13.疑い問う
「すみません。遅くなってしまいましたが、お詫びします」
頭を下げると、羽室さんは驚いた顔をした。
「え、なんか謝るようなことしたん?」
「緊急とは言え戎華の操縦室に無断で入り、緊急停止ボタンを操作しました。勝手なことをして申し訳ありませんでした」
「ああ。ええねん、ええねん。あんたは技師として立派なことをした思うで。人前で力まで使うて、ようやったわ」
最後の言葉に身が強張った。
西海は違うかも知れない。けど、京畿は苑廷と同じなんだろうか。魔導術を利用しながら、その力を操る魔導師を忌み嫌う。そんな矛盾が京畿の社会にもあるんだろうか……。
――いまは気にするところじゃない。
落ちていきそうな気持を引き上げ、笑顔を取り繕って言った。
「お許しくださり、ありがとうございます。東のユグフド、西の戎華。お噂は、かねがね耳にしていました。もっと別の機会に戎華を拝見出来たらよかったのですが」
「廷都はオンカン社はんのお膝元やさかいなぁ。なかなか入り込む隙がないねん」
羽室さんは苦笑いを浮かべ、冗談めかして言ったが本心のように聞こえた。
「石炭とガスの併用は素晴らしいですよね。構造は複雑になりますが、燃料の入手も地域によって濃淡がありますから、併用することで使用できる場所が広げられる。燃料価格によって、どちらを優位にするかも選べますし、コスト的にもユグフドより優れていると感じていました」
「あんた、よう分かってるな。燃料コストのことまで気にする技師は、そうおらんで」
「そうですか? コスト感覚は魔導技師が一番、強いと思いますよ」
「ああ、そやな。技師の天敵は魔力コストやさかいな」
羽室さんは合点がいったように笑った。
「……魔導技師として、いろんな絡繰に携わってきました。二十年、三十年は新しい方で、古いものだと八十年前というのもありました」
「そらもう骨董品やな」
「はい。古い絡繰は面白いですよね。いまでは見られなくなった技術と出会えます。特に機関や機構、魔導術、それぞれの転換期にあたる絡繰は、興味深いものが多いです」
口をつぐみ、羽室さんの様子を伺う。笑顔を浮かべてうなずいてはいるが、気持ちは入っていない。組んだ足の上で手にしたペンをいじっている。
――さて、ここからだ。
腹に力を込め、口にした。
「石炭からガス燃料に切り替わり始めた頃は、戎華のような石炭とガスの併用機関も存在していたことは、ご存じですか? 俺は、それを目にする機会もありました」
「へぇ。そうなん?」
羽室さんの顔は笑顔のままだ。けれど、目つきに険が混ざった。
「そういった機関は、脆いんですよね。構造が複雑な分、どうしても強度が足りない」
「戎華もそうや、て言いたいんか?」
肩の筋肉が張り、声にも鋭さが出てきた。
「仕様を見る限り、馬力はユグフドの方が上ですね。そのせいか、戎華の方が先に機関の破損が始まりました」
「暴走したユグフドを止めるんに無理したんやろ」
「どうして止めようとしたんですか?」
羽室さんは怪訝そうに眉をひそめた。
「あんたは見てへんから知らんやろけどな。ユグフドは港湾設備を壊しまくったんやで? それが街へ出てみぃ。被害が出たら大変やろ。どこの街でも守る。それが戎華の使命や」
「なら、どうして戎華の操縦士たちは機関を停止させないまま、戎華から離れたんですか? ユグフドの操縦士は最後まで残って、機関が水を被ることで爆発を引き起こさないよう機体の姿勢を維持していました」
一瞬、羽室さんの顔が歪んだ。怒鳴り返されるかと思ったが、すぐに薄く笑い、落ち着いた声で返してきた。
「ほんまに、そうか? 単に逃げ出せんだけやったんとちゃうか? あんた、ユグフドの操縦士と話はしてへん、言うたな。苑廷の身内意識で、そない思ただけちゃうか?」
「そうかも知れませんね。でも、戎華の機関は操縦士の手によって停止はされなかった。それは事実です。なぜですか?」
「あんな、あんたは知らんやろけど、戎華には自動停止装置がついてんねん。危険水準まで達すれば、機関を自動停止する。せやから操縦士が離れても安全は保たれるんや」
「緊急時の機関停止は、真っ先にすべきことですよ」
「操縦士かて人間や。自分の身ぃが可愛かったんやろ」
「自分の身、可愛さに街とユグフドの操縦士を見捨てたんですか? わざわざユグフドの暴走から街を守るために追っていながら?」
羽室さんの手にしていたペンが、みしりと微かに音を立てた。
皮肉な笑みを見せて羽室さんは言う。
「町田はん。あんたは正義感が強うて、技術も知識も行動力もあって分からんのやろ。人間の弱さ言うんを。人は追い詰められればワケの分からん行動をするもんや。どないな技術を持ってても、それは変わらん。人の器に関わることやさかいな」
「近畿技術さんは、そんな程度の人間を雇っているんですね」
「耳が痛いな。そや、町田はん、うちに来ぃへんか? あんたなら大歓迎や」
動揺が広がり、言葉が消える。
こんなところで、こんな会話をしながら、長く焦がれていた言葉を言われるとは思わなかった。仕事を首になってからの半年、どれほど聞きたい言葉だったか。
羽室さんの顔に挑戦的な笑みが広がった。俺の方へ、ぐっと身を乗り出して囁く。
「これが終わったら条件、話し合おうか? 俺は、ほんまに、あんたのこと欲しい思ってんねんで」
「……ありがとう、ございます」
いつになったら、こんな瞬間が訪れるんだろう。
「なんか望みがあれば考えときなはれ。出来る限り叶えたるさかいな」
羽室さんはペンを胸ポケットになおすと、空いた手でポンポンと俺の膝を打った。
ゾッとする。腹の底に沈んでいた澱が掻き乱され、感情が濁る。忘れがたい記憶が呼び起こされ、叫び出したくなるような怒りが湧いた。
こんな人間と二度と関わり合いたくない。
誰にも関わらせたらいけない。また、失敗したくはない。
小さく息を吸い、吐き出すと笑みを浮かべた。
そして、言った。




