↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
8/45

『潜入捜査!?――泣き虫バニー、猟犬の鼻っ面にエールを突きつける!』

「――ええ〜? アーちゃん、本当にこんな小さなピン留めみたいなもので、パブの会話が全部筒抜けになるんですかぁ……?」


 ロンドンはランベス区、テムズ川を望む煉瓦造りのアジトの一室。

 ミス・マーチ――マーチ・ヘアは、頭の大きなウサギ耳をへにょん、と内側に折り曲げながら、鏡に映る自分の姿を不安そうに見つめていた。


 彼女のウサ耳の根元には、ピーターが今しがた器用に仕込んだ、細かな真鍮(しんちゅう)の歯車と極小の集音マイクが組み込まれた、可愛らしいリボン型のブローチがパチンと留められている。


「うるさいよミス・マーチ。君がそうやってお耳をピコピコ動かすたびに、僕のレシーバーに『ザザッ、ザザッ』と不快な砂嵐の音が響くんだ。大人しくしていなさいな」


 部屋の奥で、全身黒ずくめのゴスロリ少女――アリス・リデルが、耳に大きなヘッドホンを当て、手元の大型電信受信機のツマミをカチカチと回しながらジト目を向けた。


「酷いですぅ! アタシはこれから、男の人がいっぱいの恐ろしいパブに命がけで突撃するんですよぉ!? 少しは優しくしてくれたっていいじゃないですかぁ!」


「病院の青いの(王女)と白先生からの伝言だろう? ヤードが隠蔽しようとしている『ナツメドノの木札』の情報を掴むには、警官たちが毎晩集まる川向こうのシティのパブを探るのが一番効率がいい。……ほらピーター、感度はどうだい?」


 リデルが声をかけると、横にいたモフモフのウサギの着ぐるみ――ピーターが、大きな頭をコクコクと揺らした。そして、メモ帳にサラサラと驚くべき手際でペンを走らせる。


『テムズ川を越えたシティまでの距離――約2マイル(約3・2キロ)なら電波の同調は完璧。マーチの周囲3ヤード(約2・ 7メートル)以内の囁き声なら、壁越しでもこのアジトの受信機へリアルタイムで生中継(クリア)に届く。ただし、マーチ自身の悲鳴が大きすぎるとスピーカーが割れるので注意』


「……だそうだよ、ミス・マーチ。パブで酔っ払いに絡まれても、絶対に大声で叫ばないようにね」


「そんなの絶対無理ですぅぅ! あああ、アタシの可愛いウサ耳が、アーちゃんの盗聴用のアンテナ代わりにされちゃうなんて、横暴ですぅ〜!」


 文句を言いながらも、ピーターが用意してくれた「バニー服を少しアレンジした可愛いパブの給仕服」に着替えさせられ、マーチ・ヘアは涙目で地団駄を踏んだ。


 そんな苦労人のバニー侍女へ、アリス・リデルは机の上から一通の封書をすっと差し出した。上品な蝋(ろう)で封印された、上質な手紙だ。


「ああ、そうそう、これをパブのマスターに渡してくれ。リデル家からの、君の紹介状だよ」


「うううぅ……こんなモノまで用意してぇ。……これじゃあ私、逃げ道ないじゃないですかぁ!」


 これでもう、お店の門前で引き返すこともできない。

 完全に退路を断たれたマーチは、紹介状を胸に抱きしめながらわんわんと抗議する。


 だが、リデルはヘッドホンに手を当てたまま、感情の消えたジト目をマーチへ向け、声音を一段と低くした。


「青いのに関わった時点で、君はすでに逃げ道なんかなかったんだよ。……僕と同じようにね」「うぐっ……! そ、それは、そうですけどぉ……!」


 ぐうの音も出ない正論に、マーチは言葉を詰まらせた。

 あの太陽のようにお転婆な王女殿下に巻き込まれた時点で、このチームの全員が、ロンドンの闇を駆ける運命共同体なのだ。


「……それじゃあ、本当に本当に、ほんっとうに!行ってきますからね! 電波が途切れたら、すぐにピーターさんを助けに寄こしてくださいよぉ〜!」


 マーチ・ヘアは頭のウサ耳をへにょん。と情けなく垂らしながら、今度こそランベス区のアジトの重い扉を開け、夜霧の広がるロンドンの街へと飛び出していくのだった。



 *



 ――ガヤガヤ、ワイワイ!


 安ビールのホップの匂いと、パイプ煙草の紫煙が立ち込める薄暗い店内。


 シティ・オブ・ロンドン、ロンドン警視庁(ヤード)のすぐ裏手に店を構えるパブ『野ウサギと猟犬亭』は、今夜も非番の警官や役人たちで足の踏み場もないほどの賑わいを見せていた。


「おい、ねーちゃん! こっちにエールのおかわり三つだ!」


「はいぃっ! ただいま行きますから、お願いですからこっちを見ないでくださいぃぃ!」


 リデル家からの紹介状のおかげで、すんなり即日採用されたミス・マーチ――マーチ・ヘアは、はち切れんばかりのパブの給仕服の裾を翻し、両目に涙をいっぱい溜めて店内の通路を爆走していた。


 男嫌いの彼女にとって、酔っ払いの紳士(?)どもがひしめくこの空間は、まさに生き地獄。

 マーチは男たちにデレデレと絡まれる前にその口を塞ごうと、両手に持った大きなビールジョッキを、驚天動地の手際でテーブルへと次々に叩きつけまくった。


 ――ドォン!


 ――ドォン!


 ――ドォンッ!!


「う、うわっ!? なんだこのスピードは! 注文してから5秒も経ってないぞ!?」


「しかも見てみろよ、表面の泡の黄金比率が完璧だ! このウサ耳のカチューシャをつけた新人ちゃん、めちゃくちゃツンツンしてるけど、給仕としては底知れないプロの技を持ってるぞ……!」


 ――ザザッ。


 マーチのへにょん。と垂れたウサ耳の根元から、ピーターの仕込んだ隠し盗聴器を通じて、アジトのリデルの耳へ店内の声がクリアに届く。


『……ミス・マーチ。君、ただ怯えてやけくそになっているだけなのに、警官たちの間ですごい『凄腕の看板娘』って勘違いされて人気が出始めているよ。お茶(エール)を叩きつける音がうるさいから、もう少し静かにやってくれないか』


「そんなの無理ですぅぅ! びっくりしてエールこぼしそうになりましたよぉ!」


 ――ザザッ……ガタゴトッ、


 マーチがトレイを抱きしめて心の中で半べそをかいた、その瞬間。

 パブの喧騒やグラスが重なり合う雑音の隙間から、マーチのすぐ近くの席の男たちが、ある『言葉』を口にした。アジトで受信機のヘッドホンを押し当てていたリデルのジト目が、ハッと鋭く見開かれる。


『――しっ、静かに! ミス・マーチ、そのまま息を殺して動きを止めなさい!』


 ヘッドホンごしに響いたリデルの声は、先ほどまでの呆れたトーンから一転して、肌が粟立つような鋭い冷徹さを帯びていた。


「ひえっ……!? あ、アーちゃん……?」


『いいから黙って、お給仕のフリをするんだ。今、君のすぐ右隣の席の男たちが、本命の口を開いたよ。……ヤードの平警官だね』


 マーチが言われた通りに息を殺して立ち尽くすと、周囲のガヤガヤとした雑音をすり抜けるようにして、男たちの地を這うような下町言葉(コックニー)がクリアに届き始めた。


「おいおい、聞いたかよ? 例のユーストンの爆破で捕まった、東国の留学生(ナツメ)の件よぉ」

 パブの潜入捜査のシーンで、どうやってミス・マーチに捜査をさせようか悩んだのですが、無線機というガジェットを用意することで解決することにしました。

 スチームパンク万歳!


続きが気になる!と思われた方は、ぜひページ最下部にある【☆☆☆☆☆(星ボタン)】や【ブックマーク】で応援していただけると、執筆の大きな励みになります!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。