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『燃えよ宝剣ヴォーパル!――スニッカー・スニック!』

「カカ……カハハハ! 壊れル、壊れるゾ! ワガハイの至高のショウを、お前タチが自ら燃やシ尽くしテくれタというわけダ!」


 炎上するステージの上で、ウィリアム・ガルは熱風に白衣を翻しながら、血を吐くような悦びの勝鬨を上げていた。

 大英帝国が誇るクリスタル・パレス(水晶宮)が崩壊の業火に包まれていく中、アリス王女は相棒を奪われた絶望に頭を白く染めながらも、涙を堪えて宿敵を強く睨みつける。


 だが、ウサギたちの猛攻によって自動照準《バンダースナッチ》を完全ロックされたはずの宿敵は、次の瞬間、血の混じった狂った笑みをその口元に吊り上げた。


「カカカ……『バンダースナッチ』が止まれば終わりだと? 浅知恵なのはお前たちだウサギども! この怪物の名は《ジャバウォック》――ウサギを貪り喰らう、我が至高の鉄の竜の名だァ!!」


 ガルは狂気じみた笑みをその口元に吊り上げると、ジャバウォックの胸部にある、厳重な鉄の保護格子(カバー)へと手をかけた。


 ――肉が抉れ、血が滲み、指が折れるのも厭わず、素手で引きちぎった。


 生々しい肉の裂ける音と共に鉄の格子が床へと跳ね飛ばされ、ガルの指先からおぞましい鮮血が滴り落ちる。

 露出したのは、一度引き絞れば二度と元には戻せない、からくり機関を文字通り焼き尽くすための真っ赤な不退転のレバーだ。


「これハ非常用だガ、使うしカないですネ! ――さあ、目覚めナサイ!!」


 ガルが折れた指先でその『強制過負荷レバー』を力任せに引き絞ると、ガガガと重々しいラチェットが噛み合い、二度と戻らぬようそのレバー自体が内側から噛み砕かれて固定された。

 根元から激しい黒煙と青白い火花が噴き出す。


 ――ギュオォォォォォォォォンッッッ!!!!


 制御を失った《ジャバウォック》の巨大な蒸気機関が、限界突破の過負荷(オーバーヒート)によって真っ赤に白熱し、耳を打つ金属の悲鳴を上げ始めた。

 背負っていた真空管の塊が青白いスパークを散らして次々と爆発四散し、もはやからくり(自動照準)としての理性は完全に消失する。


 代わりに目覚めたのは、剥き出しになった「純粋な質量兵器としての暴威」だった。


 ――ギュラギュラギュラギュラギュラァァァッッ!!!


 節の連なった無数の多節キャタピラが、まるで生きている大蛇、あるいは巨大なムカデそのもののように不気味にグネグネと波打ち、物理法則をあざ笑う超高速の駆動を始める。

 《ジャバウォック》の巨体は、炎上するクリスタル・パレスの強固な鉄骨の壁をガチガチと掴み、そのまま重力を無視して天井のガラス裏へと一瞬で駆け上がっていった。


「うええええ、気持ち悪っ!」


 アリス王女がそのおぞましいビジュアルに顔を歪め、生の声(地声)で悲鳴混じりの罵声を張り上げる。

 お淑やかな王女の面影など微塵もないが、驚愕している暇など鉄の竜は与えてくれない。天井を這う巨大な鉄のムカデが、その質量そのものでパレスを内側から凄まじい勢いで破壊し尽くしていく。


 熱でグニャグニャに曲がった鉄骨がへし折れ、天井からドロドロに溶けたガラスの雨と、巨大な瓦礫がウサギたちの頭上へと容赦なく降り注ぐ。

 地上、壁、天井のすべてが敵の領域となり、これまでの戦い方が一切通用しない、圧倒的な立体の地獄が幕を開けた。


「狂イ狂ヱ! 天井かラまとめテ踏み潰シて、ウサギのミートパイにしテやろウァーッ!」


 その最悪な料理の宣告が、炎上するクリパレスに響き渡る。

 大英帝国のウサギにとって、それはこれ以上ない残酷にしておぞましい侮蔑の言葉だった。

 ましてや、たった今、目の前で蜂の巣にされた最愛の相棒(ピーちゃん)の姿が、アリス王女の脳裏に生々しく焼き付いているのだ。


「――っ、この、人間の皮を被ったドブネズミ(マッドサイエンティスト)が……!!」


 アリス王女のロイヤルブルーの瞳が、怒りと憎悪のあまりドス黒い覇気を帯びて完全に据わった。お淑やかな建前など、1ラインの塵も残っていない。


「もうっ! アイツを止めるには、天井まで飛ばないといけないの!? ――! そうだっ!!」


 アリス王女のロイヤルブルーの瞳が、怒りのなかでギラリと不敵に輝く。


 彼女は視線を、重厚な十二単の裾を乱暴に払って名槍《御手杵》を構えている松平輝夜へと向けた。

 黒い熊毛で覆われたあの特大の『鞘』は完全に付けられたままだ。


「輝夜! その槍の先端に私を載せて、あいつの目の前までぶん投げなさい!!」


「なるほど、面白いことを考えつくのぅ、エゲレス人は。よかろう、その奇天烈な案に載ろうではないか!」


 輝夜はニィッと不敵に八重歯を覗かせ、丸太ほどもある御手杵の先端をガバッと天に向けて斜めに構える。その特大の鞘の上へ、アリス王女は一切の躊躇なく両足で飛び乗った。


「白先生、マーちゃん! ちょっと行ってくるわね!」


「えええええっ!? アーちゃん、まさかそれ、人間を飛ばす大砲にするつもりなんですぅーーー!?」


 マーチ・ヘアがウサギ耳をピンと立てて目を剥くなか、アリス王女は燃え盛る天井を見据えたまま、最高に不敵な笑みを浮かべて言い放った。


「いつでもいいわよ!」


「応よっ、――You can fly!! なのじゃァァァッッッ!!!」


 ――ドォォォォォォォンッッッ!!!!


 それは、ゴルフのティーショットの如き、あまりにも豪快で狂気じみたフルスイングだった。


 輝夜が大地を割るほどの勢いで巨大な御手杵を天へと振り抜いた瞬間、その圧倒的な打撃の慣性に乗って、アリス王女の華奢な体が『人間砲弾』の如き超速度で中空へと弾き飛ばされた。


「ファアアアアアアアッッッ(ドップラー効果)」


 予想を遥かに超越した凄まじい衝撃波と推進力に、アリス王女のガチの悲鳴がみるみる遠ざかり、間伸びしながら爆炎の天井へと駆け上がっていく。


 ――バサァァァァッッ!!!


 燃え盛るクリパレスの紅蓮の炎、および天井から降り注ぐドロドロに溶けたガラスの雨を切り裂いて、ロイヤルブルーのドレスが夜空に大輪の薔薇のように鮮やかに激しく開く。


 天井の鉄骨をグネグネと這い回り、高みの見物を決め込んでいたウィリアム・ガルの目の前へ、特務機関の主は一瞬にして「不法侵入」を果たしてみせたのだ。


「――なっ、にぃぃぃぃぃぃっっっ!? 自ら飛んできただと!?」


 天井の鉄骨から逆さ吊りになったウィリアム・ガルの顔が、初めて本気の驚愕に引きつった。

 その眼前に高速で躍り出たアリス王女は、中空でロイヤルブルーのドレスの裾を豪快に翻しながら、腰の鞘から愛剣を流れるように引き抜いた。


 ――キィィィィィィンッッッ!!!


 炎上するクリパレスの紅蓮の光を浴びて、その抜き放たれた絶対的な刃が、冷徹な殺気を孕んで美しく輝く。

 かつて大英帝国の、城の宝物庫から自らの手で「失敬」してきて以来、完全に私物化して数多の修羅場を共に切り裂いてきた、彼女の唯一無二の相棒――《宝剣ヴォーパル》だ。


「チェックメイトよ、マッディ・ガル! 私たちのワンダーランドから、永遠に退場しなさい!!」


 アリス王女は中空で完全に重力を置き去りにし、その使い慣れた宝剣を両手で激しく一閃させた。


 原作の詩が語るが如く、一撃、そして二撃――!

 さらに一撃、もう二撃――!


 ――スニッカー・スナック(ザク、ザク、斬クゥッッッ)!!!


 至近距離、一インチの距離から炸裂した、アリス王女の容赦のない実力行使。

 研ぎ澄まされたからくり刃が、ガルの乗る操縦席の強固な鉄骨フレームと、ジャバウォックの頭部(制御中枢)の装甲だけを、完璧に貫き抜きて、切り裂き裂いた。


「――ひっ、な、なんだこのキレ味はァァァッッ!?」


 ――バリバリバリ、ガシャァァァァンッッ!!!


 天井をグネグネと這い回っていた鉄の竜の巨体が、首(制御中枢)の配線を完全に切断されてビクンと激しく硬直する。

 重力を維持していた多節キャタピラのホールド力が完全に喪失し、轟々と燃え盛るクリスタルパレスの天井から、ガルを乗せたまま、ジャバウォックの巨体が真っ逆さまに床へと墜落していく。


「カ、カハッ……! ワガハイの、ワガハイの最高、の、ショウ、ガァァァァーーーッッッ!!!」

 3日ぶりです、お待たせいたしました。

 そしてここまでお読みくださり、ありがとうございます。


 さて、本作のメインタイトルにも冠せられ、また第一章からその存在感をアピールしまくってきた宝剣ヴォーパル。

 ええ、ご存知のとおり、「鏡の国のアリス」で出てきた剣ですね。

 そして、後世のゲームや漫画、小説にも数多登場するヴォーパルの剣(ヴォーパルソード、ヴォーパルブレイドとも)。

 原作者のルイス・キャロル自身は、このVorpalという名前について、「自分でもどうやってこの言葉を思いついたのか、どんな意味なのか説明できない」と答えていたとか。

 まだ中学生だった頃に、一生懸命に英和辞典で意味を調べたけれど載っていなかったのは当たり前といえば当たり前でした。だって、ルイス・キャロルの造語なんだもの!


 ただ、近年ではそうしたゲームや漫画であまりにも登場するため、オックスフォード英語辞典にはしっかり掲載されるようになったとか。

 意味は【意味:「鋭い(sharp)」「致命的な(deadly)」】

 語源は【ルイス・キャロルの詩『ジャバウォックの詩』の造語】

 と記載されているそうです。


 「ヴォーパル」って響き、中二病をくすぐりますよね?くすぐりません?くすぐりますよね!!ますよね!!(圧)


 次回、ついにこの物語のすべてを懸けた、真の最終決戦(グランドフィナーレ)へ! どうぞお楽しみに! 評価やブクマ、感想などもいただけると大変励みになります!

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