霧散した鍵
「そういえば、こちらに寝室に繋がる隠し通路がある...との事でしたが...?」
ずっと気になっていたのだろう、碓氷さんが陽介さんに尋ねた。
「あ~、そうだったそうだった!
えっとね、ちょうど叔父さんの頭が向いている方向の...この本をね、こうして...」
高さが概ね揃った本の中に、一冊だけ背が低い本があり、それを陽介さんが手前に傾ける。
ガタ!
その瞬間、本棚の一部が扉の様になり、開けると寝室が目の前に広がった。
まだ使われていなかったのか、寝室は綺麗だった。
また、寝室側の扉は、棚で擬装されていた。
「うわぁ~、すっご!忍者屋敷みたいですねー!
...そうだ!ところで、マスターキーって、この部屋にあったりしないんですか?
忠徳さんが管理してるんですよね?」
優奈ちゃんの言葉に、陽介さんがハッとする。
「そっ、そうか...!うん、あるかもしれない!
叔父さんには悪いけど、早速探してみよう!」
陽介さんの言葉で皆でマスターキーを探したが、鍵は何処にも見つからなかった。
「うーん、ないか~。
もしかしてマスターキーを持って来てない......って事ありますかね?」
陽介さんが神守さんに尋ねた。
「いえ...先程も申し上げた通り、私には何処に有るのかさえ......
お役に立てず申し訳ありません...」
神守さんが深々と頭を下げる。
「あっ、いえ、聞いてみただけですから...お気になさらず...」
陽介さんが慌ててフォローする。
「少し気になったのですが...こちらの仕掛けについて知っているのは、陽介さんや麗華さん、忠徳氏の他にどなたがいらっしゃるのですか?」
碓氷さんが陽介さんに質問した。
「えーっとね...神守さんは知ってるけど、星井さんは来たばっかりだろうし、どうかな?」
陽介さんが星井さんに視線を向ける。
そういえば書斎に入ってから、星井さんが喋っている姿を見てないな。
私自身、あまりの事に動揺してしまって、周りが見えていなかったのだが......
星井さんの方へ目を向けると、今にも倒れそうな青白い顔をしている。
きっとショックが大きかったのだろう。
「...えっ?...あ、いえ、こちらの別荘に来たのは今回で2度目ですが、存じ上げませんでした」
か細い声で、星井さんが答える。
「それは間違いないと思います。
別荘にいる間は、私が旦那様の身の回りのお世話をさせていただいておりましたので、彼女が書斎に入る機会は、全くと言って良いほど無かったかと」
神守さんが証言した。
「う~ん、私、思うんですけどー、犯人はどうして密室にしたんですかね?」
優奈ちゃんに、皆が注目する。
「だってそうでしょ~?
さっきの話だと、鍵を持って来てたかどうかは分からないって事でしたけど、寝室の鍵が閉まってた以上、そんなこと有り得ないでしょ?
碓氷さんの話だと、書斎は掛け金が下りてたみたいだし、それってどう考えても、犯人は寝室から廊下に出て、外側からマスターキーでわざわざ鍵を掛けたって事ですよねぇ?」
優奈ちゃんがもっともな事を言う。
「あっ...えっと、それは...」
陽介さんが、しどろもどろになる。
「陽介さん、窓の鍵は閉まってますか?」
碓氷さんが、陽介さんに尋ねた。
「...あ、うん、ちょっと待ってて...」
少し上の空になりながら、陽介さんが、ハンカチでカーテンを少し開き、窓の状態を確認する。
「...鍵はちゃんと掛かってる...うん、間違いなく密室だね」
完全な密室...か...
「碓氷さん、さっき検死なさった時に、忠徳さんのポケットに何か入ってるとかって無かったんですよね?」
私は碓氷さんに聞いてみた。
「スマホ位でしたね。ポケットに入っていたのは」
「それじゃあ神守さん、忠徳さんの部屋の鍵と書斎の鍵って、どうなってるんですか?」
今度は神守さんに聞いてみた。
「書斎の鍵と寝室の鍵は一緒なのですが、こちらの別荘に滞在する時は、いつも旦那様ご自身が...あっ!」
神守さんも気付いた様だ。
「それが何処にも無いという事は、犯人が持って行ったのは...」
私が言いかけた時
「あ~!寝室と書斎の鍵って事だよね!
...じゃあ、マスターキーじゃなくても別に良いって事になるか!」
と、陽介さんが納得した。
「なるほど~、そうだったんですねー!
だったら、麗華先輩も安心ですねー!」
優奈ちゃんが、ホッとした様に言った。
「神守さん、仮にマスターキーがあったとして、どこの鍵が開けられるのですか?」
碓氷さんが神守さんに尋ねた。
「詳しい事は分かりませんが、鍵の性質上、客室以外の全ての部屋だと考えられます」
「カードキーはどちらで発行なさっているのですか?」
「それは...いえ、説明申し上げた方がよろしいのでしょうな...
書斎の向かい側に予備室と呼んでいる部屋があるのですが、そちらで行っております。
発行する際は、今回の場合でしたら、私と星井がそれぞれ持っているパスワードを入力する手筈になっておりまして、このパスワードは別荘を利用する度に変わります。
また、旦那様のご要望があれば、パスワードを知らせる事になっておりますが、今まで一度もその様な事はございませんでした」
碓氷さんの再度の問いかけに、神守さんが丁寧に答える。
「なるほど...ありがとうございました」
「これから...どうします...?」
誰とも無しに私は聞いた。
「そうだなぁ...これ以上は手掛かりも無いし、犯人のミス待ち...になるね、どうしても」
陽介さんが答える。
「そうですよね......
...こんな状況ですけど、取りあえず私、朝食をいただいて来ます。
ここで弱ってたら犯人の思うツボだと思いますし...」
不謹慎だとは思うが、さっきからお腹が空いていた。
「さんせーい!
朝食を食べず仕舞いだったから、もう私お腹ペコペコで~」
そう言って優奈ちゃんが、お腹をさする。
「ははは!うん、そうだよね!
腹が減っては戦ができぬ...みたいな?」
陽介さんが笑いながら言った。
「では一度、食堂に戻りましょうか」
碓氷さんも同意し、私達は寝室から廊下へと出て、食堂へ向かう。
寝室の鍵は、しっかりと掛かっていた。




