『地下鉄工事現場の爆発事故。――いえ、これは絶対に事件よ!』
ゴーン――。
ゴーン――。
セントジェームス教会の、正午を知らせる鐘の音だ。
トーマス・マッケイは休憩の号令を出す。徐々に夏へと向かう5月の陽気は、体を汗で濡らす。
ここロンドンの空はいつも薄く雲がかかっており、太陽も輪郭がはっきりしない。
それでも、日差しの暑さは体を火照らせる。土木作業をしていれば尚更だった。
トーマスの声に、所々で作業をしていた男達が鶴嘴やショベルから手を離し、ある者はその場で座り込み、ある者は日陰を目指す。
俺たちの仕事は、メトロポリタン鉄道の為の開削工事。なんでも、地下に鉄道を走らせるなどという、考えたヤツは頭おかしいんじゃないか?と小一時間問い詰めたくなるような計画だ。
西はパディントンから、ここユーストンを通過しキングスクロスまでを開削する。そこからはトンネルを掘ってファリンドンまでを繋ぐ。
――やはり、正気の沙汰とは思えない。
そもそもがこの開削工事こそが問題だ。
人の家の庭を勝手にゴリゴリと穴を掘り、鉄道を走らせる為の空間を煉瓦で作って、その上からまた埋め直す。
実際、そこかしこで住民から非難の声が続出していた。ユーストンも例外ではない。
もっとも、被害にあった住民への補償は発案者とこれを通した議会のお偉いさん方が上手いことやってくれるようだ。
俺たち労働者にも、食いっぱぐれない程度には手当がもらえる。
世界初の地下鉄だかなんだか知らないが、金が貰えさえすればどうでもいい。
――とはいえ、トーマスは正直焦っていた。
作業工程が予定よりも遅れている。
もともと下水道の敷設工事に携わったことがあった縁で、この工事では現場主任などという大層な身分を与えられたが、その実責任を押しつけられただけに過ぎない。
この遅れで責任追及されて手当の出し渋りなどされては適わない。
家賃の支払いが遅れて追い出されたら、救貧院のお世話になるしかない。棺の中で眠るなど、死人そのものではないか。
何が大英帝国だ。何が“日の沈まぬ国”だ。
偉そうにふんぞり返っている貴族様は何もしないでも暮らしていけるのに、俺たち労働者は腐りかけた蒸かし芋と饐えた豆スープで飢えをしのいでいる。
そもそも、俺たち労働者あっての貴族様だろうが。
そこまで考えて、自分の思考は先日同僚に連れられて行った、学者の講演会に影響されているな、と思い至る。
ドイツ人の学者で、カールといったかマールといったか――確かそんな名前だったはずだ。
どうにも胡散臭いというか、彼の講演を聴く連中も、何かに取り憑かれたかのように熱狂して叫び、暴れていた。
どこか醒めた目で見ていたつもりでいたが、自分も無自覚のうちに影響されていたようだ。
頭を振って、味のしないジャガイモと饐えて酸っぱくなったスープを飲み干す。
さて、そろそろ作業を再開しないと、遅れを取り戻せない。
「おい、そろそろ作業再開――」
するぞ、と言いかけたトーマスの目の端に、不審な人影が見えた。
――あんなヤツ、この現場にいたか?
日陰の隅で休むならまだ解る。
日差しではなく人目を避けるようにコソコソと動くそいつが手にするガラス瓶を見てギョッとする。
――ニトログリセリン。
爆薬だ。
「おい、お前!そこでなにを――」
――トーマスが呼び止めようとしたその瞬間、視界が眩く閃き。
トーマスの意識はそこで途絶えた。
ここまで読んでくださり、ありがとうございます!
他の作品は日本を舞台とし、神社や日本の文化に根付いた物語をベースにしてきましたが、こちらはガラッと変えて、19世紀イギリスを舞台にした活劇にしようと思っています。




