17.記憶
※人物表
町田 義生/主人公
廷都出身の魔導技師。偶然、立ち寄った博多で絡繰2機の暴走事件に巻き込まれる。
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御守港湾管理会社(通称:オンカン社)/ユグフド(大公)の開発元
代表:戸村 整備責任者:谷田部
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近畿技術(通称:畿技)/戎華の開発元 代表:羽室
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ケイフ自動車 代表:水野
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奥羽技研公社(通称:羽技) 代表:対馬
昨今は魔力の供給不足で魔力コスト削減を厳しく求められる。オンカン社ほどの資金力があっても、それは変わらないだろう。魔力の流量は厳密に計算され、それに合わせて術式の組成、インクの配合をする。
保持力を大きく上回るほどの魔力出力を出せるようになっているとは思えない。
さすがに機関の爆発を防ぐためにはコスト度外視だったようだが、企業としての責任を分かっている証だ。だからこそ、谷田部さんの言葉を信じられる。
「いつも通り言うても、その油断が事故を引き起こすもんですよ。いつも通りやさかい、これで大丈夫やろ。なんも変えてへんから問題ないやろ。そうは言うても、なにかがちゃうかったから事故が起きた。いつも通り言う自信と慢心がきっかけやったんちゃいますか?」
羽室さんがなじるように言った。戸村さんは顔をしかめたが、谷田部さんは表情を暗くし視線を床に落とした。
「問題は、なぜ、そんなことが引き起こされたかです」
「そやから」
羽室さんを遮り、続ける。
「いつものインク、いつもの手順、いつもの整備、いつもの確認、いつもの作業。本当に、いつも通りであれば問題が発生する確率は低い。今回、違ったのは、普段はそうそうすることがない摸擬戦です」
「操縦士がちゃうかったんもやろ」
鋭い口調で羽室さんが言う。
「そうですね」
「普段とはちゃう摸擬戦に、普段とはちゃう操縦士が乗り込んだ。普段とはちゃう動きが、普段とはちゃう魔力の流れを生んだ。それが術式にも影響を与えた。これで決まりやな」
羽室さんはパンと手を叩くと、終わったとばかりに立ち上がった。そして、さっさと席を離れようとする。
「まだです」
強く言って、それを引き留めた。
「普段と違う動きとは言え、ユグフドの可動域内の動作です。それに対応できないはずがない。それで術式が破断するなら、他の絡繰でも多発して事故例として知られているはずです。けれど、ほとんど知る人間はいない。滅多に起こることではないからです」
「けど、実際に起こった。それが証拠やろ」
振り向いて言った羽室さんの顔は、いまにも噛みつきそうな猫に見えた。
――さあ、山場だ。誰か食いついてくれよ。
トートの下で軽く拳を握り、緊張を堪えて口にした。
「俺は同様の事例に、一度だけ遭遇したことがあります」
しんと空気が引き締まった気がした。
「うそやろ?」
羽室さんの顔は笑い飛ばそうとして失敗したような、引きつった笑みを浮かべていた。
「本当です。弾けていたと言えるほどの損傷ではありませんが、術式の一部が剥落して不具合を起こしていました」
「インクが劣化してただけちゃうん?」
「ではないです。真新しいインクで記述した数日後に発生しましたから、もちろん記述面にも、なんの破損もありませんでした」
「なして、そったごどが?」
「説明しやあ。どういう条件下で起こったことなんだ?」
対馬さん、水野さんが同時に言った。
「発生したのは染色加工工場です」
「染色加工?」
戸村さんが小さく呟いた。
「繊維の染めを専門とした工場です。そこは伝導ロープに使う天然繊維や、魔布用の糸の染めも請け負っていたので、特殊インクを用いた染色も行っていました。
問題が発生したのは、まさにその特殊インクでの染色過程においてでした。術式を書いたインクの剥落。記述が悪いのかと三度し直してもらいましたが、どうしても繰り返される」
あれは前の所長が引退して間もない頃の案件だった。営業から技術課に移って日も浅かったのに、頼りにしていた先輩も早々に事務所を辞めた。前例となる記録すらなく……。
「事務所の契約工房と、ひと月かけて調査して、ようやく原因を突き止めました」
思い起こされる感情は胸の内に沈めて、事例の詳細だけを思い出す。
息を一つ付き、言った。
「原因は魔力の逆流でした」
かすかなざわめきが起こる。技師は、みんな戸惑っている様子だった。
魔導術は発動すれば魔力を消費する一方通行の流れ。正しく組成された術式を用いている限り、逆流など起こりようがない。それは自然の摂理であり、魔導術の根幹をなす考えと言ってもいい。
魔導術を理解している人ほど、困惑するのは当然だった。
「なにが、どうなれば逆流なんて起こるんだね?」
谷田部さんも戸惑い顔で聞いてきた。
「ポイントはインクの伝導性と保持力の高さです。Aシリーズのような高い伝導性と魔力保持力を持ったインクは、あまりに流量が少ないと吸水紙のように魔力を吸い寄せる効果があります」
「呼び水効果だろう? それは理解している」
「件の染色工場で使用したインクは、工場から使用してほしいと持ち込まれたものでした。工場は西国の取引先から勧められ、購入していました。Aシリーズと同様の樹脂を配合したものです」
「樹脂の問題なのか?」
水野さんが真剣な眼差しで聞いてくる。ケイフは自動車メーカーだから、塗料に関しては人一倍気になるのだろう。
「いえ、原因が判明したあと、様々なインクで試験しましたが、その樹脂が配合されていなくても同様の結果となったものがありました」
「ほんとかや」
愕然とした水野さんに、慌てて付け加える。
「けど、一方ではないんです」
「一方?」
「染色のための染料インク。こちらの影響が大きいんです。魔力ごと繊維に浸透させるため、染料には侵出の術式が添加がされていました。そして工場からは記述用インクの変更と同時に、魔力コストを下げた術式組成も依頼されていました」
「侵出……。つまりインクへの流量が足りない組成となったところに、呼び水効果と侵出の術式が合わさって、染料の魔力がインクに逆流した?」
さすがオンカン社の整備責任者。呑み込みが早い。
「そう結論付けました」
「しかし、滅多ににゃーとは言え、侵出の術が使われとる現場は、どえりゃーあるだろう。まったく知られとらんというのもおかしなことではにゃーか?」
「そのような現場では、それなりに知られていると思います。ただ侵出の術を使うのは、ほとんどが素材産業ですよね。製造より、もう一段前。自然魔力の濃い郊外に立地していることがほとんどなので、あまり都市部へは情報が入ってこないのではないかと思います。そのあと、別の現場で類似例のあることを教えられましたから」
水野さんは納得したように頷いた。
「それで対策は……」
「いまは、それよりユグフドのことを優先してもらえませんか」
水野さんを制して、谷田部さんが言った。
「破断の可能性は分かったが、もう一方の魔力は、どこから来たと言うんだね? 記述用インクだけでは起こらない事象なんだろう?」
谷田部さんの問いかけに、羽室さんへと目を向ける。立ち尽くしたまま腕を組んでいた羽室さんは、挑むような眼差しを返してきた。




