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『お忍び王女の現場特攻と、ランプの貴婦人との運命の出会い』

 工事現場の爆破事件の通報を受け、ロンドン警視庁のアバーライン巡査が現場に到着した時、そこは阿鼻叫喚の地獄絵図だった。


 足場は爆破の影響で火の手が回っており、いち早く駆けつけていた消防隊が馬車に取り付けられたタンクから放水して消火活動を始めている。

 辺りには爆破や、二次災害となる崩落で負傷した人が倒れており、そこかしこでうめき声が聞こえてくる。


 ワンピースに白いエプロン、白い帽子を被った女性たちが救護に当たっていた。


「いいですか。まだ不慣れなのは承知しています。しかし、私が教えたことを落ち着いて実践すれば、助けられる人は増えます!」


 女性の一人が、彼女たちにテキパキと指示を出しつつ自身も救護活動を展開していた。

 アバーラインはその女性に声をかける。


「失礼。ロンドン警視庁の者ですが……」


「――申し訳ありませんが、救護を優先させてもらいます。捜査は後にしてください」


 彼女は救護の手を休めることもアバーラインに一瞥(いちべつ)をくれることすらなく、そう返事する。会話する時間すら惜しい、といった様子だ。


「ずいぶんと……慣れてらっしゃるのですね」


「クリミア戦争の時に比べれば――いえ、戦場だろうとそうでなかろうと、怪我人であることには変わりありませんでしたね。――初動での適切な処置が命を救うのです。だからこそ、手早く行う訓練を続けるのですよ」


 一人の救護を終えるとまた次の怪我人に移る。アバーラインはそれに付き従うだけの道化のようだった。


「クリミア戦争……もしや貴女は《クリミアの天使》……ナイチンゲール女史!?」


 《クリミアの天使》と呼ばれた時に、彼女はわずかに眉を顰(ひそ)めるが、それも一瞬のことだった。

「ええ、確かに私はナイチンゲールです。……《天使》かどうかは知りませんけどね」


 ああやはり!まさかこんなところで、あのクリミアの英雄と会えるとは!

 感動しているアバーラインに、声をかける者がいた。


「――お巡りさん、お巡りさん?何かあったの?」


 声がするほうを見れば、一人の少女が不安そうな顔で辺りを見回していた。


 長いブロンドの髪に青い瞳。その瞳に合わせるように青いエプロンドレスの少女。

 こちらも天使のような愛らしい容姿だった。


 ――だが、アバーラインの刑事としての鋭い目が、少女のある違和感を捉えた。


 こんな泥にまみれた工事現場に似つかわしくない、あまりにも仕立ての良い外套(マント)。そしてそれを、何か大切な“重い平たいもの”を隠すように、不自然に羽織っている。ただの迷子にしては、その佇まいに奇妙な気品があった。


 ピカデリー・サーカスやコヴェント・ガーデンでよく目にする貴族の娘にも見える。少なくとも、このような場所にいることに違和感を覚える。


「お嬢さん。ここは工事現場が崩落してね。危ないから近寄っちゃ駄目ですよ」


「でも、あのご婦人がたはいいの?」


 少女はナイチンゲールら看護婦を見てアバーラインに詰める。


「あの方は、ナイチンゲール女史と、その教え子の看護婦ですよ」


「まぁ!《ランプの貴婦人》!!」

 

 少女の目がパアッと明るくなる。貴族の少女にとっては、やはりナイチンゲールは憧憬の的なのだろう。

 パタパタとドレスの裾を揺らしながらナイチンゲールに近寄る。


「あの、あのっ!な、なにかお手伝い、できませんかっ!」

 

 ナイチンゲールは少女を一瞥するが、すぐに視線を負傷者へと戻す。


「――看護婦の仕事は、付け焼き刃で出来るものではありません。今のところ、手伝えるようなことはありません」


 ナイチンゲールは厳格な言葉で返す。


「……ですが」


 今、目の前の負傷者を見て、ナイチンゲールは続ける。


「出来るなら、この方の手を握っていて差しあげて」


 その負傷者の傷は深い。胸が潰れたのか、口からは泡を吹き、喉からはヒューヒューと苦しそうな音が聞こえる。アバーラインの目にも、その者がもう助からないだろう、と気づいた。


「……大丈夫。大丈夫ですよ。よく、頑張りましたね」


 ナイチンゲールの声が、アバーラインや少女に向けられた言葉と打って変わって、慈愛に満ちたものに変わる。その声に、先ほどまで苦しそうだった男の顔がだんだんと安らかなものに変化していき……。


――そして、息を引き取った。


「……この者の魂が安らかならんことを(Rest In Peace.)」

 

 ナイチンゲールはしばらく手を握っていたが、まだ助けるべき人がいるとばかりに顔を上げる。


「――アバーラインさん。この方をお願いします。捜査や現場検証は私たちの仕事が終わってからにしてください。それと、お嬢さん。もし、貴女に覚悟があるのなら、私の看護学校においでなさい。そこで看護について学べば、多少の手伝いになるかもしれません」


 そういうと、ナイチンゲールはまた負傷者のうめき声へと向かっていく。


 クリミアの天使は、戦場から離れてなお、医療の現場で戦う天使だった。


 アバーラインの隣で佇(たたず)む天使のような容姿の少女にも、同じように映っただろうか。

ここまでお読みいただき、ありがとうございます!

第1話に続き、第2話までを公開いたします。


以降は、一日1本を目指して、20時に投稿していこうと考えています。

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