだけ言い、料理に向き直った。
野菜炒めは醤油少なめにしたので個人的には物足りないが、ジャーマンポテトとパスタサラダは良い味だった。
皆も目の色を変えて食べている。
「……本当に美味しい料理ばかりでした。餓えた子供のような姿を見せてしまって、恥ずかしいばかりです」
食事を終えると、トレーネが頬を赤らめながらそう言った。ちなみに、皆一度はご飯に手を伸ばしたが、結局最後はパンを食べていた。悲しい。
食事を終えてまた外に向かう。何となくトレーネ達の、いや、メーアが先ほどよりも近くを歩くようになった気がする。
餌付けしたみたいで少し面白い。
城の外に戻り、トレーネ達に振り向く。
「東側と西側に家が並んでるけど、何処に住みたいです? 城の中はエレベーターが怖いでしょうし」
そう言って笑うと、トレーネ達は話し合い、西に住むことにしたようだ。
白い家が並んでるのを見て喜び、室内の様子にまた喜ぶ。実は、白い家には水とお湯が通っていたり、トイレは洋式の水洗だったり、シャワーが付いてたりする。至れり尽くせりである。
しかし、何の都合なのか電気は無い。灯りはオイルランプである。オリーブオイルとかもあるので問題は無いが、個人的には少し面倒臭い。
が、トレーネ達にとっては、元々の生活よりも遥かに質は向上したらしい。
こっちが驚くほど本気で喜んでいた。
後は畑や温水プールの設備を教えて解散となった。
エイラとA1を連れて城に戻ると、エレベーターの中でエイラがクスリと笑みをこぼす。
「どうしたの?」
「あ、いえ、何でもありません」
「そう?」
顔を見ると、エイラは何故か嬉しそうにこちらを見上げていた。
ああ、バルト達を助けることが出来て嬉しいのかな。優しい子だ。
なんとなく、そんなことを思って温かい気持ちになる。
「タイキ様」
「ん?」
「メーアちゃんと婚姻の話が出た時、どう思いました?」
「いやいや、若過ぎるよー」
「じゃあ、メーアちゃんが、十六歳とかだったらどうですか?」
十六歳。女子高校生。
「いや、それでも若いなぁ。やっぱり、十九か二十になったら考えるかも?」
特に深く考えずにそう答えると、エイラは複雑な表情で何度か頷く。
「同じ年齢くらいの方が良いのですね?」
難しい顔でそう言われて、俺は頭を捻った。同じ年?
「あ、俺三十だけど」
そう告げると、エイラの周囲の時だけが凍り付いたように止まった。
【トレーネ】
白い家の中を掃除した四人は、一室で顔を見合わせて座っていた。
「しかし、まさか伝説の大魔術師様に助けられるなんて、な……」
何処かボンヤリした様子でラントがそう呟く。
「あのゴーレムの数があったら、どんな国でも相手にならないね」
シュネーが頷きながらそう言うと、メーアが目を輝かせて三人を見た。
「明日は色々探検に行きたい。凄いものばっかりで面白い!」
溢れる好奇心を抑えられないメーアに、苦笑しながらシュネーが首を左右に振る。
「まずは畑だよ。すごく広かったからね。皆で手分けして収穫可能なものがあるか見ようか」
「むぅ」
「しっかり働かないと、私達は匿ってもらっている立場なんだから……何もしなくても捨てられそうにはないけどね」
シュネーが困ったように笑うと、ラントが深く頷いた。
「確かに。ずいぶんと人が良さそうだ。タイキ様が何者かに騙されたりしないように、我々が目を光らせねば」
そんなことを言ったラントは、静かに何かを考えるトレーネに目を向ける。
「……どうかしたか?」
ラントに声を掛けられると、トレーネは頬に手を添えて息を吐いた。
「タイキ様と一緒にいたエイラちゃんって子、何処かで見たことがあるような気がするのよねぇ。気のせいかしら」
白い家が並ぶ景色は、ギリシャのサントリーニ島をイメージしております。
行ってみたいなぁ。




