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『ジュウジュツ開戦!――探偵の武術《バリツ》、ここに爆誕!』

――パチン。


「耐えられるかニィ?」


 狂人が不気味に指を鳴らした、まさにその次の瞬間であった。


ギギギギ、カリカリカリッ!

 シュー、フシューッ! ――バキッバキバキッ!!


 薄暗い研究所の奥底から、無数の蒸気機関が肺呼吸を爆発させたかのような悍ましい排気音が重奏となって炸裂した。


「グフッ、どうですかな? 王女デンカ! ワガハイが物量作戦のために用意した量産型オートマタ、名付けて《ポーン》!」


 剥き出しの真鍮パイプと鋭利な鉄の爪を持つ【量産オートマタ】の軍勢が、目にも留まらぬ最高速のピストンで、一斉にアリス王女たちへ向かって突進してくる!


「デュフッ!――その高貴な御身から生み出されるであろう新作――想像するだけでゾクゾクしますネ」


 部屋の奥から無数の蒸気機関の排気音を響かせ、けたたましいばかりの駆動音が重奏となって炸裂。無数の《ポーン》の真鍮の津波が、一斉にアリス王女たちへ向かって突進してきた。


「よっこい――しょーーーーっ!!!」


 ブウンッッ――!!!

       ――チ

        チ

       チ

      チ

     ィ

    ィ

   ィ

  ン

 ッ

!!


 殺到する津波に対し、まずはアリス王女が間の抜けた掛け声と共に宝剣ヴォーパルを豪快にブン回した。

 その最強の旋風に触れたオートマタは、まるで熱したナイフに当てられたバターのようにシューッと刻まれ、真鍮の残骸へと変わっていく。


「どお? 英国王室に伝わる、ジョージ・シルバーのブロードソード剣術! とくとご覧あれっ」


 アリス王女がツイードの鹿撃ち帽の下でふんす! とない胸を張るが、それでも数に勝る《ポーン》の連撃は止まらない。


「ふむ。さすがはアリス殿。では妾もちょいとばかし本気を出すとするのじゃ」


 輝夜も、手にした名槍、その巨大な熊毛の鞘を抜く。


 ――ズ、シィィィンッ!


「――推して、参る」


 ランタンのオレンジ色の灯火のなかに剥き出しになった、天下三名槍『御手杵』の巨大な極太の刃が、闇を鋭く切り裂いた。

 それは、英国から日本に渡ってきた1号機関車よろしく――その軌道の先にいるポーンたちを串刺しにしていく。

 輝夜が静かに放ったその一突きは、直線上のレールに位置していた数体の《ポーン》を文字通り鉄の出力で轢き潰し、派手な金属音を立てて跡形もなく粉砕していったのである。


「うむ? 守るべきレディを矢面に立たせては英国紳士の名が廃るというもの。いざ、私も!」


 二人の圧倒的な武勇を前にして、ドイルは一瞬だけ立派な口髭を震わせて戸惑いを見せたものの、すぐさまボクサー並みの分厚い胸板をどっしりと張り直した。


 ドイルはランタンを床へと置くと、革手袋(グローブ)に包まれた両拳を高く掲げ、近代英国の誇る『クインズベリー・ルール』の流麗なボクシングの構えをカチリと身にまとった。

 レディを守る騎士としての覚悟を拳に込め、紳士のフットワークと共に大物文豪の太い剛腕が唸りを上げて闇を裂く。ドイルは自ら戦闘の渦中へと躍り出ると、突進してきた《ポーン》の真鍮の顔面へ向かって、精密極まりないストレートの強打を真っ正面から――。


――ドン!!!


 叩き込んだ!


 分厚い胸板をどっしりと張ったドイルの拳が、精密極まりないクインズベリーの軌道を描いて《ポーン》の真鍮の顔面へとドン!!! とクリーンヒット。

 鋭い強打が鋼鉄の肌をへこませ、迫り来る機械人形を力任せに次々と殴り飛ばしていったのである。


 のちの大物文豪の腕力は、まさに挽回の言葉にふさわしい見事な武勇であった。


「――ほうほう。なるほど。確かに、切り裂きジャックの凶行を見て、ご自身ならできる、と豪語しただけのことはありますねぇ」


 後ろから見物に徹していた白。

 だが、ドイルの突撃によって護衛が手薄になった彼女に、オートマタの魔手が伸びる――!


「いかん、レディ!!」


 ハッと背後を振り返ったドイルは、血の気の引いた叫びを上げると同時に、ボクサー並みの巨体を白の前へと文字通り弾丸のように滑り込ませた。

 華奢な女医を背中に庇い、身を挺して物理的な盾(ナイト)となったその分厚い胸板へと、機械人形の凶悪な刃の爪がドン!!! と強烈に叩き込まれる。


「ぐ、ふぅっ……!! ――さ、さすがはガル卿の芸術品……この骨をも噛み砕く、圧倒的な重量……脳髄に直接響いて……最高に、マッスル……(恍惚)」


 1オンスのブレもない変態マゾの悦びの顔を浮かべ、ドイルは強烈な衝撃に悶絶しながらも、ナイトの意地だけでギリギリ意識を保って踏みとどまった。

 だが、最初の一撃を貰ってドイルのガードが大きく崩れたその隙を狙い、さらに数体の《ポーン》が容赦なく爪を剥き出しにして、二人の首をまとめてスクラップにせんと肉薄する!


「ふむ、いけませんね」


 しかし、背後にいた白は、緊張感のない声色でそう告げると、パチッと懐中時計を白衣のポケットに入れた。


 次の瞬間――。


 白を襲ったはずの機械人形が、宙を舞った。


 1体、2体。

 アリス王女や輝夜の働きからすると、そう多くはないものの、およそ生身の少女が素手で捌けるような相手ではない。それが、まるで紙を飛ばすかのように、いとも簡単に投げ飛ばされていく。


 そして――。


「ふむ。およそ2分といったところですか。悪くはないですね」


 何事もなかったかのように、白は再びポケットから出した懐中時計をパカリ。と開けて時間を再確認し、静かに呟いた。


「れ、レディ……。今のはいったい……」


 鳩尾にい(・)い(・)の(・)を貰ったドイルは、脂汗を垂らしながら呻くように問う。1オンスのブレもない変態マゾの恍惚を浮かべつつも、目の前で繰り広げられた東洋の神秘の体術を前にして、作家としての本能が激しく震えていた。


「ああ、マッスル先生。言っておりませんでしたね。自分で言うのもなんですが、これでも一応、東国の柔術を護身術として習っておりましてね――」


「いざという時、自分の身ぐらいは護れる程度には嗜んでいるのですよ」


 白は、気怠げに長い睫毛(まつげ)を伏せ、懐中時計をポケットへと戻しながら、淡々と次なる冷徹な一言を放った。


「――ば、バーリッツ? 東国には、不思議な戦闘術が、あるのだな。ぐふっ」


 片膝を突きながら、脂汗の浮かぶ口髭を震わせて呟くドイル。その作家としての脳細胞の奥底へ、カチチッと音を立ててパズルのピースが組み合わさるかのように、鮮烈な電撃(ひらめき)が走り抜けた。


「バリツ、そうか……その技術があれば、私の探偵(ホームズ)にも……」


 そこまで呟くと、のちのミリオンセラー作家は満足げな恍惚の表情を浮かべたまま、静かに糸の切れた人形のように崩れ落ち、深い昏睡の闇の中へと意識を沈めていったのだった。


「ドイル先生――っ!?」


 ソファーの影へと綺麗に頽れたマッスル騎士の散り様を前に、アリスが間の抜けた旋風で敵をゴミのように片付けながら絶叫する。

 そんな王女を尻目に――白は倒れたドイルの体に異常がないか触診し、それからのんびりとした声色で診断を告げた。


「ああ、大丈夫ですよ。ちょっと鳩尾を強打した影響でしょう。内臓の損壊には至っていないようです。伊達に鍛えてはいないようですね、さすがマッスル先生です」


 白のそのマッスル太鼓判(診断)を聞いて安心したのか、アリスはさらにその手元の宝剣ヴォーパルを爆速でブン回した。

 襲いかかる機械人形の残党を、まるでジャガイモの皮でも剥くかのような手際の良さで、サクサクサクサクと文字通りゴミのように切り刻んでいく。


 やがて、お輝ちゃんが放った『1号機関車』さながらの一突きにより、直線上の敵が派手な金属音を立てて跡形もなく木っ端微塵に粉砕され、周囲の床へと転がっていく。


 アリスが最後の一体の《ポーン》の真鍮アームを綺麗に叩き切ると、地下研究所(ラボ)の空間に、一瞬の、ひんやりとした静寂が訪れた。


 足元を埋め尽くすのは、焦げ付いたオイルを噴き出す無残な真鍮の残骸(スクラップ)の山。


 その静寂を破るように、ウィリアム・ガルの嗤い声が響く。


「グヒ、グヒヒ。さすがは王女デンカ! すンばらしい才能をお持ちですネ!」


 その濁った瞳は、不敬にもアリス王女を苗床を見るような目で、うっとりと眺める。


「その身体があれバ、あるいは最高の《クイーン》が造れるでしょうネェ――」


 ガコン。

      ガコン。


 ガルが、部屋の隅にある大きなレバーを押し倒す。


――ジリリリリリリ。


 シュー……、プシュー。


 キリ、キリキリキリkrkリrkリッ……。


 硝子管に満ちていた真っ黒な不凍液がゴボゴボと高圧で逆流し、水位が下がると同時に、内部の歪なギヤが耳を塞ぎたくなるような異音を立てて噛み合い始めた。

 オイルの海からせり上がってきたのは、幾人もの生身の身体を冷酷に引き裂き、無残に【壊して】きた、鈍い鈍色に光る長大な鉄の爪。それこそが、夜霧のホワイトチャペルを血で染め上げていた、正真正銘の怪物の全貌であった。


「ワガハイの最高傑作《ジャックハート》。――世間でハ《切り裂きジャック》などと呼ばれていたようですガ」


 ガル卿は、その濁った瞳でアリス王女をうっとりと見据えながら、最悪の『お披露目』を懃懃無礼に告げた。


「――次の獲物は、貴女デス、王女デンカ」

 ここまでお読みくださり、ありがとうございます。


 さて、今回はウィリアム・ガルが大量に製造したオートマタ《ポーン》との戦闘シーン。

 これだけ大量のオートマタを格納するだけの規模のラボが地下にあるのか?と考えたのですが、改めて考えなおしました。

 地下の下水道網を、そのまんま格納庫にしちゃえばいいじゃない!と。

 そんなわけで、研究ラボとしての規模はそのままに、オートマタはわんさかと出てきます。

 が、それをものともしないアリス王女と輝夜です。

 ドイル先生も活躍しますが、それ以上に今回見せたかったのは稲葉白の柔術。

 第3の事件あたりから考えていましたが、ようやくここでお披露目。

 そしてそこから、シャーロック・ホームズの戦闘術の《バリツ》が生まれるという流れにしました。


 オートマタの名前に《ポーン》とチェス、あるいは「不思議の国のアリス」をイメージしたので、アリス王女を《クイーン》に仕立て上げようとするマッドサイエンティストとの、最後の戦いです。


 どうぞお楽しみに! 評価やブクマ、感想などもいただけると、白先生に投げてもらえるかもしれません!

 飛ぶぜ(物理的に)

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