『ラスボスは黒い喪服とともに!――ワンダーランド閉園のお知らせ!?』
「これは、なんの騒動ですか」
夜霧と硝煙を割って響いたその冷徹な声に、じゃじゃ馬たちの背筋が同時に凍りついた。
燃え盛るクリスタル・パレスの紅蓮の業火を背負い、漆黒の喪服に身を包んで泰然と佇んでいたのは――大英帝国の頂点、世界そのものを統べる絶対的な支配者。
アレクサンドリアナ・ヴィクトリア女王陛下、その人であった。
「お、お祖母様っ!! どうしてここに……っ(※地声)」
アリス王女はお淑やかな仮面を1インチの猶予もなく消し飛ばし、恐怖と緊張のあまり声を裏返した。
輝夜も白もマーチも、その世界帝国の女帝が放つ絶対的な覇気の前に、思わず床へ深く膝を突いて平伏する。
ヴィクトリア女王は、煤で真っ黒になったロイヤルブルーのドレスをたくし上げている孫の姿を、冷徹な一瞥で射抜いた。
だが、ヴィクトリア女王はそんな孫たちの怯えなど一瞥もくれず、燃え落ちていく宮殿の残骸を見つめたまま、声音の温度をさらに一ライン下げて言い放った。
「――聞こえなかったのですか? もう一度だけ、問います」
炎上するクリスタル・パレスのパチパチという音すら遠のくような、完全なる静寂がその場を支配した。
アリス王女の喉がヒュッと小さく鳴り、平伏する白や輝夜の額から冷や汗が床へと滴り落ちる。
言い訳など一切通用しない。
そんな絶対的な拒絶の「間」ののち、女王は冷酷に重ねてみせた。
「これは、なんの騒動ですか?」
炎上するクリスタル・パレスの熱風のなか、ヴィクトリア女王の冷酷な二度目の問いが突きつけられた。
言い訳など一切通用しない。そんな絶対的な威圧感の前に、アリス王女は煤まみれのドレスのままで床へ深く平伏しながら、震える声を精一杯に張り上げて、王族としての公式な「上奏」を絞り出した。
「お、畏れ多くも、お祖母さ……いえ、女王陛下の典医である、準男爵のウィリアム・ウィジー・ガルによる、国家転覆の陰謀を阻止するための、止むを得ない措置で、ございました」
それは、じゃじゃ馬としての本音ではなく、大英帝国の王女としての意地と教養が紡ぎ出した、完璧な建前の防衛線だった。
ガルの大逆不道を暴き、自分たちの実力行使はすべて国家を守るための「止むを得ない措置」であったと、必死に祖母――いや、女帝へと申し立てたのだ。
「フローレンスから逐一報告を受けていますよ。私がウィンザー城に蟄居中、随分と好き放題していたとか」
「――ッ! フローレンス……!? ナイチンゲール先生!?」
アリス王女はお淑やかな仮面を1ラインの原型もなく消し飛ばし、恐怖とパニックのあまり地声で絶叫した。
絶対にバレてなどいない、と高を括っていた自らのあらゆるヤンチャ。それが、とうの昔にウィンザー城のお祖母様にまで完全にお見通しだったのだ。
「理由はどうあれ、世界が見つめる万国博覧会の初日に、国家の威信たるパビリオンを跡形もなく燃やし尽くしたのです。大英帝国の面目は丸潰れ、もはや言い訳の余地はありません。――アリス、これ以上の貴女たちの暴走は看過できません」
漆黒の喪服を纏った女帝は、冷徹な一瞥のまま、孫たちのワンダーランドへ向けて最期の『判決』を宣告した。
「特務機関は、今この瞬間を以て解体とします」
「――!!」
突きつけられた絶対的な終焉に、アリス王女はただ目を見開き、言葉を失って硬直するしかなかった。
だが、ヴィクトリア女王はその絶望など一瞥もくれず、氷のような声音のまま冷酷に追い打ちをかけた。
「返事なさい。――この上、不敬罪も重ねますか?」
その絶対的な一言に、炎上するクリスタル・パレスの熱風すら一瞬で凍りついた。
アリス王女は煤まみれのドレスの裾をギリ……と破れるほど強く握り締め、屈辱と涙を必死に堪えながら、床へ額を擦り付けて絞り出した。
「……御意、に、ございます。女王陛下」
アリス王女の震える絞り出すような声が、夜霧のなかに消えていく。
その涙の誓いを見届けたヴィクトリア女王は、感情の1ラインも読み取れない冷徹な双眸のまま、平伏するじゃじゃ馬たちを見下ろし、それぞれの『これからの運命』を宣告した。
「アリス。貴女は明日から聖トーマス病院に入り、フローレンスの元でその破天荒な気性を根底から叩き直してもらいなさい。完璧な淑女としての行儀作法を身につけたのち、プロイセンのフリードリヒ王子との婚姻(輿入れ)を命じます。これ以上のヤンチャは許されません」
「――っ、はい……」
(ナイチンゲール先生の元でガチ指導……! 完璧な監獄(お仕置き)じゃないのよ……!! ※地声)
アリス王女が心の中で血の涙を流すなか、女王陛下は視線をその隣へと移した。
「そこのアリス付きの侍女。貴女は特務機関の解体に伴い、聖トーマス病院の看護婦として、アリスと共に指導してもらいなさい。二度と王族を巻き込んで不法侵入など起こさぬように」
「ぴぅ……。ぎょ、ぎょいにごじゃいましゅっ」
マーチ・ヘアが恐怖のあまり完全に舌を噛み倒しながら小さな生き物のように縮こまるのを一瞥し、ヴィクトリア女王は氷のような声音のまま、冷酷に下知を重ねた。
「オックスフォードのリデルの娘の名前まで騙って、随分とヤンチャを働いていたようですが……あの一家にも、二度と余計な騒動に巻き込まれぬよう、厳重に口を噤ませておきなさい。これ以上、我が王家の名がヘンテコなお伽噺のダシにされるのは不愉快です」
「――っ、御意に、ございます……」
アリス王女は床に額を擦り付けたまま、お祖母様の一切の妥協のない情報網に、今度こそ完全に白旗を上げるしかなかった。
「松平輝夜、稲葉白。文久遣欧使節団としての役目はこれで終わりです。直ちに東洋の国へと帰国しなさい。大英帝国での経験を、貴女たちの国の近代化に役立てることですね」
「はっ。……寛大なご処置、恐悦至極に存じます」
白先生が美しい所作のまま深く頭を下げて、お祖母様の政治的な配慮(テロを阻止した功績を考慮して不問に付すこと)を厳かに受け止める。
その隣で、十二単の裾をボロボロにした松平輝夜も、悔しげに奥歯を噛み締めながらも「御意にございまする……」と静かに頭を垂れるしかなかった。
「それでは、私はウィンザー城へ戻ります。――アリス、励みなさい」
近衛兵たちを従え、夜霧と硝煙の向こうへと泰然と去っていく大英帝国の女帝。
その絶対的な覇気が万博会場から完全に消え去った瞬間、ウサギたちは一斉に床へへたり込み、大きく息を吐き出したのだった。
「はぁ、私のワンダーランドも、これで終わりかぁ。……って、ナイチンゲール先生のシゴキが待ってるじゃないのよぅ!」
煤まみれのロイヤルブルーのドレスの裾を払いながら、アリス王女がその恐ろしい現実に今更気づいたように、地声で悲鳴混じりの絶叫を上げた。
「アタシも巻き込まれたんですぅ、完全なとばっちりですぅ」
その隣で、いまだ恐怖にウサギ耳を震わせているマーチ・ヘアが、本日一番のガチのトーンで毒づく。
そんな主従のいつものドタバタ劇を遮るように、炎上するパレスの物陰からアリス・リデルが、やれやれと首をすくめながら、最高に生意気な声で語りかけてきた。
「やれやれ。これでボクも、平和で退屈な日常が返ってくるのか。さっさと聖トーマス病院なり、プロイセンなりに行きなよ、青いの」
「なっ……! リデル、あんたねぇ……っ!」
アリス王女が床から跳ね上がって、生意気な天才少女に向けていつものように地声で眉をひりつかせる。
そんな『二人のアリス』の最高に愛おしいラリーを、純白の振袖の袂を払った白先生が、どこか寂しげな、しかし穏やかな笑みを浮かべて見つめていた。
「私たちも、帰国することになりましたしね。ここでお別れ、ということでしょうか。私が言うのもなんですが、とても楽しい英国の日々でしたよ。ただ、食事ばかりは、最後まで慣れませんでしたが」
隣にいた松平輝夜がニィッと不敵に笑い、身の丈を超える名槍《御手杵》を重々しく担ぎ直した。
煤まみれの重厚な十二単の裾を夜風に揺らしながら、日本の士族の姫はアリス王女を真っ直ぐに見つめて、カラリと言い放つ。
「うむ。次に来る時には、もう少しエゲレス飯がマシになってると良いのじゃがな」
「ええ、また、イギリスに来てね。……あ、でもその時はもう、私はプロイセンなのかしらね?」
ふと、アリス王女が少女らしい寂しげな苦笑を漏らす。明日にはロンドンを発ち、お仕置きの看護婦修行を経て、見知らぬ異国へと嫁いでいくリアルな歴史の運命。
だが、そんな主の感傷を、白先生が眼鏡の奥の瞳を悪戯っぽく細めて、小気味よく笑い飛ばした。
「でしたら、今度はプロイセンにしましょうか。あちらの医学も学びたいものですし」
「うむ。少しは飯もまともかもしれぬしな」
どこまでも不敵に、次の「新しいワンダーランド」への不法侵入を約束してみせる日本組の言葉に、アリス王王女はロイヤルブルーの瞳を細めて、今日一番の最高の笑顔を咲かせた。
「それでは、アリス王女殿下、いえ、アリスくん。――息災で」
「またなのじゃ、じゃじゃ馬王女殿下!」
「ええ、またね、白先生。――そして、スターリング・シングルの輝夜」
お互いのこれまでのヤンチャの栄光を最高の肩書きで呼び合い、じゃじゃ馬たちが笑顔で再会を約束した。
こうして、特務機関ヴォーパルバニーは、解散したのである。
ここまでお読みくださり、ありがとうございます。
ラスボス、アレクサンドリアナ・ヴィクトリア女王陛下がまさかの登場!
黒い喪服で現れますが、ヴィクトリア女王は、最愛の王配、アルバート公が亡くなられてからは、喪に服するように黒いモーニング・ドレスを着用し続けたとのことです。
また、アルバート公亡きあと、しばらくはウィンザー城で喪に服するかのように蟄居していたとも言われています。
アリス王女が偽の勅を濫造していた背景には、そうした歴史的な事情が含まれていました。
ナイチンゲール女史から、ヴィクトリア女王へは定期的に連絡が行き、完全に筒抜けだったようですがね。
というわけで、ついに告げられてしまった「ワンダーランド閉園のお知らせ」。
ロンドンでの賑やかなお茶会はここで公式に幕引きですが、じゃじゃ馬たちの「実力行使」の未来は、ここから一体どこへ向かうのか?
次回、ページをめくったその先。
正真正銘の最終回、グランドフィナーレへ!死んだはずのウサギの行く末、アリス・リデルの還る場所、そしてプロイセンでの「新しいワンダーランド」の開幕を、どうぞ最後まで見届けていただけると幸いです!




