16.解明の糸口
※人物表
町田 義生/主人公
廷都出身の魔導技師。偶然、立ち寄った博多で絡繰2機の暴走事件に巻き込まれる。
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御守港湾管理会社(通称:オンカン社)/ユグフド(大公)の開発元
代表:戸村 整備責任者:谷田部
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近畿技術(通称:畿技)/戎華の開発元 代表:羽室
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ケイフ自動車 代表:水野
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奥羽技研公社(通称:羽技) 代表:対馬
「ただ、これは整備士の言葉だけで証明されるものでもありません」
慎重に言葉を選んで言う。気色ばんだ谷田部さんが口を開く前に、手で制し続けた。
「詳細な調査でしか明らかに出来ないことです。けど、その前に少し可能性を探ってみませんか?」
「可能性?」
怪訝そうに、それでいて警戒も抜け切らない声音で谷田部さんは聞き返してきた。
「私が見た限り、ユグフドは物理損傷をさほど受けていないようでした。操縦士は武芸の心得があるだけでなく、かなりの手練れです」
西海政府の人たちを見やると数人がうなずいた。警官も含まれていたことに内心驚いた。
四社の人たちに顔を戻して続ける。
「操縦士の動きに連動する、ユグフドの操縦方法と相性がよかったんでしょう。操縦士の武芸の腕前が、そのままユグフドの動きに反映された。それ故、戎華の物理的攻撃は、大きな被害を与えるには至らなかった」
羽室さんが、なにか言いたそうに口を開きかけた。しかし、言葉は出てこなかった。
全員を見回し、言った。
「となると、物理的な衝撃が不具合のきっかけではなく、術式の破断が、そのまま不具合の原因であると考えられます」
「あんな風に術式が破断したのを見たのは初めてだ」
谷田部さんが漏らす。純粋に驚きと疑問を感じての言葉に聞こえた。
気持ちは、よく分かった。機関まで魔力を通したときに感じた散乱ぶりは、俺も初めてだった。
魔導術は二種類ある。
ひとつは、魔導師本人が直接的に力を使う自己発揮。
もうひとつは、術字と呼ばれる漢字、術紋と呼ばれる紋様を組み合わせて書式呪文を成し、特性を機能的に扱う術式だ。
絡繰に用いられるのは術式。蒸気機関の安全、効率を高め、物理機構では難しい動きを実現させる大切なシステム。
絡繰に張り巡らされた術は、魔力を通す特殊インクか、同じく魔力を通す伝導ロープを用い、魔力は蓄蔵具から供給される。
魔力の流れは整えられ、流れが乱れる、ましてや散乱するなどあり得ないことだった。
「魔導術に不具合が生じた場合、通常は術式に不備のある可能性が一番高いです。誤字脱字、組成の誤り」
「術式は確認のみで、変更してはいない」
間髪を入れず、谷田部さんが言った。
だろうな。
完成された絡繰、とユグフドは言われる。開発から二十年間、ユグフドは軽微な改良以外、大幅な変更はなされていないと聞く。他府に売り出す段になって、必要もないのに術式を変更する意味もない。
今回のために新規に製造したわけでもないだろう機体で、これまで不具合が発生していないのなら記述間違いもあり得ない。
「二番目に多い原因は物理破損。インクの劣化や術式を記述した面の破損による部分消失」
「インクの劣化はない。横浜を出る前の整備で記述し直してきた。記述面の破損も、もちろんなかった」
谷田部さんは言ったが、最後には迷いが見えた。
「事前の整備では発見されなかったけれど、騒動のあとでは見つかったんですか?」
みんなの視線が谷田部さんに向く。
谷田部さんは俺を睨み付けると、強い口調で言った。
「君が破壊した搭乗口と機関以外の部分に、破損は見られなかった」
ぷっ、と羽室さんが噴き出した。
「やっぱり、町田はんが原因ちゃうん?」
「搭乗口周辺にも機関にも、自動制御に関する術式は施さないでしょう」
羽室さんの軽口は意に介さず、もう一度、谷田部さんに尋ねた。
「騒動後、術式の状態は、どうなっていたんですか?」
谷田部さんは戸村さんと視線を交わした。しかし、戸村さんも答えは持っていない様子。もう谷田部さんの判断に委ねているように見えた。
全員が谷田部さんの言葉を待つ。
やがて諦めたように肩を落とすと、谷田部さんは口を開いた。
「術式を記したインクの一部が弾けていた」
「弾けていた?」
数人がオウム返しに言った。
大公の内部で感じた状況、そして谷田部さんの告白に俺は、ひとつの事例を思い出した。
室内がざわつく。この中に魔導師は、どれぐらいいるんだろう。術式を記述したインクの弾けることが異常事態だと理解している。
「そった話、聞いだごどもね」
「なにかのまちぎゃーでは?」
「魔力出力ぅ誤ったなら、あるいは」
「じゃっどん、こいまで問題がなかったとなら」
みんなが口々に言う。特に技師にとっては衝撃的な事実だったようだ。企業の枠を超えて、議論を始める。西海府の方も説明を求めているのか、月野さんの周りに集まっていた。
「使用しているインクは、どちらのものですか?」
谷田部さんに尋ねると、吹っ切れたように迷いなく答えてくれた。
「トウド塗料のMD‐A700をベースに、自社配合したインクを使用している」
MDのAシリーズかよ。さすがオンカン社、バカ高い塗料を使っている。
特殊インクと一まとめにして呼んでいるが実際の種類は様々だ。万年筆に使うインクから塗料、染料、粉体塗料まで。最初に普及し、いまでも一番流通量が多いのが万年筆用の特殊インクなため、慣例的な総称としてインクを使用している。
「Aシリーズは東国では、あまり出回っていない樹脂が配合されていましたよね。耐久性、耐熱性、魔力の保持力、伝導性に優れてはいますが、粘度が高く、遅乾性で液垂れによるダマが出来やすい。そういったダマに樹脂の特性が作用して、魔力が滞留しやすく、伝導性の低下に繋がる可能性があります」
「言われるまでもない。見つけた場合は適切に処置を施していたし、見逃しがあったとしても、いままで術式が破断するようなことは一度としてなかった。それに多くのダマが出来たような記述であっても、こんな事例を私は見たことも聞いたこともない」
谷田部さんの力強い発言に他の技師たちも頷いた。
それは、そうだろう。
インクの役割とは、例えるなら水路。魔力を水のように流し、力を行き渡らせる。そこに窪みがあれば、水は引っ掛かり渦を巻く。自然の川であれば滝つぼや甌穴だ。
流れに戻る力もあれば、留まり続ける力もある。水路や川であれば窪みが深く削られていくが、インクの場合は魔力を保持しているだけ。保持力を上回る魔力が滞留すれば、自然流出という形で解消される。
通常であれば。




