『ほら、やっぱり事件だったじゃない!――ドヤ顔の名(迷?)探偵の潜入捜査!』
「ええ。真犯人、または犯人の息のかかった者が、関係者を口封じにくる可能性が高いでしょうね」
白の言葉に、アリスは思わずごくりと息を呑んだ。
ただの楽しい推理小説の謎解きではない。これは、リアルに人が殺されている、現在進行形のキケンな事件なのだ。
「口封じ、って……。じゃあ、聖トーマス病院に運ばれた他の下層労働者の人たちも、狙われるかもしれないってこと!?」
「おそらく。……そうと分かれば、大英帝国の愛らしい王女殿下を、このままお一人で放り出すわけにはいきませんね。もしここで殿下の身に何かあれば、我が国の遣欧使節団の立場も危うくなりますから」
白は白衣の手をあごに当て、ふむ、と楽しげに小首を傾げた。
「殿下。これでも私は国賓としてこの病院の設備を借りている身です。……もしよろしければ、『我が国の使節団が、ロンドン現地でお雇いした臨時の見習い助手』ということにして、しばらくここに潜り込みますか? 近くで患者たちの様子を見守るには、それが一番安全です」
「本当!? 助かるわ! ……あ、でも、見習い助手って、どんな格好をすればいいの?」
「――ふむ。そうですね。ここでは、ナイチンゲール代表が推奨する、長袖のワンピースに袖なしの白いエプロン、そして白いキャップを被っていただくのが一番自然かと思いますね」
白はそう言いながら、近くの棚からピカピカに洗濯されたばかりのナース服の一式を取り出し、アリスの前に広げてみせた。
「わあ、これが世界最先端の看護婦さんの服……! なんだか少し、お仕着せ(メイド服)にも似ていて可愛いわね!」
「殿下、あまりお遊びの感覚でいられては困りますよ? さあ、そこの脱衣スペースで手早く着替えてきてください。そのお忍び用の重苦しい外套は、私が預かっておきますから」
「はぁい、分かったわ!」
アリスは嬉しそうに服を受け取ると、そそくさとカーテンの奥へと消えていった。
しばらくして、衣擦れの音の後に、カーテンがシャッと勢いよく開け放たれる。
「どうかしら! 自分で言うのもなんだけど、結構サマになってるんじゃない?」
そこにいたのは、ブロンドの髪を白いキャップにすっきりと収め、清潔なエプロンドレスに身を包んだアリス王女だった。お転婆な気配が消え、まるで本当の「慈愛の天使」が舞い降りてきたかのような美しさだ。
最初はその愛らしい姿に、ルビーのような赤い瞳を細めてほっこりと見つめていた白だったが――アリスの腰元にある「致命的な違和感」を見た瞬間、びくっと固まった。
「……殿下。大変素晴らしい着こなしですが、一つだけよろしいですか」
「なにかしら?」
「なぜ、その白く清らかなエプロンの下に――ジャキーン、と重厚な鉄の気配を放つ、物騒極まりない大剣を吊るしているのですか?」
ナース服のスカートの隙間から、どう見ても看護には必要のない『宝剣ヴォーパル』の柄が堂々と覗いていた。
「な、何よ! 私たちは特務機関よ!? いつ口封じの悪党が襲ってくるか分からないって、さっきあなたが言ったじゃない! 名探偵たるもの、常に武器の携帯は基本よ!」
「自分で言うのもなんですが……現地雇いの助手がそんな伝説級の宝剣を隠し持っているナース、世界中どこを探してもいませんよ、殿下」
白はやれやれと片手を額に当て、本日何度目か分からないため息をつくのだった。
「やれやれ。仕方ないですね。王女殿下の大事なその宝剣は、この下に隠しておきましょう」
そう言って白が用意してきたのは、真鍮製の回診用ワゴン。
大きな革製の医療カバンの奥に忍ばせてワゴンに乗せれば、誰もこの中にそんな物騒な代物が入っているとは気づかないだろう。
「さすが白! 頼りになるわね!」
カバンの底にすっぽりと収まった宝剣ヴォーパルを見届けて、アリスは満足げにパッと顔を輝かせた。
「自分で準備しておいてなんですが、国賓の医療カバンをこのような忍びの道具代わりに使うのは、いささか罰が当たる気がしますけどね。……さあ、あまりもたもたしているとナイチンゲール代表に見つかります。出発しますよ、殿下」
「はぁい! 任せてちょうだい、見習い助手の初仕事、行っきまーす!」
アリスが張り切ってワゴンを押し出そうとした、その時。白が真っ白な前髪を揺らし、すっと細い人差し指を立てて彼女の前に立ちふさがった。
「――ああ、それと。ここでは私のことは『白先生』と呼んでくださいね。いつものように馴れ馴れしく接しすぎると、周囲に怪しまれてすぐにバレますよ」
「し、白先生……? う、うぅ、なんだか改まると恥ずかしいわね……。分かったわ、白先……生!」
アリスは顔を少し赤くしながらも、まるで流行りのスパイ小説の主人公にでもなったかのような『お忍びの符牒』の響きに目を輝かせ、コクコクと嬉しそうに頷いた。
そんなアリスの様子にクスリと微笑みながら、白は白衣のポケットから銀の懐中時計をカチャリと取り出した。パカッと蓋を開け、ルビーのような赤い瞳で厳格に文字盤を見つめる。
「よろしい。定刻3分前です。それでは行きましょう、アリスさん」
白の上品な微笑みに見送られ、今度こそ二人は、秘密を乗せたワゴンと共に病棟の廊下へと足を踏み入れた。
宝剣ヴォーパル!
鏡の国のアリスの設定から取り込んでみました。
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