バルトの嫁兄弟と、もう一人
ある程度話がまとまり、さてA1に皆を降ろして貰おうかと思った時、後方でエイラの声がした。
「あ、あの……」
振り向くと、あの気を失っていた少女がエイラの首元にナイフを押し付けながら背後に立っている。
「み、皆を解放して……!」
小柄な見た目通りの鈴が鳴るような声でそう言われ、何となくバルトを振り向いた。すると、血の気が引いて真っ青になったバルトの顔があった。
「や、止めないか、メーア。タイキ殿は我々を助けてくれたんだぞ!」
バルトの怒鳴り声を聞いて暫く考えるように周囲を見る、メーアと呼ばれた少女。
両手を広げて青い顔をするバルトと、その前で棒立ちした俺。そして、馬車の前に拘束もされずに並ぶ家族達。
それらを見た後で、メーアはナイフを突き付けているエイラに視線を移す。
ジッと、真っ直ぐメーアの瞳を見つめるエイラの視線に、汗がプツプツと浮いている。
「ご、ご、ごめんなさい!」
ナイフをエイラから離し、メーアはその場で跪いて謝った。エイラの首に傷は無いようだ。
ホッとしていると、バルトが勢い良くこちらに頭を下げる。
「す、すまなかった……! タイキ殿の奥方に手を出すなど、恩を仇で返してしまった……!」
「お、奥方……!?」
バルトのセリフに、後方から驚愕する声が聞こえてきた。エイラである。
少しショックを受けながら、俺は軽く手を左右に振る。
「いやいや、一時的な同居人ですよ。これから元の家に送り届けるところですから……」
話の流れで、口にしたく無い事実を口にしてしまった。自分のセリフに微妙に凹んでいると、バルトは難しい表情でエイラの方を一目見た。
「なるほど、そうだったのか。しかし、同居人であろうと刃を向けてしまったのは事実……誠心誠意お詫びをさせていただく。メーア!」
「は、はい! ご、ご、ごめんなさい!」
「まぁ、何も無くて良かったですよ。それじゃあ、地上に降りる方は馬車へ」
何とか場が落ち着き、奴隷印を付けられてしまったバルトの奥さんとその兄妹三人を残して全員が馬車へ乗った。
すると、メーアが戸惑いつつバルトに顔を向ける。
「あの、お母さん達は乗らないの?」
不安そうな声でそう言うメーアに、バルトが眉根を寄せた。というか、メーアはバルトの娘なのか。
「トレーネ達は奴隷印をその身に受けてしまったのだ……悲しいが、祠を守ることは出来ないだろう。メーア、お前はお父さんと一緒に祠を……」
「やだ! それなら私はお母さんと一緒に残る!」
「メーア!?」
メーアの発言に、バルトはこの世の終わりのような顔をした。まぁ、ちょうど父親と気まずい年頃だよな、多分。
何と無くバルトとメーア双方の気持ちが理解出来たので、一つ提案をしてみる。
「……どうでしょう。一先ず、少しの間メーアちゃんをここで預かり、お母さんや叔父さん叔母さんと一緒に過ごさせてみては」
「……い、いや、お待ちいただきたい。恐らく、メーアはまだ話を理解していないに違いない。いいか、メーア? お母さん達に会えなくなるわけでは無いのだ。時々は来てくれるとタイキ殿も言ってくれている。だから、我々は祠を守るという本分を……」
「やだ!」
「メーア!?」
この世の終わりのような顔をするバルト。
その様子に苦笑しつつ、俺はもう一度提案を口にしてみる。
「例えば……半年ほどしたらまた戻って来ましょう。その時に、またメーアちゃんにどちらか選んでもらっては?」
「は、半年……いや、さ、三ヶ月で……」
悲しそうな顔のバルトに頷き、俺はメーアを見た。
「それじゃあ、三ヶ月ここに住んでみるかい?」
そう言うと、メーアは輝くような笑顔で頷いた。
「うん! あ、お願いします!」
元気良く返事をして馬車から飛び降りたメーアに、バルトは深刻そうに口を開く。
「良いか、メーア。また三ヶ月したら、お父さんと会えるからな。それまで、寂しくても……」
「うん、分かった!」
心温まる親子の会話を聞きながら、俺はA1に指示を出した。馬車をA1が持ち上げる様子を眺めて、何とか一台の馬車に入りきったバルト達に目を移す。
「それでは、また三ヶ月後に」
こうして、バルト達は地上に戻っていった。バルトの家族への愛情にほっこりしながらも、奇しくも単身赴任みたいな状況になったことに苦笑する。
いや、単身赴任のお父さん方の方が中々家に帰れなかったりするのではなかろうか。
一方で、バルト達が地上に降りた後にバルトの妻、トレーネが気が付き、妹のシュネーと弟のラントが状況説明をした。
トレーネは布と皮を張り合わせた独特な服の裾を捲り、右肩に付いた奴隷印を眺める。メーアも心配そうにその様子を見つめる中、トレーネは困ったように笑ってメーアの頭を撫でた。
「まぁ、そんなことが……確かに、奴隷印があっては祠は守れないわねぇ」
おっとりとした口調でそう呟くと、トレーネはこちらに身体の正面を向けて頭を下げる。頭の前に両手を置く土下座スタイルである。
「この度は、我々を救っていただき誠にありがとうございます。どんなことをしてでもこのご恩は返していきますので、これから宜しくお願い致します」
美人の人妻から土下座されてしまった。
何故かそんな言葉が頭の中で踊り、俺は内心慌てふためきながらトレーネの前に正座をする。
「いえ、たまたま通りがかっただけですので、あまり気になさらず……ああ、良かったら野菜や果物、薬草の収穫を手伝っていただけたらありがたいですね。良かったら、後で住む場所も含めて島の中を案内します」
そう言って会釈すると、トレーネは目を丸くしてマジマジと俺を見上げた。その背後ではシュネーとラントも驚いている。
お礼を言いつつ、トレーネは俺とA1、そして天空の城を順番に見比べた。
そして、メーアに顔を向ける。
「メーア。あなた、そろそろ婚姻とかどうかしら?」
おっとりした口調で、トレーネはとんでもないことを口走った。それには俺ばかりでなく、メーアも絶句である。
新たな同居人との生活は波乱に満ち溢れていそうであった。
※チーレムメインの話ではありません。




