『特務機関《ヴォーパル・バニー》結成!……って、引きこもりにポンコツバニーですって!?』
「それでねっ、それでねっ!会ったのよ!――あの《ランプの貴婦人》にっ!!」
身振り手振りを交えつつ、興奮気味にまくし立てる少女。
ユーストンの爆破事件の現場で、ナイチンゲールやアバーラインと会話していた、青いエプロンドレスの少女だ。
――場所は変わって、ロンドンはランベス区にある煉瓦造りの建物の一室。
室内には木箱がいくつか無造作に置かれていて、まるで引っ越してきたばかりの様子が覗える。部屋の中央に長テーブルが置かれ、その上にはロンドンの地図が拡げられている。そのテーブルを囲むように4人の人影。彼女の他に3人が椅子に座っていた。
一人は黒髪のおかっぱ頭の少女。髪だけでなく瞳の色も黒い。ゴスロリ調の黒いドレスを纏い、全身黒ずくめだ。
別の一人は軽くウェーブの掛かった金髪の成人女性。豊満な胸に引き締まったウエスト。
何よりも奇抜なのは、ビスチェにも似た服と、頭に載せたウサギ耳のカチューシャが、彼女の存在を奇抜なものにしている。未来ではバニーガールと呼ばれる格好。
さらにもう一人に至っては、ウサギの着ぐるみだ。もはや人のシルエットですらない。
中に入っているのは人ではあるだろうが、男性なのか女性なのか、子供なのか成人なのかすら解らない。
未だナイチンゲールとの邂逅をハイテンションで伝えてくる少女に、黒髪のゴスロリ少女は辟易していた。
「……はぁ。――それで? 爆破事件の現場の調査の結果は、どうだったの?」
ため息を一つついてから、吐き捨てるように言う。
「はえ?爆破事件?崩落事故じゃないの?」
呑気な返事に、また一つため息が出る。
「爆破事件だよ。看護婦の仕事の見学しに行かせたつもりはないんだけど?」
「そ、それは……あは、あははは……」
アリスは視線をキョロキョロと泳がせ、誤魔化すようにふー、ふー、と口笛を吹く。
――いや、吹けてない。
「で、青いのは使えないから置いといて。ミス・マーチは何か解った?」
ゴスロリ少女はバニーガールの方に目を向ける。
「ちょっと!青いのって何よ!私にはアリスって名前があるの!」
エプロンドレスの少女が抗議の声を上げる。
「知ってるよ。そして不本意なことに、僕の名前もアリスだ」
黒いゴスロリドレスのアリス(リデル)は、手元のティーカップをソーサーにコトリ、と置いて、唾棄するように言う。
「だから、名前では呼びたくないんだ。解った?青いの?」
「じゃあ、私は貴女のことアーちゃんって呼ぶね!」
「で、君のことはなんと呼べ、と?」
「……う~ん、う~ん……やっぱり、アーちゃん?」
駄目だコイツ早くなんとかしないと。
無視することにした。
「で、ミス・マーチ。現場での調査はどうだった?」
「――! ……ってませんんん」
「――は?」
「行ってません!ごごごごごめんなさいああああああアタシ血とか苦手でえええええ!!」
マーチ・ヘアは頭のウサギ耳をペコンと完全に折り曲げ、両手で顔を覆って絶叫した。
アリス(リデル)は力が抜ける思いがした。ここのスタッフは馬鹿ばかりなのか。
ウサギの着ぐるみが紙にペンを走らせる。着ぐるみなのに異様に器用だ。
書いたメモを、モフモフとした大きなウサギの手で器用に千切り、アリス(リデル)に渡す。
『現場の死者は3名。テロの実行犯と思われる人物と現場監督のトーマス・マッケイ、そして身元不明の死体がもう1名。重軽傷者は多数。ほとんどが聖トーマス病院に運ばれた模様。爆破はニトログリセリンによるものと断定していい。量は瓶3本ほど。現場に遺された東国の木札により、ヤードは東国の国費留学生「キンノスケ・ナツメ」を容疑者としてスピード逮捕』
「さすがだねピーター。――そうか、被疑者死亡の爆破現場に、タイミングよく東国の証拠(木札)が落ちていて、容疑者がスピード逮捕、ね。ヤードの無能どもはトカゲの尻尾を掴んで満足しているようだけど、話が出来すぎている。まるで最初から『東国(日本)を犯人にしたい誰か』が裏で筋書きを書いているかのようだね。これは根が深そうだ」
ピーターは失語症で言葉を話すことはできないが、こうして筆談でも十分コミュニケーションは取れる。言葉を話せてもコミュニケーションが取れない誰かさんとは大違いだ。
「ピーちゃんあそこにいたの?!気づかなかった!こんなウサギがいれば絶対気づくのに!」
アリスが驚いたように言う。
「そりゃ、こんな格好してたら目立つだろう。外に出るときは着ぐるみじゃないだろうよ。――たぶん」
「どんな顔なの?私、気になるわ!」
「あまり詮索するんじゃない。――好奇心、ネコを殺す、だ」
アリス(リデル)がアリスを窘める。
ピーターと呼ばれた着ぐるみは更にメモを書く。
『スコットランドヤードは、共産党員の線で追う方針らしい』
「共産党?――ああ、マルクスとかいうプロイセンの学者さん絡みか。まあ、妥当なところだろうね」
カール・マルクスといえば、イギリスに来る前は各国で革命と称した暴動を起こし、ベルギーでも逮捕されているし祖国プロイセンも追われている。
ここイギリスに亡命はしてきたが、スコットランドヤードも要注意人物として警戒しているのだろう。
「さて、どう接触していったものかな』
アリス(リデル)は独りごちた。
「あのぉ……」
お説教の嵐が去ったのを見計らい、ミス・マーチがおそるおそる手を上げる。
「……何?」
「これってぇ、私たちが調べる必要、あるんでしょうかぁ?警察が調べてるんならぁ、そっちに任せたほうがいい気もするんですけどぉ……」
マーチ・ヘアは、頭のウサギ耳をペコンと情けなく折り曲げながら、上目遣いで提案した。現場の凄惨さを思い出したのか、その肩はわずかに震えている。
「ダメよ!私たちは、女王陛下の勅命で集められた機関なの!」
すかさずアリスが、テーブルの地図をバシッと叩いて胸を張った。
「女王陛下と言っても代行だけどね」
「代行でも、勅命は勅命でしょ?」
「ふん。代行は代行だね。勅命だなんて、烏滸がましいとさえ思うよ」
「そういうものかなぁ」
「そういうものさ。ともあれ、我々女王陛下の特務機関が結成されて初の任務だ。これを失敗したら格好がつかないからね。各自、肝に銘じて任に当たって欲しい」
アリス(リデル)はそう締めると、その後の捜査方針の指示を始める。
アリスは聖トーマス病院に行き、被害者から情報を聞き出す。
ユーストンでの失態があるために不安要素は残るが、ナイチンゲールと接触した関係から「見舞いに来た」という態を装えば誤魔化せるだろう、と判断した。
「それからピーター。君にはカール・マルクスの張り込みをお願いしたい」
アリス(リデル)の言葉に、ウサギの着ぐるみの長い耳がぴくりと動く。
「すでにヤードの警官たちが動いている可能性がある。直接の接触は避けて、遠くから様子を探ってほしいんだ」
着ぐるみは深く大きな頭を一つ、コクリと縦に揺らした。耳はバッチリ聞こえているのだ。
ミス・マーチの方針についてはかなり難航した。
娼婦として共産党関係者に接触して探りを入れられれば、というアリス(リデル)の方針にミス・マーチは全力で反対したのだ。
「――そんな娼婦みたいな格好していて、何を今更」
「アタシ、男の人とか苦手でぇ……」
「なにそれ。――ミス・マーチではなくミスマッチに改名したほうが良くない?」
「酷いですぅ!横暴ですぅ!」
擦った揉んだの挙げ句、パブの従業員として接触を図る、というところに落ち着いた。
「それで、アーちゃんはどこに調査に行くの?」
「僕はここに残るが?」
「聞き込みにはぁ、行かないんですかぁ?」
マーチが「不公平ですぅ!」と言わんばかりにジト目を向ける。
「僕は、君たちが見聞きしてきた物をまとめるのが担当だ。そもそも、外に出るのは好きではないんだ」
「アーちゃんってもしかして――、お部屋の守護神?」
「断じて出不精などではないぞ! ――まったく。さっさと調査に行きたまえ」
「はぁい」
「ふえぇ、どうしてもやらなきゃいけないんですかぁ……」
「……。」
それぞれ別の反応を示しつつ、調査へと向かう。
アリス(リデル)は独り室内に残る。
推理するにしても、まだまだ判断材料が少なすぎる。
まずは彼らの調査を待つだけだ。
テーブルに拡げられたロンドン市内の地図をただ睨むのだった。
ついに出ました、
特務機関!!
全員がウサギモチーフという基準で考えています。
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