6.声の中の意味
「なんば言いよっとか、きさん!」
ざわつく声を切り裂いて、怒鳴り声が響いた。ハッとして振り返ると、屋台街で声をかけた男性が規制線の際で身を乗り出していた。張られたロープをくぐりそうな勢いで、警備していた普通警官に止められている。
男性は眉を吊り上げ、声を張り上げた。
「そん兄ちゃんが、なんもせんやったら、どげんなっとったか! あげん馬鹿デカか機関爆発させてくさ、博多ん街ば壊したかったとか!? 兄ちゃんは博多ば守った英雄たい!」
「俺もバーッち絡繰に走っとうとば見たぞ!」
「兄ちゃんの行く前から、みんな爆発せんか、ち言うとったな」
「警笛、ばり鳴りよったよね」
口々に飛び出してくる言葉。思いもしなかった反応に、戸惑いが先に立った。
「さすが西海の男ったい!」
一際大きく女性の声が響いた。湊の声に聞こえたのは気のせいか?
その一言で拍手と歓声が起こった。
全身に血が駆け巡り、ひどく狼狽えた。こんな観衆の面前で力を褒められたのは初めてだった。
「あー、分かった、分かった。これから、こん人ん話も、あんたらん話もちゃんと聞くけんな。落ち着きんしゃい」
五十代の鎮撫使が進み出て、観衆に向かって指揮でもするように手を軽く振った。それに合わせて、拍手がリズムを打ちピタッと止まる。
そして起こる笑い。
――え。なに、いまの……?
恥ずかしさも嬉しさも、一瞬にして困惑にすり替わった。
鎮撫使は踵を返すと、他の鎮撫使たちに俺たちをバスに乗せるよう促した。オンカン社の二人が連れて行かれ、俺も案内される。ゆっくりバスへと向かいながら振り返ると、声を上げてくれた男性と目が合った。
頭を下げる。男性は笑顔を見せ、大きくうなずき返した。
本当に見守っててくれたんだな。
驚きはしたが、意外とは思わなかった。西海人は、そんなものだと理解していた。
たった数メートル。バスの乗車口まで歩いただけで、疲れが戻ってきた。乗り口の手すりに手を掛ける。つるりとした木の感触が温かく染みた。
「魔法使い」
ぼそりとした声が耳に届き、ギクリとする。入り口脇に立ったスーツ姿の男性を、強張った顔で見やる。男性は観衆へ視線を向けたまま、言った。
「西海じゃ、なんの意味も持たない言葉だから気にするな」
ピリッとした刺激を肌に感じる。全身を濡らしていた水分が気化し、髪も肌も服も乾燥した。ふわりと戻った空気の中に湿度を感じる。
「おお、よかったな。これでバスん座席も濡れんし、風邪もひかんばい」
俺を支えてきた鎮撫使が、笑いを含んだ声で言った。
本当に? 信じ難い思いで鎮撫使を振り返った。鎮撫使は屈託のない表情で俺の背を押し、バスに乗るよう促してくる。スーツの男性にも軽く会釈しただけで、咎めるような態度を見せることは微塵もなかった。
睨みつけてくるオンカン社の人間とは離れた場所に座らされ、安心する。
柔らかな座席に身を沈めると、深々としたタメ息がこぼれた。窓にはカーテンがかけられ、外の様子をうかがうことは出来ない。出入り口を見やり、スーツの男性に言われた言葉を噛みしめる。
魔法使い。
この言葉が侮蔑的な意味を持つようになって、どれぐらい経つのだろう。物心ついた頃には、それが当たり前の言葉としてあった。
物語の中では万能の力を誇り、主人公を補佐し、時に自身が主人公となり世界を救う存在として描かれているのに、現実の"魔法使い"は恐れられ、忌み嫌われ、否定される。
西海では、なんの意味も持たない言葉。本当……だろうか?
確かに男性が自己発揮で俺を乾燥させても、鎮撫使は注意するどころか、笑って認めた。あの人がお偉いさんなら言えなかっただけの可能性もあるけれど……。
彼の言葉は苑廷のイントネーションだった。中央嫌いを公然と言って憚らない西海人が、苑廷の人間におべっかを使うのは想像できなかった。
深く、息を吐き出す。瞼が重たくなってきた。
『兄ちゃんは博多ば守った英雄たい!』
『西海じゃ、なんの意味も持たない言葉だから気にするな』
二つの言葉が交互に響く。
『イサさんは良かねー。うちも適性者に生まれたかったばい。そしたら、いつでんキンキンに冷えたビールの飲めるけんね!』
いつか湊に言われたことを思い出した。あれは知り合って、どれぐらい経った頃だったかな。
ゆっくりと息を吐き出す。意識の糸が、ふつりと切れた。




