『鋼鉄のモンスター目覚める!――狂気の研究者の新たな駒』
リンカーンシャー州リンカーン。
その、民間企業「ウィリアム・フォスター社」の秘密工場。
その夜、大英帝国の命を受けて新兵器を極秘裏に製造していた工場内は、冷たい静寂と真鍮の匂いに満ちていた。
カチ、カチ、カチ、と規則的に響くのは、厳重に施錠された特厚の鋼鉄扉を管理する機械式タイマーの音だけだ。
「……おい、何か聞こえないか?」
格納庫の前で小銃を抱え、睡魔と戦っていたベテラン警備兵のジョージが、暗闇の奥を見つめて眉をひそめた。隣に立つ若い新兵は、寒さに身を震わせながら「風の音でしょう」と気の無い返事をする。
だが、ジョージの耳は捉えていた。
地下水道が流れる床下から響く、不気味に沸き立つような蒸気の駆動音。暗闇から響く、鉄と鉄が噛み合う「カチカチカチ」という、生き物の羽ばたきにも似た細かな連続音を。
突如、格納庫の奥深く――フォスター社が総力を挙げて極秘開発していた『Mk.I』の試作車両が鎮座する闇のなかで、一対の『火』が灯った。
いや、火ではない。それは、狂った駆動熱を帯びた、真鍮のレンズの輝きだった。
「な、なんだ……!? 誰かいるのか!」
ジョージが銃口を向けた瞬間、闇の中から、巨大な『菱形』の鉄の塊がソモソモと蠢きながら前進してくるのが見えた。車体をぐるりと囲む巨大な履帯。
そしてその左右に突き出た砲塔――いや、本来の設計にはないはずの複数の「鋼鉄の首」が、不気味にせり出している。
ガルのオートマタ技術によって密かに増設された、自動照準機関砲の多砲塔だ。
人間の兵士など乗っていないはずの車体。
しかし、その無数の銃口はカチカチと狂ったような音を立てながら、まるで獲物を探す蛇のように、正確にジョージたちの姿へと狙いを定めていく。
『――ワガハイの新しい駒の、初陣の舞台へとご案内いたしましょうかねェ』
どこからともなく響く、ねっとりと歪んだ男の声。
次の瞬間、地下水道から凄まじい量の高圧蒸気が噴き出し、格納庫の気温が一気に跳ね上がる。
蒸気の霧が視界を覆うなか、その鋼鉄の怪物は鉄の無限軌道を軋ませ、爆音と共にコンクリートの床を踏み潰しながら暗闇から這い出てきた。
「ひっ、自動で動いて……! 撃て! 撃てッ!」
新兵が半狂乱で放った小銃の弾丸は、菱形戦車の頑強な正面装甲に火花を散らして弾け飛ぶだけだった。
迫り来る怪物の前で、ジョージが最後に見たのは、カチカチと不気味に動きながら、自分たちの頭部へと完全に照準を合わせた、多砲塔の冷酷な黒い銃口――。
翌朝、スコットランドヤードが現場に踏み込んだとき、幸いにも警備兵たちは気絶させられていただけで命に別状はなかったが、堅牢を誇った倉庫の扉は内側から強引にこじ開けられ、あの巨体は忽然と消え失せていた。
そして、ガランとした床の上には、血のように赤い、ロンドン万国博覧会の『賓客用招待状』がぽつんと残されていた。
ここまでお読みくださり、ありがとうございます。
1章でも2章でも、最初は事件の始まりを描いていたので、今回もそれに倣いました。
2章の終わりで逃亡したウィリアム・ガルが奪ったのは開発中の戦車Mark.Ⅰ。
史実では1916年のソンム地方での「フルール=クールスレットの戦い」に投入されたとのことです。
49機が投入されたものの、実稼働できたのは32機、さらにそのうち、戦闘ができたのはわずか10機あまりだったとのことです。
しかし、この奇怪な機械は戦場の兵士たちを恐慌状態に陥れ、結果的に戦果を生んだとのことです。
その代わり、兵士たちは高温や排ガスによる中毒で酷い有り様だったようですが。
こうしてみると、ガル卿がオートマタと融合させる、というアイデアは、あながち的外れではなかったのかも、などと思ってみたり(んなアホな)
次回、ナイチンゲールにしごかれたアリス王女は、どうなっていることでしょうか?
どうぞお楽しみに! 評価やブクマ、感想などもいただけると嬉しいです。さもないと、ガル卿がMark.Ⅰで襲って来るかも!




