7.目覚めにもたらされるもの
目が覚める。
覚めたことで眠っていたのだと気がついた。
木の天井をガス灯の柔らかな光が照らしている。
――どこだ、ここ?
体を起こし、辺りを見回す。ベッドの周りにはカーテンが巡らされているが暗色で、到底、病院のようではない。体にかけられていた薄手の布団も、やたらと肌触りがいい。ベッドサイドのテーブルには色ガラスの水差しと、文字盤が組子細工で飾られた時計が置かれていた。
時計の針は一時を回っている。記憶を探り、なにがあったのか思い出す。
警察署? 博多の警察署には、こんな贅沢な設備があるのか。
カーテンの向こうで人の動く気配がした。目を向けるとカーテンの合わせ目がそっと開き、思いがけない顔がのぞいた。
「え、るーさん?」
丸い眼鏡をかけた、丸っこい顔立ちの女性は、相変わらずの柔らかな笑みを見せた。
「しーっ。ここ、仮眠室やけん静かにね」
声を落として言うと、るーさんは、するりとカーテンを抜けて中に入ってきた。そして、手にしていたトートバッグを差し出す。ゴーグルをつけた犬のイラストが入った俺のトートだった。
「湊が?」
るーさんは頷き、湊が突然やって来て、俺を助けろと騒いだ様子をおかしそうに話した。
姫野容さん。西海政府職員で俺とは同い年。るーさんが西海に帰っても、湊と違って互いに近況を伝え合っていた。ただ、この半年のことは、なにも言えずにいた。誰にも。
「イサくん、相変わらずみたいなあ。なんでん一人じ抱え込まんでんいいにぃ」
気遣うような言い方に、トートへ視線を落とす。少し汚れのついた持ち手を無意味に触りながら言った。
「湊から?」
「悪気があってのことじゃねえけん、怒らんじやってね」
「……分かってる」
そう答えても、るーさんを見ることが出来なかった。険しくなりそうな顔を無表情に保つのが精いっぱい。
るーさんは小さく息をつくと、言った。
「ほいだら行こうえ」
顔を上げると、るーさんはカーテンの先を示して続けた。
「起きたら案内するよう言われちょんの」
ベッドの下に置かれていた靴を履き、立ち上がる。一瞬、めまいを感じ、ベッドに尻もちをついた。
「大丈夫?」
心配そうな問いに、うなずきはしたが怠かった。このままベッドに戻れたら、どれだけいいか。
深く息を吐き出し、ゆっくりと立ち上がった。
るーさんがカーテンを開けると、思いの他、広い空間が広がっていた。一角にはテーブルが置かれ、ベッドが二十台ほど並ぶ。いくつかはカーテンが引かれ、誰かが休んでいるようだった。
廊下に出ると観葉植物の植木鉢と、壁に飾られた絵画が目につく。床は寄木張りで、木材らしい柔らかくくぐもった足音を響かせた。
「なんか……西海の警察署って豪華なんだね」
るーさんは丸メガネの奥の目を丸くして見上げてくると、すぐに噴き出して笑った。
「違うちゃ。ここ府庁舎」
「えっ、あ、そうなの? てっきり、警察署に連行されたのかと」
勘違いに顔が火照る。
「大活躍やったらしいなあ。私も見たかったちゃ」
るーさんは笑顔のまま言ったが、オンカン社の人間から投げつけられた言葉が蘇り、暗い気持ちも戻ってきた。
「見るほどのことなんて、してないよ」
「したけん倒れたんやろう? イサくんがおっちくれち助かったちゃ。危うう被害が出るところやった。ごめん、ありがとうね」
「るーさんが謝るようなことじゃ……」
言いかけて、湊が口にしていたことを思い出した。
「湊が、なにか知ってるみたいだったけど西海政府も絡んでる、ってこと?」
「聞いちょらんかった?」
「タイミングがなくて聞きそびれた」
るーさんはエレベーターの前で立ち止まった。ボタンを押し、無言のまま待つ。
窓の外から聞こえてくる蒸気機関と排気のくぐもった音に、エレベーターの機構が動く微かな軋みが重なる。
このまま話してもらえないんだろうか? そう思ったが、到着したエレベーターに乗り込むと口を開いてくれた。
「いま西海では港湾の再開発事業が進んじょって、港湾じ採用する荷役絡繰ん選定会が今日……昨日、開かれたんよ」
眉根を寄せて聞き返す。
「あんな時間に?」
「予定では午後早くやったんちゃ。けんど昼過ぎまで雨がひどうて、やっと夕方に止んじから準備しちょったら、あげな時間にね」
「延期はしなかったんだ?」
「予定が立て込んじょって」
るーさんは、そう言って苦笑いを浮かべた。
「どんな選考会してたの? 川を戦いながら遡上してくるなんて」
「うーん……。それが分からんのや」
初めて、るーさんの顔が曇った。
「分からない、って?」
「大公と戎華じ摸擬戦することになったんやけんど、途中から突然、大公ん動きが……妙な感じになって」
摸擬戦。単なる荷役用絡繰を採用したいわけじゃないのか。
港湾のような重要拠点は、海賊や盗賊からの守りを固める必要がある。年々凶悪さ、過激さを増す犯罪に対応するため、横濱港に拠点を置く御守港湾管理会社――通称オンカン社は、二十年前、一機の絡繰を開発した。
人型機乗絡繰、YUGUFD。通称、大公。
戎華も大公に後れること五年。同じような経緯で開発されたと聞く。
対凶賊用戦闘兵器。それが大公や戎華のもう一つの顔だった。
「確かに不自然な動きはしてた。戦いで自動制御、壊れたんじゃない?」
「そう見えた? ウチん技師の見立てん、そげな感じみてえ」
「……オンカン社の見立ては違うんだ?」
あの猛烈な抗議は、大公の整備に絶対の自信を持っていなければあり得ないだろう。大公の不具合ではない。外部に要因があった。そう信じていた。
「違うち言い張っちょんね。詳しいこたあ、これから聞くことになるち思う」
てことは、向かう先にオンカン社の人間もいるのか。当然と言えば当然だが、また、あの憎悪に満ちた目と対峙すると思うとタメ息がこぼれた。
エレベーターが静かに停止した。降りたのは三階分。廊下に出ると観葉植物や絵画の代わりに、ベタベタとポスター類が張られていた。いかにも役所な雰囲気。
「いまから会うのって、オンカン社の人と警察?」
ルーさんの頭越しにポスターを眺めながら聞く。啓発やら観光やら、イベントやら。どこの地域も変わらないな、と思わされる。
「と、ウチんお偉えさん」
ポスターに意識がいっていたせいで、るーさんの言葉を聞き間違えたかと思った。まじまじと、るーさんを見て聞き返した。
「西海府の? お偉いさん?」
「そげえ心配せんでも、しょわねえちゃ。ちゃんと味方もいるけん」
「味方?」
るーさんは意味ありげに笑って、ひとつの扉の前で立ち止まった。第七会議室の案内板。
いくら大丈夫と言われても、地方政府のお偉いさんに尋問されるなんて、心配しか湧かなかった。
るーさんはノックをし、扉を開けた。




