『ジャバウォックにご用心あれ!――クリパレスの終焉』
【――ピピピピピピピピ、ピピピ、ロックオン。】
サウス・ケンジントンの万博会場。ガラスの天井から美しい月光が降り注ぐはずだったその巨大な宮殿は、今や硝煙と血生臭い悲鳴が渦巻く地獄の底へと変貌していた。
「撃て! 撃てェーーーッ!!」
万博の警備にあたっていた大英帝国の近衛兵たちが、必死の形相で新型のリー・エンフィールド小銃を一斉に斉射する。だが、放たれた鉛の弾丸は、夜の闇から現れた『それ』の強固な鉄の皮膚に弾かれ、虚しく火花を散らすだけだった。
――ギュラギュラギュラギュラギィィィ!!!
異様な駆動音を響かせ、無数のキャタピラが節のようにうねりながらガラスの展示品を踏み潰して進む。
ウィリアム・フォスター社から強奪された、試作多節型兵器。
だが、現在のその姿は、あまりにも醜悪にして冒涜的な異形の怪物へと改造されていた。
その背中、まるで巨大な寄生虫のように強引に溶接された、バチバチと怪しい火花を散らす巨大な真空管の塊。
ガルが植え付けた最悪の自動照準機関砲――《バンダースナッチ》が、ギリギリと不気味な音を立てて銃口を旋回させる。
【――ピピ、ロックオン。目標、近衛兵二十四名。】
「ひっ……! 逃げ、あ、足が、自動でこっちを狙って――」
――ズババババババババババババババババッッッ!!!!
夜の宮殿を引き裂いたのは、当時の大英帝国の軍事常識を遥かに超越した、圧倒的な回転速度を誇るからくりの掃射音だった。
逃げ惑う近衛兵や警官たちの背中に、容赦のない自動照準の弾丸の雨が突き刺さる。近代的な武装で固めていたはずの兵士たちが、叫ぶ暇すら与えられず、なす術もなく次々と血飛沫を上げて床へと斃れていった。
「カカカ! 実に愉快、実に素晴らしいショウだと思わないカね、諸君!」
壊滅した死体の山の向こう、万博のステージの上から響いたのは、狂気と愉悦に満ちたあの男の声――ウィリアム・ガルだった。
彼の背後には、演説に脳を焼かれ、体制転覆を夢見て武器を掲げる、煤まみれのコックニーの暴徒たちが熱狂的な勝鬨を上げている。
「これこそが、我が至高の結晶を宿した鉄の竜――《ジャバウォック》だ! さあ、大英帝国の誇るワンダーランドを、内側からすべて喰らい尽くしてやろう!」
壊滅した死体の山の向こう、万博のステージの上で、ウィリアム・ガルは両腕を天へと掲げ、狂った歌を詠唱するように朗々と叫び立てた。
「――わが倅 ジャバーウォックに気をつけロ! 咢でガブり 鉤爪でざっくリ 侮るナ! ジャブジャブ鳥に気をつケろ 猛けり狂いしバンダースナッチに近寄るナ!」
その歪な警告の詩がガラスの宮殿に木霊し、絶望が会場を完全に支配した――まさにその時だった。
ドガァァァァンッッ!!!
展示ブースの床板が、凄まじい衝撃と共に内側から激しくぶち破られた。
爆炎と埃の幕を切り裂いて、地下の世界初の線路から、地上へと一気に跳ね上がってきた影がある。
「ショー待状に、律儀に来てあげたわよ、マッディ・ガル! お前の嫌味ったらしい《スナーク》ショーを、狩りつくしてあげるわ!」
ロイヤルブルーのドレスの裾を煤で黒く汚し、完璧な仮面をかなぐり捨てたアリス王女が、怒髪天を衝く憤怒の地声と共に、地下の巣穴から鮮やかに姿を現した!
「貴方は、狂ってるわ!」
「そうとモ。ワガハイは狂ってル。そして、王女デンカ。アナタも狂っテる。ここにいる者はみんな狂っているのサ!」
万博のステージの上から、ガルがチェシャ猫の如き歪んだニヤケ面で、カタカナ混じりの不気味な嘲笑を響かせる。
【――ピピピピピピピピ、ピピピ、ロックオン。】
【目標、特務機関構成員五名。排除、排除、排除。】
ガルの狂った声を合図に、鉄の怪物の背に負った真空管が青白いスパークを散らし、自動照準機関砲がギリギリと恐ろしい速度で銃口をこちらへと旋回させた。
――ズババババババババババババババババッッッ!!!!
出会い頭の、文字通り容赦のない鉛の嵐。
逃げ遅れたかのように、一歩前に出ていたウサギの着ぐるみ姿のピーターの体が、その重銃弾の雨を正面から浴びる。
――パススススススススススッッッ!!!!
無数の弾丸が直撃し、ウサギの着ぐるみの白い綿が四散しながら、みるみる間に蜂の巣になっていく。
赤黒い液体が床へと激しく飛び散り、ウサギの巨体がどうと倒れ伏した。
「ピーちゃあああああああああん!!」
アリス王女が涙目で喉が裂けんばかりの悲鳴を上げ、そのあまりの光景に頭が真っ白に染まった。
だが、倒れ伏した蜂の巣のウサギの背中が、突如としてガバッと跳ね上がった。
胎内から飛び出してきたのは、昼間に万博会場でイギリス人たちを大熱狂させていた、あのピーター特製の自動飛行メカ(ドローン)たち。
――ブゥゥゥゥンッッ!!!
一斉にテイクオフした複数機の飛行メカが、からくり時計の歯車を狂わせる羽音を立てて、ガラスの宮殿の空間を縦横無尽に跳び回り始める。
いかにガルの《バンダースナッチ》が精密な先読み自動照準を誇ろうとも、それは人間の動きの予測に基づくシステムだ。
ピーターの描いた「物理法則を無視した不規則な軌道」でブンブンと飛び回る未知の飛行物体を前に、自動照準の網膜は完全に処理限界を迎えた。
【――ピ、ピピ、ロック、エラー、エラー、目標予測不能――】
真空管がパチパチと悲鳴のような火花を散らし、機関砲の銃口がガバッ、ガタガタと虚空を振り回され、弾道が激しくブレてガラスの天井を無意味に粉砕していく。
「目くらマシだト!? 浅知恵ヲ!」 万博のステージの上で、ガルが忌々しげに顔を歪めて吐き捨てる。
「浅知恵なもんですか! 輝夜、白、マーチ、今よ!! あいつを絶対にタダじゃおかないわよ!!」
(ピーちゃん……自分の身を盾にして、あのガジェットで最期に道を拓いてくれたのね……ッ!!)
相棒が遺してくれた最高のガジェット。その想いを無駄にすまいと、アリス王女は絶望を激しい憤怒の炎へと変え、たくし上げたロイヤルブルーのドレスの裾を握り締め、地声で怒声を張り上げた。お淑やかな王女の面影など微塵もない。
「のじゃあッッッ!!」
重厚な十二単の裾を乱暴に払った松平輝夜が、白煙と飛行メカの飛び交う幕を割って真っ先に飛び出した。
彼女は身の丈を超える大鉄塊――名槍《御手杵》をその豪腕で一閃させ、ジャバウォックの多節キャタピラの『関節』へと、大英帝国の最新蒸気機関の如き重低音と共に突き立てた。
――ズガァァァァンッッ!!!
狙い澄まされた大質量の一撃。怪物の巨体がガタガタと激しく傾ぐ。
「動きを止めたのじゃ! シロ、次なる急所はどこじゃ!」
輝夜の叫びに応え、純白の振袖の袂を縛り上げた稲葉白が、銀の懐中時計の秒針を恐ろしいほど冷静な目で見つめながら、ガルのからくりを瞬時に分析して鋭く声を張り上げた。
「輝夜様、マーチ殿! バンダースナッチの自動照準を制御しているのは、背部にある熱い真空管の基部です! そして、その機関砲の駆動を司る『歯車』に何かを噛み込ませれば、あの銃口は完全に沈みます!」
「了解なんですぅ! 邪魔する悪い子には、特大のお仕置きなんですぅ!」
上空から、黒のシルクハットをパッと脱ぎ捨てたマーチ・ヘアが、ドレスのロングブーツの跳躍力を活かしてダイナミックに舞い降りる。
彼女の手元で、しなやかなウィップ(鞭)がガス灯の光を浴びて鋭く唸りを上げた。
白の的確なナビゲーション通り、狙い澄まされた鞭が、高速で回転する機関砲の露出した『歯車』の隙間へと、吸い込まれるように完璧に絡みついた。
――ガガガガギギギギギッッッ!!!!
強固な革鞭を巻き込んだ歯車が、激しい火花を散らしながら異音を立てて完全ロックされ、その場に固定される。
マーチがロングブーツの踵を床に深く踏ん張って鞭を引き絞るなか、輝夜の追撃の大槍が、制御を失った真空管の基部をまとめて粉砕した。
「――っっっ!? バ、バンダースナッチの自動照準が、歯車が止まっただと!」
ガルの顔が、ステージの上で初めて恐怖に引きつった。
彼女たちの1ラインの無駄もない、芸術的な実力行使と頭脳のコンボが、ガルの誇る世紀のショウを出合い頭の一撃で完璧に機能停止へと追い込んでみせたのだ。
しかし、からくりの基部が爆破された代償は、あまりにも大きかった。
飛び散った真空管の超高電圧のスパークと、ジャバウォックが撒き散らした硝煙が、パビリオン内の可燃性の展示物や建材へと一気に引火。
凄まじい轟音と共に、巨大なガラスの宮殿の各所から、天を突くような紅蓮の炎が激しく吹き上がった。
――ミシ、ミシミシミシ……ッ!
熱を浴びた強固な鉄骨が、悲鳴を上げるように不気味に歪み始める。
天井の巨大なガラス板がパチパチとひび割れ、溶けた硝子の雫が、まるで燃える雨のようにパビリオンの床へと滴り落ちていく。
大英帝国の誇る美しきクリスタル・パレスが、今まさに、崩壊の業火に包まれようとしていた。
「カカ……カハハハ! 壊れル、壊れるゾ! ワガハイの至高のショウを、お前タチが自ら燃やシ尽くしテくれタというわけダ!」
ここまでお読みくださり、ありがとうございます。
戦車markⅠに《ジャバウォック》というコードネームを付けて暴れさせる、という案は、この作品を書く当初から描いていました。
ただ、そのコードネーム自体も、軍が付けた名前の予定だったのですが、せっかくウィリアム・ガルというマッドサイエンティストを出したのですから、彼に強奪させ、その過程で名付けさせるのもいいかな?と思ったのです。
ちなみに、自動照準や機関砲の案も後付け設定だし、それにバンダースナッチという名を付けるのも後付け設定です。
みんな後付け。全部後付け。
後付けといえば、サブタイトル案、毎回ページの最後に書くルーチンとなってまして。
今回は、作中に出した「ジャバウォックの詩」に擬えて、クリスタルパレスをかばん語風に、「クリパレス」と読んでみました。
……あまり上手くないなぁ。
そしてラスト、激しい戦闘の余波で轟々と燃え盛り、鉄骨が歪んでいくクリスタルパレス。
史実において、この大英帝国の栄華の象徴たる宮殿は、のちの1936年11月30日の夜に大規模な大火災を起こし、文字通り跡形もなく全焼・崩壊しています。
何万枚ものガラスが熱で溶け落ち、ドロドロの「ガラスの雨」となって降り注ぐなかで宮殿が崩れ去っていくスペクタクルは、当時のロンドン市民に凄まじい衝撃を与えました。
本作では、ガルのテロによってその歴史の崩壊が70年ほど早く引き起こされてしまったわけです。
おのれガル!
さて、ジャバウォック戦ですが、これであっさり終わると思いますか?
僕も、「え、こんなあっさり片付いていいの?」と思い、焦ったのですよ。
まだ変身を二回残している。この意味がわかるな?
え、二回?それはさすがに聞いてない!
……というか、さすがに2回は無理じゃろ。
次回、炎上するクリパレスのなかで、宿敵の狂気が真の牙を剥きます(変身回数は要調整)。
どうぞお楽しみに! 評価やブクマ、感想などもいただけると大変励みになります!
(※ここでちょっと作者からの大切なお知らせ。9月24日〜26日までの3日間、リアルなお仕事の関係で更新をお休みさせていただきます!せっかくの戦闘シーンの途中でお預けにしてしまい、申し訳ありません!)




