追求
書斎の中に入ると、華菜さんが大理石製の明かりのついていない電気スタンドを手に持ち、正面に置いてあった机の、入り口から見て右側に立っていた忠徳さんを、背後から殴ろうとしていた。
二人とも突然の侵入者に驚く。
「今だったらまだ間に合いますよ、華菜さん。
色々あったんでしょうし、復讐するなとは言いませんけど。
ここまで頑張って来たのに、こんな事で終わらせて、本当に良いんですか?」
私は静かに言った。
華菜さんは両手で持った電気スタンドを机の上にそっと置き、静かに泣き崩れた。
「こ、これは......」
忠徳さんが動揺する。
「殺されても良いって思ってました?
でも、貴方が亡くなって困る人も悲しむ人もいますし、何よりそんな罪を華菜さんに背負わせて、これ以上彼女を苦しめるのは、貴方が本当にしたかった事じゃないでしょう」
私の一言にハッとした表情になり、忠徳さんが俯く。
重たく、悲哀の入り混じった沈黙が流れた。
...?
泣きじゃくっていた華菜さんの様子が少しおかしい。
何かに怯えてる...?
「華菜さん、何か心配な事でもあるんですか?」
私がそう聞くと、華菜さんの体がビクッとなった。
美月さんと忠徳さんは、私が何を言っているのか分かっていない様子だった。
「どんな事でも構いません。
話して...いただけませんか?」
「...じっ、実は...あの...」
華菜さんが自分でも信じられないという様な表情で少しずつ語り始めた。
どうやら昼間に仮眠をとった時に見た夢が、妙に生々しかったみたいだ。
その夢に私達3人は登場せず、華菜さんは計画していた犯行を実行してしまう。
しかし、予想外の事が立て続けに起こり、最後には自分が毒殺される...らしいが、犯人の顔がどうしても思い出せないという。
あまりの凄惨な内容に、忠徳さんは表情を暗くする...が、なんだろう...一部心当たりがある様な様子が時折見られた。
...もしかしたら、忠徳さんも同じ夢を見ていた...?
そもそも普通だったら、ただの夢であると一笑に付しそうなものなんだけど、誰も笑う人間はいなかった。
実際それは、夢というにはあまりに筋が通り過ぎていたからだろう。
......お陰で、ここに来てからの違和感みたいなものが、これで全て消えた。
気付くと私は、両手の指先を合わせ、口許に寄せていた。
推理に集中している時は、無意識にこのポーズをとってしまう。
「...とても興味深いお話ですね。
では、一つ一つ、私が解決していきますね。忠徳さんもお忙しいかと思いますが、もしかしたら新しい事件が起こる可能性もありますから、よろしければ聞いて下さい」
"新しい事件"という言葉に驚きつつも、忠徳さんが頷く。
華菜さんは、私の言葉に目を丸くしていた。
「先ず、第1の事件。
夢の中では、誰も止める人が居なかった為、忠徳さんはあのまま後頭部を殴られ昏倒。
そして、電気スタンドのケーブルで絞殺...でしたよね」
華菜さんが頷く。
「所々説明が省かれていますが、華菜さんはそのあと、昼間に陽介さんから聞いていた、この部屋の仕掛けに当たりを付けていた為、仕掛けを作動して、忠徳さんの寝室に向かい、マスターキーを探して、有ったら盗み出す。
そして、書斎兼寝室の鍵は処分する事で、マスターキーの存在をあやふやにし、麗華さんに警戒されにくくする...
...そういう算段だったんじゃありませんか?
言ってしまえばアドリブみたいなものでしょうけど」
「は...はい、その通りです...
そんな仕掛けがあるなんて、陽介さんに聞くまで知らなかったから...」
華菜さんが肯定した。
「そして鍵を手に入れた後は仕掛けを戻し、普通に外に出た...掛け金には一切触らずに...」
「そ、そうなんです...だけど...」
「ええ、掛け金は下りていた。
...であれば答えはシンプルです。
掛け金は偶然に下りてしまった...
一回目は恐らく、忠徳さんの遺体を見つけた陽介さんが慌てて。
二回目は麗華さんが思いっきり扉を閉めた時に、ね」
本棚の影になっている部分に、お姉ちゃんにスマホで光を当てて貰い、私は一度実演して見せる。
扉を強く閉めた瞬間に、振動で掛け金が下りた。
大きな音を立てたので、麗華さんが起きて来るかとも思ったが、やはり起きては来なかった。
「...ね、こんな感じです。
ただ...これは後々利用される事になりました」
「さっすが華凛ちゃん!
でもさ、どうして陽介ちゃんがやったって思ったの?」
美月さんが質問してきた。
「先ず、華菜さんが犯人であるにも関わらず、身に覚えがないというのですから、華菜さんは除外します。
次に麗華さんが何時位に扉が閉まる音を聞いたのかにもよりますが、優奈さんと碓氷さんは、朝方までチェスをやっていたという事で除外。
麗華さんや、神守さんであれば、遺体を発見なさった時点で大騒ぎになったでしょうし、光織さんも神守さんとの信頼関係は厚いみたいですから、雇い主である忠徳さんが亡くなったとなれば、神守さんに報告する可能性が高い。
...となると...残るのは陽介さんという事になります。
また、忠徳さんの遺体が発見された時の書斎での会話で、書斎兼寝室の鍵の存在を匂わせる事で、マスターキーなど最初から存在しないのではないか...と匂わせ、意識を誘導したのは華菜さんでしたが、それに真っ先に同調したのも陽介さんでした。
少しそそっかしい所もある方みたいですし、何か用事があった...いえ、或いはもしかしたら、華菜さんが忠徳さんと会った時に何か起こるのではないかと危惧していた為に、書斎へ様子を見に行き...そこで忠徳さんの遺体を発見。
気が動転し、思わず扉を強く閉め、掛け金が下りる...
その後の陽介さんの発言から、陽介さん自身、何故書斎が密室になってしまったのか分からなかったから、密室を生み出した犯人の意図も読めなかった。
そしてその事が、自分が書斎を出入りした所を見られたかもしれないという恐怖へ繋がり、積極的に事件を調査しようとした...そんな感じじゃないでしょうか。
忠徳さん、もしかして陽介さんは、華菜さんが本当は貴方の娘だと察していたのではありませんか?」
私の質問に忠徳さんが俯く。
「...どうでしょう...直接言った事は勿論ありませんが、あれで勘が良いというか、妙に察しの良い所がありますから...気付いていた可能性はある...と思います」
つまり陽介さんは、何故華菜さんが、ずっと思い詰めた様な表情をしていたか察していたからこそ、敢えて、場を盛り上げようとしていたのだと思う。
まあ、元々の性格も勿論あるだろうけど。




