『驕れるものは久しからず!――ジャックのハートは止められない!?』
「ワガハイの最高傑作。――世間でハ《切り裂きジャック》などと呼ばれていたようですガ。そしテ、次の獲物は貴女デス――王女デンカ」
「よくもそんなおぞま――のじゃあっ!?」
――ギィィィインッ!!
輝夜がガルを烈火のごとく糾弾しようとしたその瞬間、会話の余韻など一インチも待つことなく、凶悪なオートマタの鉄爪がその身を襲っていた。
音を置き去りにするような最悪のピストン強襲。それを輝夜は、辛うじて手にした名槍《御手杵》の極太の柄で受け流し、激しい火花を散らして防ぎ止める。だが、それも輝夜ほどの達人でなければ、一瞬にしてその白く細い首を掻っ捌かれていただろう。
すぐ横で輝夜の攻防を目撃したアリス王女は、言葉を交わす暇すらここにはないと直感する。青い眼を激しい闘志で燃え上がらせながら、一歩の踏み込みと共に【鋼鉄製の宝剣ヴォーパル】を最大出力でブン回した――!
――だが。
その一閃より疾く。
《ジャックハート》の身体は後方の闇へと消える。
「なにあれ、速すぎじゃない!?」
宝剣が虚しく薄暗い地下研究所の空気を切り裂き、アリスは金髪をなびかせながら、青い眼を限界まで丸くして絶叫した。
宝剣が虚しく薄暗い地下研究所の空気を切り裂き、アリス王女は金髪をなびかせながら、青い眼を限界まで丸くして絶叫した。
ギギギギギ、シュー、フシューーーーッ!!!
だが、驚愕に震える二人の鼓膜へと、四方八方の闇の死角から、悍ましい蒸気機関の排気音が乱反射して重奏となって降り注ぐ。
それはまさに、夜霧のロンドンを縦横無尽に駆け抜け、誰の手にも捉えられぬまま幾人もの身体を壊し尽くしてきた怪物の真の機動力であった。
チ、チチ、カチチチィンッ!!!
次の瞬間、アリスの背後の闇から、鈍色に光る長大な鉄の爪が目にも留まらぬ最高速のピストンで肉薄。
「のじゃあっ!!」
寸前で気配を察知した輝夜が、名槍《御手杵》を背後へ突き出して辛うじて刃の爪を弾き返す。だが、ガキィィィン! と金属音が響いたその刹那には、ジャックハートの残像はすでに別の死角へと溶けるようにして消え去る。
右――。
――左。
あるいは天井の配管の隙間から――。
息つく暇もなく繰り出される、全方位からの最悪の奇襲。
「カグちゃん、右よっ!!」
「ぬうっ、今度は上から来るのじゃ!!」
ランタンのオレンジ色の僅かな灯火を頼りに、アリス王女とお輝ちゃんは互いの死角を補い合うようにしてじりじりと背中を合わせた。宝剣ヴォーパルと名槍の極太の柄を必死に交差させ、火花を散らして防戦一方に追い詰められていく。
これまでの量産型とは桁違いの速度と変則的なピッチを前に、さすがの東西の天才二人をして、防ぐだけで手一杯という絶対のじり貧(絶望)へと叩き込まれていたのである――。
「フヒヒ、まだまだ速くなりますゾ!」
防戦一方の二人を見下ろし、ガル卿はこれ以上ないほど下卑た歓喜の笑みを顔面に刻むと、壁面の出力レバーをさらに力任せに押し倒した。
その絶頂の合図とともに、ジャックハートの胸の炉がゴォォォッ!!! と過電流の火花を散らし、怪物の機動力は限界を突破。ラボの空間そのものが歪な駆動音で満たされた、まさにその刹那であった。
――バキバキバキバキバキッ!!! ドォォォォンッ!!!
あまりにも速度を上げすぎたジャックハートの血の爪が、研究所の心臓部である【巨大な超高圧蒸気ボイラーの主配管】を、自ら誤ってズタズタに引き裂いてしまったのだ。
フシューーーーーーッッッッ!!!!
フシューーーーーーッッッッ!!!!
ド、ドドオオオオォォォォォンッッッッ!!!
配管の裂け目から人間を瞬時に茹で上げるほどの超高温の白い蒸気の津波が大爆発。自らの生み出した爆風に巻き込まれ、ジャックハートは姿勢のバランスを完全に崩す。
そして――。
視界を奪われ、バランスを崩したまま、猛スピードでこちらへかっ飛んで来る。
「ふむ、いけませんね」
白は緊張感のない声色でそう告げると、パチッと懐中時計を白衣のポケットに入れた。
「傲る者は久しからず、と言いますが。そうですね、英語であるならば、"Pride will have a fall." でしょうか」
とん――。
白が静かに手を翳す。
――くるん。
その極小の所作に触れた刹那、ジャックハートの重厚な『鋼鉄の巨躯』は、それ自体の生み出した最高速の出力をそっくりそのまま反転させられ、まるで独楽のように中空で捻るように舞った。
白が手首をわずかに傾けただけで、夜霧の怪物の姿勢制御は完全に大決壊。制御を失った鈍色の巨体は、そのまま宙を滑るようにして、アリス王女と輝夜の目の前へとその無防備な体をさらけ出しながらすっ飛んでいったのである。
「カグちゃん、今よっ!!」
「おうっ、手加減なしじゃーーー!!」
――ドォォォォンッッッ!!!!
息の合った咆哮と共に。
アリス王女の【鋼鉄製の宝剣ヴォーパル】と。
輝夜の天下三名槍『御手杵』が。
コンマ一秒の狂いもなく中空の巨躯へと同時に突き出された。
東西2つの宝剣・名槍による日英同盟――その絶対の刃が、ジャックハートの胸部の真鍮ボイラーを真っ正面から【W串刺し】に貫き通す。
ガガ、ガシャアァァァン!!!
凄まじい衝撃波が地下研究所の闇を揺るがし、これまでの事件の犠牲者の身体を壊し続けてきた最悪の真犯人は、空中でそのコア(ボイラー)を完全に粉砕され、派手な金属音を立てて跡形もない鉄屑へと大爆発したのである。
ジャックハートの炉の崩壊と、先ほど破損した主配管の超高圧蒸気が最悪の連鎖反応を引き起こし、地下研究所全体を吹き飛ばさんばかりの凄まじい蒸気大爆発が炸裂した。
一瞬にして視界を遮る真っ白な蒸気の津波と、のたうち回る電信線の配管から火花が引火し、激しい火災の炎が研究所を赤く染め上げていく。
「きゃあああっ!? なにこれ、前が見えないわ!」
「アリス殿、妾の裾を掴むのじゃ! 火災の煙と蒸気で窒息してしまうぞ!」
アリス王女とお輝ちゃんが視界を奪われ、炎と煙を前にして身をよじる、まさにその遮断された硝煙の向こう側から――。
「ぐふ、ぐふふふ……! すンばらしい、すンばらしいデータ(成果)ですヨ、王女デンカ! 最高傑作は壊されましたが、ワガハイの真の『芸術』は、こんなロンドンの夜霧の底(下水道)などでは終わりませんヨ……!」
炎の照り返しのなか、ガル卿は崩れゆくラボの闇の奥で、これ以上ないほどおぞましい凄惨な嗤い声を響かせた。男はすでに、次の計画のために用意された下水道の隠し通路へと、その白く細い指先をかけ、闇の奥へとぬるりと溶け去ろうとしていた。
「ワガハイの宿願を叶えるための苗床は、他にもいくらでも存在するのだヨ。次は……もっと素晴らしい『最悪の絶景』のなかでお会いしましょうかねェ。――楽しみにしていてクダさい、ネエェ?」
男の不気味な高笑いは、激しい蒸気の排気音と燃え盛る火炎の轟音のなかにかき消され、その姿は夜霧のロンドンの最深部へと完全に消失した。
特務機関対、最悪の怪物の実行犯との戦いはここに終結した。だが、それは大英帝国の未来を揺るがす、次なる新たなる全面戦争の不気味な予兆にすぎなかったのである――。
ここまでお読みくださり、ありがとうございます。
切り裂きジャックはウィリアム・ガルが製造したオートマタ、という設定としました。
また、それをオートマタとした時に、一般的に流布する名称としての「切り裂きジャック」の名とは別に、ウィリアム・ガル自身が命名したコードネームは何がいいか?と考えました。
「不思議の国のアリス」モチーフとして考えていた中で、最初はマッドハッターなども候補にあったのですが、それ以上にジャックハート(ジャック・オブ・ハート)が思い浮かびました。
原作では、タルトを盗んだ罪人として、ハートの女王の裁判にかけられます。
そんな不憫なジャックハートですが、まさか現代の「なろう小説」で、あろうことか切り裂きジャックのコードネームとしても利用されるなんて思いもよらないでしょうね!!
激しい火災と蒸気の煙のなか、最悪の期待(楽しみにしていてクダさい、ネエェ?)を残して夜霧の奥へと完全に消失した黒幕ガル卿。特務機関対、最悪の怪物の実行犯との戦いはここに終結いたしましたが、それは大英帝国の未来を揺るがす、次なる新たなる全面戦争の不気味な予兆にすぎません。
次回、第34話。
燃え盛るラボから気絶したドイル先生(1オンスのブレもない恍惚顔)を何とか回収し、脱出を試みるアリス王女たち。
そういえば、第2章にはずっと出てこなかったミス・マーチは何処へ!?
どうぞお楽しみに! 評価やブクマ、感想などもいただけると嬉しいです。さもないと、アリス王女と輝夜様の、宝剣&名槍のW攻撃が飛んで来るかも!




