3.川べりの交響
二人の安全が図られたことに一先ずホッとする。
ここにいる人たちは、どうすればいいか。
判断が付く前に、どよめきが起こった。ハッとして二機に目を向ける。
戎華が大公の腰にしがみついていた。膝をついた体勢で大公の腰に二本の腕を回し、残りの二本で大公と組み合っている。大公は、なんとか踏ん張っているが気を許せば押し倒されかねない。
大公の背に立つ、大剣のような二本の排気筒からは濛々と煙が立ち昇り、相当に出力が上がっているのが見て取れた。あのまま背後に倒れ、川の水と接触すれば、どうなるか……。
最悪の想像に背筋が怖気だった。
焦りから叫びたくなる気持ちを堪え、湊がいた場所へ入り込んでいた男性に声をかけた。
「あれ……爆発しないですよね?」
男性はチラリと俺を見たが、すぐに二機へ視線を戻して気楽に言った。
「爆発? せんやろ。今時ん絡繰は、しっかり対策されとうけんな」
「でも、大公……武者みたいな絡繰、不具合起こしてますよ」
「なんな、不具合ち?」
別の男性が話に割って入ってきた。俺は心配そうな表情を作り、深刻な声で言う。
「さっき見ませんでした? 変な動きしてたの」
「勝手に倒れたときか?」
また違う人が言ってくる。周囲の人も口々に話し出した。
「ですです。操縦士の意図した動きじゃなかったですよ、あれは」
「あんた、あれん正体ば知っとうとか?」
「苑廷の港湾で使われてる、荷役絡繰のユグフドです。四本腕の方は京畿の港湾で採用されている、戎華」
「おお! 知っとうぞ。あれがユグフドと戎華か!」
「あんた、苑廷ん人ね?」
「はい。だからユグフドのことは、よく見知ってるんです。あれは確実に異常起こしてますよ。戎華との戦いの中で壊れたのかも」
「ばってん、爆発まではせんやろ。ユグフド言うたら、荷役絡繰ん最高峰ち聞きようぞ」
「戎華より上なんか?」
俺が答えるより先に鼓膜を裂く警笛が鳴り響いた。全員の注意が二機に戻る。
大公と戎華の発する排煙が風に流され、二機の姿を薄っすらと霞の中に隠していた。たなびいてきた排気の燻香に、ピリピリとした魔力が混じっている。
どちらかの機関が耐性限界を超えていて、かろうじて魔導術で抑えているんだ。
一刻の猶予もない。
拳を強く握り、心臓の震えを抑えると、深く息を吸った。一瞬、ためらいを覚えたが、頭の中に祖父の声が響いた。
――泣こよか、ひっ飛べ!
口腔に魔力を貯め、思い切り叫んだ。
「この場から離れろ! 爆発するぞ!」
空気を震わせ、言葉を拡声させる。周囲の人々が耳を抑えたり、ギョッとしたように俺を振り向いた。
人目に身がすくむ。けど、どうしても動かさないと……。
拳を握り、もう一度、強張った口に魔力を集める。
しかし、警笛と共に煙の奥からもつれ合うように二機が姿を現し接近してくると、一斉に人垣が動いた。悲鳴と怒声が辺りを満たし、川べりと屋台の狭い通路に犇めき合う。
このままだとうまく流れて行かない。どこかに道はないかと探した。
答えを見つける前に、人垣の奥から複数の声が聞こえてきた。
「こっち来い!」
「ここ通りんしゃい!」
「良かけん、早行け!」
背伸びをして人々の頭越しに見ると、店主たちが屋台の間を解放し、川沿いの遊歩道と並行して走る道路へと人々を抜けさせていた。道の方で誘導する声も聞こえてくる。泣き声や怒鳴り声がありながらも流れ始めると、多くの人々は落ち着きを取り戻し着実に移動していく。
感心と安堵に息をつき、二機に目を戻した。
二機は組み合ったまま、動きを止めていた。けれど、川の中ほどにいた先ほどに比べると、目前に迫っている。二機から放出される熱が風に乗り、届いてさえいた。
熱気で肌にチリチリとした疼きがあるのか、熱に混ざった火性の魔力に反応しているのか。判然としない感覚があった。
「あんたは行かんとか?」
声をかけられて顔を向けると、最初に俺が話しかけた男性だった。男性は柵を握り締め、迷いの滲む目で奥の道路と二機を交互に見やる。
言い出した俺が行かないのを、不審に思っているんだろうか。
二機に視線を向けて、答えた。
「……技師、なんです。関わりはないけど、安全が確認されるまでは離れられません」
「そうか。感心な心がけたい」
男性は言うと、俺の背中をバンと叩いた。痛い。
呆気にとられて男性を見ると、強張った顔でニヤッとした笑みを浮かべていた。
「よし! 俺も、あんたば見守ってやる!」
「は? いや、あなたは避難してください」
「なんば言うとか! あんたんごと余所ん人が博多んために残るち言うとうとに、博多ん人間が逃げてどげんするとか!」
――そんなプライドは、どうでもいいから、さっさと避難してください。
喉元まで出かかった言葉を飲み込む。
祖父母を筆頭に、湊も事務局の人たちも。西海人ってのは、みんな、こうなのか……?
嬉しいような、迷惑なような。なんとも言い難い気分で笑顔を作る。
「ありがとうございます。でしたら……避難誘導を手伝っていただけませんか? あっ、ほら」
屋台の片隅で戸惑う、異国人グループを見つけ指差した。国までは分からないが浅黒い肌に、アジア系の顔立ち。東南アジア辺りの人だろうか。
「俺は二機を見張っているので、彼らを安全なところまでお願いします」
「任せとけ!」
男性は、もう一度、俺の背中を叩くと困惑している彼らの元へ走った。良い人っていうのは親切で助かる。
屋台街からは、だいぶ人が減っていた。それでも川べりに四、五十人はいるだろうか。様子からして避難できないのではなく、好奇心が抑えられず観戦しているだけ。なんの権限もない俺がなにを言っても、彼らは動こうとはしないだろう。
早いところ警察に来てほしかった。こんなときぐらいしか役に立たないだろうに。
二機に動きは見られない。がっちりと組み合ったまま微動だにせず、ただ濛々と煙と蒸気を噴き出している。どちらのものとも知れない警笛が鳴り続けていた。
不意に全身へ強い痺れが走った。
戎華の背中で小さな爆発が起こる。建物の合間に人々の悲鳴が響いた。残っていた十数人が踵を返し、川べりから離れた。
戎華の機関燃料は確か、ガスと石炭の併用だったはず。あの型の機関は単一燃料のものより構造が複雑になる分、耐久性は弱くなる傾向がある。
大公より先に戎華が危ない。
「なんだって、こんなバカな争いしてるんだよ」
苛ついて呟く。
口腔に魔力を集めると、二機の絡繰に向かって叫んだ。
「機関を停止しろ! 爆発するぞ!」
そんなことで停止するなら、もっと早く動いていただろう。期待はしていなかったが、言わずにはいられなかった。
もう一度、叫ぼうと息を吸ったところで、二機の足元に人影が現れた。機体の陰に隠れて分かりにくかったが、上から降りてきたように見えた。
――操縦士か?
絡繰の太い足の間を抜けて、水面を駆けていく。銀花灯の照らす光の中に入ると、人影は二人だと分かった。両方の機体から脱出した?
しかし、二機は相変わらず組み合ったままだ。ギリギリと金属の軋む音も続いている。操縦士がいないまま、こんなにも危ういバランスを保てるとは思えない。
どちらか一方に……おそらく大公の操縦席に残っている。
「なにしてんだよっ」
再び戎華の背で小さな爆発が起こった。そのはずみで機構も損傷したか、大公の腕を押さえていた戎華の腕の一本の勢いが絶えた。
すかさず大公は掴んでいた腕を振り払い、残りの一本も捻り折った。
両腕が自由になると腰に回された腕を振りほどきにかかる。しかし、がっちりと回された腕は、なかなか解けない。
気づけば排煙の色が、ずいぶんと濃くなっていた。光が届き切らず、闇でも吐き出しているかのようだ。響き続ける警笛に混じり、金属の鳴る異常な音も聞こえてくる。関節から蒸気が溢れ出し、まるで大公が荒い呼吸をしているように思えた。
大公も限界を迎えようとしている。
――このままだと操縦士もろとも爆発する!
衝動に突き動かされて、全身に魔力を巡らせると柵を乗り越えた。




