8.深夜の会議室
「失礼します。連れて参りました」
るーさんに続いて中に入る。思ったより小さな会議室だった。毛足の短い絨毯が敷かれ、中央に楕円のテーブル。奥の窓はカーテンが引かれ、銀花灯の強い光が室内を照らす。
テーブルには男性七人、女性三人がつき、壁際には十数人が立ったり椅子に腰かけたりしていた。その内の半分は鎮撫隊だった。
全員の視線が一斉に俺へと向けられ、逃げ出したくなる。
「おお、ほんなこつニシキくんやなかか」
奥に立っていた中年男性が、にこやかに手を振って言った。
長めの髪を頭のてっぺんでまとめ、スーツを着た武士のような趣。顔も渋くて、それなりに見た目はいいのに、中身は普通のおじさんな岡松さんだった。
「町田です」
「あー。そうやった、そうやった」
岡松さんは周囲の視線など気にした様子もなく、大きな声で笑った。
このやり取りも二年以上ぶりだが、まったく嬉しくはなかった。
岡松さんは廷都の西海府事務局に年に数回、出張で来ていた。そのときに何度か顔を合わせており、その度に名前を訂正してきた。部長と言うのだから優秀だろうに、俺の名前を覚える方向に優秀さを発揮させる気はないらしい。
――っていうか。味方って岡松さんのこと?
るーさんに視線をくれ、目線で尋ねる。るーさんは苦笑いにも見える微妙な表情を見せると、前へ向き直り一礼した。
「失礼します」
踵を返したるーさんは、励ますように軽く俺にうなずきかけて退室した。
ひとり残されると、なおのこと視線が突き刺さって感じた。さっきのオンカン社の若い男がいないことだけが、ささやかな救いだった。
「そげんとこ突っ立っとらんで、こっちに来んしゃい」
岡松さんが手招きする。軽く一礼すると、なるべく周囲は見ないようにして、そそくさと移動した。上座に近い位置。
「えー、こちらが町田 ニシキくん」
「町田義生です」
反射的に訂正すると数人が笑った。おそらく西海側の人間。どこに面白い要素があったのか分からない。岡松さんが名前を覚えられないのが有名とか?
「そげん名前やったっけ?」
「昔から、この名前ですね」
このやり取りも何度目だ。
「岡松部長」
ピリッとした声が場を引き締めた。上座に座る六十代ぐらいの女性。細さと灰緑色のスーツが相まって、茨のような印象を受けた。
「町田さんに、みんなば紹介してはいよ」
肥後の人かな。
「町田くん……あんた、日野から町田くんち呼ばれよったか?」
「いえ。イサと」
「あー、そうそう。イサくんやったな。イサくん」
岡松さんは笑顔で人のことを指差して言うと、くるりと返した手でテーブルについた人たちを示して、紹介していった。
「経済産業局局次長、小夏。港湾局管理部、里崎。産業技術局総務部副部長、今永。同じく魔導部部長、月野。通商交流局技術交流促進部部長、杉尾。博多港湾署警備部部長、城丸」
つらつらと述べられる肩書と名前に緊張が高まる。本当にお偉いさんばかりじゃないか。なんだって、こんなところに呼ばれたんだ。
岡松さんの紹介は向かいに座る人々に移る。
「奥羽技研公社、対馬さん。御守港湾管理会社、戸村さん。ケイフ自動車、水野さん。近畿技術、羽室さん」
並んだ企業名に軽く眩暈を覚えた。
選考会。そうだよな。選考会だ。大公と戎華だけで選考会と呼ぶには大袈裟だ。しかし、まさかMBとトリプルエースまで参加しているとは思わなかった。
こんな場所で尋問されるより、選考会で四大絡繰を見たかった。
「あとは……見学者やけん良かな」
岡松さんは残りの起立している人々をぐるりと見回して言うと、幾人かが苦笑を浮かべた。局次長の小夏さんは少し呆れたように眉を動かす。そして、俺へと視線を向けてきた。
「町田さん。あなたを、ここにお呼びしたとは、先ほどん騒動についてお尋ねしたいことがあったからです」
「はい……」
「まずは、あなたが見たことを話してくんしゃい」
手にしたトートを強く握り締める。全員から向けられた視線が痛い。
――俺、なんで、こんなところにいるんだろう……。
小さく息を吸い、口を開いた。
「中洲の屋台街にいました。二十三時頃……」
一瞬、迷ったが、すでに分かっているものを隠す意味もない。
「魔力の気配が接近してくるのを感じて、川下を見ると大……ユグフドと戎華が、もみ合いながら現れました。危険だと思い」
「なぜ、危険だと?」
苛立ちを抑えたような声が割って入った。オンカン社の戸村さん、だったか。四十代の男性。神経質そうな面立ちに疲れが滲み、ことさら目つきが鋭く見えた。
「ユグフドと戎華の争いは激しく、機関爆発の可能性を感じたからです。どちらのものかは分かりませんが頻繁に警笛が鳴り、排煙の状態から出力も上がっていると判断しました」
「続けてはいよ」
小夏さんが言った。戸村さんは眉間に深く皺を刻んだが黙ったままだった。
「危険だと思い、他の人たちに避難するよう促しました。そのあとユグフドと戎華が組み合い、動きを止めたのですが、戎華の操縦士が……脱出したのを目にして。残ったユグフドの操縦士だけでは対処が難しいのではないかと思い、二機の元へと向かいました」
心臓の駆動が早まる。筋肉が強張り、向けられる視線から逃れるようにテーブルを見つめ、続けた。
「まず戎華の機関を緊急停止ボタンで停止し、それからユグフドに移って操縦士の協力を得て、機関から圧力を抜きました」
「吹き飛ばして?」
戸村さんの険のある声音。
「緊急停止ボタンを探す余裕がありませんでした。蒸気管の一部もすでに破損していたため、猶予はないと判断し行動に移しました」
「適切な対応だったのではありませんか?」
朴訥としたイントネーションで柔らかく取り成してくれたのは、奥羽技研公社の対馬さんだった。
深く皺の刻まれた日焼けした肌をしているが、目元は若々しさが見える。印象よりは若いのかも知れない。遠慮がちに言った。
「緊急事態では出来るごども限られでいだでしょう。一部の破損だげで済んだなら……」
「君が搭乗口も破壊したのだよね?」
戸村さんは対馬さんの言葉を遮り、聞いてきた。
「はい。開閉スイッチを探している間がなかったので破壊しました」
「その行為が機構や内部の術式に影響を及ぼすとは考えなかったのかね?」
「一般的に搭乗口周辺に、全体動作に関わる機構は配置しません。内部の術に関しても同様です。そのような理解から問題ないと判断しました」
「ユグフドは一般的な絡繰とは違う。勝手な憶測で判断されては困る」
ピシャリと叱るような口振りで戸村さんは言った。
トートを握る手に力がこもる。
巻き込まれただけの俺が、どうして、そんなに責められないといけないんだ?
苛立ちが言葉となって出てきた。
「ユグフドの設計図を一度、拝見したことがあります。機密部分は記載されていない、基本構造のみのものでしたが、一般的な機乗絡繰の構造と大きな違いは見受けられませんでした」
さっと戸村さんの顔色が変わった。三社の人たちも、それぞれに反応する。対馬さんは意外そうな。ケイフ自動車の水野さんは真偽を疑うような。近畿技術の羽室さんは面白そうな。
公開されていることとは言え、企業の内実に関わる部分を感情まかせに口走ったことを後悔した。




