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『黒幕はマッドサイエンティスト!?――王家御用達もラクじゃない!』

「レディ、ここは私が開ける。そこで待――」


 通路の最深部。ドイルがランタンを高く掲げ、背後のアリス王女たちを片手で制して、その太い剛腕をそびえ立つ重厚なドアノブへとかけた、まさにその刹那であった。

 そこに立ちはだかっていたのは、並の人間が束になってもビクともしないであろう、十五フィート(約四・五メートル)もの高さを誇る、大仰極まりない鋼鉄製の観音開きの巨門。


「ええええい!」


 ――銀閃。


 ガラガラ、ズドーン!!


 ドイルの最高に格好いいマッスル騎士道(静止)が響き渡るよりもコンマ一秒早く、アリス王女の放った鋼鉄製の宝剣ヴォーパルによる一太刀。


 その十五フィートの鋼鉄巨門は、ドアノブを回される時間すら与えられぬまま、文字通り中央から綺麗に縦真っ二つへと両断され、大音響を立てて床の上へと崩れ落ちたのである。


「……。……。……レディ?」


 ドアノブの残骸を虚しく掴んだ姿勢のまま、ドイルは立派な口髭をガタガタと震わせ、ランタンの光のなかで呆然と直立不動した。のちの大物文豪の脳みそは、四・五メートルの巨門を紙切れのように消し去った、あまりにも不条理なパワーを前にして、秒速で思考停止したのだ。


「アリスくん。自分で言うのもなんですが、今回は文豪先生がせっかくの見せ場を披露しようとしていたというのに、十五フィートの巨門ごとスクラップにするのをおやめなさい。黒幕を見つける前に、先生のガラスのハートが砕け散ってしまいますよ。いけませんね」


「あ、あれ? またやりすぎちゃった!☆」


 アリス王女はツイードの鹿撃ち帽を抑えながら、てへぺロとばかりに可愛く首を傾げた。

 だが、そのポンコツな静寂を切り裂くようにして――物理破壊された巨門の向こう、闇の奥から、冷酷極まりない乾いた音が降ってきた。


 パチ、パチ、パチ。


「これはこれは、王女殿下におかれましてはァ――ご機嫌うるわしくゥ。……随分と遅い御成でございますネ!」


 無数の真鍮パイプと不気味な電信線のバックボーンがのたうち回る研究室らしき部屋の闇から、その男は、これ以上ないほど慇懃無礼な薄笑いを顔面に貼り付けながら、五人の前にぬるりと姿を現した。


「なにっ!? 王女殿下!?」


 その瞬間、十五フィートの巨門が真っ二つに裂けたことよりも強烈な衝撃が、ドイルの全身へと叩き込まれた。

 ドイルは掲げたランタンの手を震わせながら、白、輝夜、そしてアリス王女――と順番に見やり、何を思ったか「ふむ、ふう」とため息をついた。


「ああ、よりによって、彼女、彼女か――いや、なんでもないのだよ」


 ドイルは口髭の奥から深く、じっとりとした諦めのため息を地下の空気の中へと吐き出した。自分が一番『守るべき可憐なレディ』だと思って騎士(ナイト)を気取っていた相手が、まさかの本物の王女殿下であったという事実。

 そして同時に、これまで目の当たりにしてきたあの突飛な行動の全貌が、すべて【王室の血筋そのものが持つ、天然のポンコツぶり】として線で繋がってしまったのである。大英帝国の未来の明度はストップ安であった。


「おや。文豪先生。そこの青いの(アリスくん)が、自分で言うのもなんですが大英帝国の誇る最凶の脳筋プリンセスであることに今更気づくなど、あなたの作家としての観察眼もヤードのイヌどもと負けず劣らずストップ安ですよ。いけませんね」


「ふむ。ああ、なんとでも言ってくれ。――失敗するのは人の常だが、失敗を悟りて挽回できる者が偉大な――」


「貴方は、お祖母さまの主治医の、ウィリアム・ガル卿!? あなたがこの一連の事件の黒幕だったのね!」


 ドイルが胸板を張って言い切るよりも早く、硝煙(オイルの煙)の晴れゆく前方の暗闇の顔を見据えたアリス王女は、青い眼を限界まで見開いて、闇のなかの男を指差しながら絶叫した。

 王室の医療の中枢にいたはずの身内同然の男が、ロンドンの夜霧を血に染めていた最悪の怪物(切り裂きジャック)であったという凄惨なパズルが、プリンセスの脳内で電撃的に直結したのだ。


「ふむふむ。あれが、リデル嬢の言っていた『ガル卿』ですか。いけませんね」


 白は値踏みするように赤い目を細めた。そしてアリスの叫びによって確定した黒幕の正体を脳内へと完全に落とし込む。


 アリス王女に正体を暴かれた男――ウィリアム・ガル卿は、動じる風もなく、歪なギヤを軋ませるような不気味な笑みをその顔面に刻み込んだ。


「ぐふ。ようやくお気付きになられましたカ、王女デンカ。貴女サマがあちらこちらに偽の勅を出して出して出しまくってくれたオカゲで、ワガハイの計画も頓挫することなく、ここマデ辿りつけましたヨ」


 ガル卿は無数のパイプや配線が散らかる部屋の奥――その闇から一歩前へ踏み出すと、これ以上ないほど懃懃無礼に、大げさな【ボウ・アンド・スクレープ(最敬礼)】を決めてみせた。

 片足を後ろへ引き、冷たい石床をズルリと音を立てて擦りながら深々とお辞儀をするその男の姿は、アリス王女のこれまでのやらかし(戦犯)に対する、最悪の嘲笑と感謝のプロトコルであった。


「え……。あ、あれ……? 私の、偽の勅のせいで……?」


 男のその言葉と最悪のお辞儀を目の当たりにした瞬間、アリス王女は青い眼を見開いたまま完全にフリーズをキメた。

 そんな絶望する王女を愉しむかのように、ガル卿は自らの犯してきたあの猟奇的な凶行の【真の目的】を、さらにねっとりと語り始めたのである――。


「そうデスねェ……。まずはナニから話したモノでしょうカ。――きっかけはクリミア戦争だったかもしれませんネ。あるいは第二次アフガン戦争だったカ」


 男の口から紡ぎ出されたのは、かつて大英帝国がその覇権のために膨大な自国民の血を流し、消費し尽くした戦火の記憶であった。

 ガル卿は濁った瞳の奥に狂気の熱を宿らせながら、薄暗い研究所の闇の中へ、自らの大義名分をさらに深く垂れ流していく。


「《大いなるゲヱム(グレート・ゲーム)》に、国民の命が損なわれることニ、ワガハイはとてもとても心痛したのデス」


 胸元にその白く細い指を当て、ガル卿はさも聖職者のように深く、自由の利かぬ細い声をねっとりと歪ませた。

 大英帝国が世界中で戦火を拡大し、自国民の命をいくらでも代えの利く歯車として消費し続けている――その生き地獄のような歴史を目の当たりにし続けてきたからこそ、男の脳内にある狂気の数理が完全に駆動してしまったのだ。


「そこでワガハイは考えましタ! 鋼鉄の肌に爪、そして真鍮の歯車(ギア)を組み込んだ自動人形(オートマタ)――それを主力として戦場に送りこめバ、国民を消費することなどナイ! ということヲ」


「お祖母さまは、そんなことを望んでなどいないわ! 我々も、お兄様も、【大英帝国の王家(ロイヤル)】がそんなものは望んでないのっ!」


 アリス王女はそれまでのフリーズを吹き飛ばすようにして、青い眼を激しい怒りの炎で燃え上がらせ、闇のなかの男へ向かって真っ正面から叫び返した。

 市井の女性たちを解体して臓器を集める凄惨な狂行を「国のため」と言い張る男の欺瞞が、英国王女としての誇りを最高速で燃え上がらせたのだ。


「ぐふふ……。望んでいようがいまいが、現実の戦火は国民を消費し続けているのだヨ、お気楽な王女デンカ。――残念ですねェ、せっかく王家にもご理解いただキ、貴女の勅(偽)を以てしてでも合法化に持っていきたかったのですガ……こうなっては仕方ありませんネ」


  狂人は、それまで顔に張り付けていた慇懃無礼な笑みを消す。代わりに、猟奇的な殺人者としての、凄惨な笑みへと変貌させた。


「知られた以上、ここで消えてもらいマス。――さァて、それではワガハイが一生懸命、ホワイトチャペルでかき集めた娼婦どもの腸を使って生み出した量産オートマタ《ポーン》。その物量作戦に果たして――」


――パチン。


「耐えられるかニィ?」


 ガル卿が指を鳴らした次の瞬間――!


ギギギギギ、カリカリカリッ!シュー、フシューッ!――バキッバキバキッ!!


 部屋の奥から無数の蒸気機関の排気音を響かせ、けたたましいばかりの駆動音が重奏となって炸裂した――!!

 ここまでお読みいただきありがとうございました!


 ついに姿を現した黒幕の男。

 アリス王女の叫びによって、その正体がウィリアム・ガル卿であることが看破されました。

 やりすぎた気もしますが、後悔はしていない(自重はしないけど自嘲はします)。


 ――というわけで、ここからは1858年のテムズ川よろしく、ガル卿のリアルな出自と、作中に出てきた歴史用語についての薀蓄(インク)を簡潔に垂れ流させてください。


 本作の黒幕であるウィリアム・ガル卿(1816-1890)は、フィクションの創作ではなく、実在した大英帝国の高名な医師です。ヴィクトリア女王の主治医を務め、皇太子の重病を治した功績で男爵の位を授かるなど、まさに王室の中枢にいた人物でした。

 後世、だいたい1960年ごろから1970年ごろに、ジャック事件研究において「英国王室のスキャンダルを隠蔽するために暗躍した、切り裂きジャックの真の黒幕」として最も有名かつ最有力視されてきた、歴史ミステリー界の超大物でもあります。


 そして彼が口にした《大いなるゲヱム(グレート・ゲーム)》。

 これは19世紀、大英帝国とロシア帝国が中央アジアの覇権を巡って繰り広げた、史上名高い「影の代理戦争(秘密外交戦)」を指す言葉です。

 アフガン戦役などを舞台に、表に出ないスパイや謀略が飛び交い、多くの名もなき自国民の命が外交のチェスの駒(ポーン)として使い捨てられていきました。

 自分のやらかし(偽の勅令)を合法化の道具にされかけ、大英帝国の王家としての誇りを爆発させたアリス王女ですが、ガル卿の歪んだ救国思想は、まさにこの帝国の不条理な歴史の深淵から生み出されたものだったわけです。


 どうぞお楽しみに! 評価やブクマ、感想などもいただけると、アリス王女が宝剣ヴォーパルを振り回して追いかけてくるかもしれません!

 逃げてーーーーッ!超逃げてーーーーッッ!!

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