対処不可能な恐怖
スマホのアラームが鳴る。
...ん...もう、朝...か?
窓の外には、雨上がりの爽やかな朝が広がっていた。
薬のお陰で、昨日よりは寝れた気がするが、体がちょっと重い。
身支度を整え、私は食堂へと向かう。
食堂には、やはり陽介さんが既に来ていた。
「おはよーう華菜ちゃん!
昨日は良く眠れたかい?」
陽介さんは昨日より元気そうだった。
「おはようございます。
うーん、ぼちぼちって感じですかね」
私は正直に答えた。
「えっ、そうなの?
ああ...言われてみれば、ちょっと目が腫れてる...かも...」
陽介さんとそんな会話をしている内に、優奈ちゃんと碓氷さんも食堂に来た。
...と、いきなり血相を変えた神守さんが、食堂に飛び込んで来る。
「お、お嬢様から何の連絡も無かったので、へ、部屋に向かったのですが、幾ら呼び掛けても返事がなく......」
その言葉で事態を察した陽介さんと碓氷さんが、すぐさま食堂を飛び出していき、私達もそれに続いた。
麗華の部屋の前まで辿り着く。
「麗華ちゃーん!無事なら返事して!」
ドンドンと、初日に麗華に怒られた時よりも、更に強く陽介さんが扉を叩くが、一向に出て来る気配がない。
鍵もきっちり閉まっている。
また、今日は扉の上から光が漏れていなかった。
「どっかに行ってる...って事はないですよね?」
私は恐る恐る聞いてみる。
「麗華ちゃんの性格だと、何か用事があれば神守さんと連絡をとるはずなんだ。
でも、その連絡さえ取っていないという事は...」
陽介さんが、その先を言い淀む。
「こ、こちらを使って下さい...!」
神守さんが息を切らせながら、斧を持って来た。
昨日の様に、扉を強引に破る事を想定し、急いで物置まで行ってきたのだろう。
昨日と同じ様に、3人交代で鍵の近くを斧で叩いていく。
...壊れた。
昨日よりも穴の大きさがあるので、今回は陽介さんが腕を突っ込み、鍵を開けた。
部屋が真っ暗だったので、陽介さんが明かりのスイッチを入れる。
えっ...嘘...でしょ...?
左の方に、天蓋付きの大きなベッドがある。
そこに麗華が眠っている...様に見える。
...が、近づいて見ると、目元には大量の涙の痕が、口には涎の痕が残っており、少し泡を吹いている。
更に吐瀉物がベッドを汚している他、下半身が異様に濡れているのは、恐らく失禁の痕なのではないだろうか。
生前の麗華からは想像だに出来ない、見るも無惨な姿がそこにはあった。
「れ...麗華先輩...し、死んでるんですか...?」
優奈ちゃんが涙目になる。
神守さんがその場に崩れ、いつの間にか一緒に来ていた星井さんは、ただ呆然としていた。
その様子を見た陽介さんが
「碓氷君、昨日と同じものを用意して来るから、また検死、お願い出来るかな?」
と、碓氷さんに言った。
「...はい」
返事をしながら碓氷さんは静かに頷く。
陽介さんが道具を取りに行っている間、私の頭の中を色んな想いが駆け巡る。
麗華が死んで悲しいとは...微塵も思わない。思う訳がない。
寧ろ、清々する位だ。
...だけど、プライドが高かったあの麗華が、こうして見るも無惨な姿になっているのが、私の中で何処か現実離れしているというか、もしかしたら目の前にいる女性は、麗華とは別の誰かなのではないか...などという考えが頭を過っていた。
「お待たせ!持って来たよ!」
陽介さんが、ゴム手袋と調理用の温度計を持って来た。
碓氷さんが再び検死を始める。
「口からはガーリック臭が漂い、瞳孔が異常に収縮している...死斑は押すと消えるし、直腸温から考えても、死語6時間前後だが、それにしては指先が完全に固まっていて、硬直が進み過ぎている...」
碓氷さんは、そこで一旦考えた後
「死因は、有機リン酸系毒物による中毒死。
死亡推定時刻は、今日の午前0時から4時までの間...という所でしょうか」
と述べた。
「有機リン酸系......?
そんなもの一体何処に...?」
陽介さんが首を傾げる。
「物置にあった、園芸用の農薬...ですかね。
昨日、お屋敷の中を一通り見た時に見つけました」
碓氷さんが答えた。
碓氷さんなりに、事件を捜査しようと思ったのかもしれない。
「そっか...という事は、それを知ってれば、一応誰にでも犯行は可能だったって事になるよね。
昨日は皆、早く自分の部屋に行っちゃってて、死亡推定時刻にアリバイがある人なんていないだろうし...」
陽介さんの言葉に一同俯く。
「...ところで、気になったんだけどさ。
なんかこの部屋、鍵が二つない?」
「えっ...?」
陽介さんが指した方向に皆が注目する。
一つはベッドの横にある、電気スタンドが置いてある台の上に。
もう一つは机と入り口の間の絨毯の上に落ちていた。
どちらも、糸でぶら下げておく為の穴があいていた。
部屋の広さなどは違うが、机の位置は客室と同じで、机と、その上の電気スタンドは客室よりも豪華な感じだった。
(一マス50cm)
「これは...普通に考えれば、一方の鍵はマスターキーか、書斎兼寝室の鍵...という事になりますね」
碓氷さんが見解を述べる。
「うん...だよね...ちょっと調べて来るよ!」
「それでしたら、私が調べましょう。
今ちょうど手袋も着けているので」
そう言って、碓氷さんが鍵を2つ持って、陽介さんと部屋を出た。
碓氷さん一人でも良かっただろうけど、何かおかしな所はないか監視するという目的もあるのだろう。
犯人は私達の中に居るのだから、仕方ないよなと私は思った。




