↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
23/45

『安楽椅子探偵の名推理!犯人はアイツだ!』

『親愛なるボスへ

 警察が私を捕まえたという話をよく聞くが、私を捕まえられないだろう。

 賢しげに捜査は順調に進んでいるなどと話しているのを聞くと笑えてくるよ。「革のエプロン」についてのジョークには心底笑わせてもらった。

(中略)

 私のナイフはすごく切れ味がいいから、機会があればすぐにでも仕事に取り掛かりたい。幸運を祈るよ。


 敬具(Yours truly)

 切り裂きジャックより


 追伸、私の通り名を使うのは気にしないでくれ』



「ふん。随分と不遜な――そして幼稚な手紙だね。こんな挑発的な内容で、スコットランドヤードをあざ笑っているわけだね」


 ランベスのアジト。

 ヤードに届いたとされる「親愛なるボスへの手紙」の写しを読み終えたアリス・リデルは、紫と緑のオッドアイの瞳を細めて独りごちる。


 新聞に掲載されるよりも早く、ヤードの内部電信をハッキングして手に入れたその文章は、インクの匂いすら生々しい。


「……全く。スコットランドヤードのセキュリティは、この子の手際よい工作(スリ盗り)の前に飴細工並みにガバガバだったね」


 アーちゃんがやれやれと視線を向けた先では、巨大なウサギの着ぐるみ――ピーターの姿があった。


 アジトでは着ぐるみ姿のピーターは、ひとたびその着ぐるみを脱げば、ロンドンの闇に溶け込む孤児の姿となり、影から影へと移動してヤード内部に潜入。そして時に情報を盗み取ってきているのだ。


 アリス・リデルは簡単そうに言うが、実際は相当苦労したことだろう。

 アジトに戻って着ぐるみ姿に戻った後は、こうして大きな頭をこっくり、こっくりと船を漕いでいた。


「それにしても、ここの茶葉は特に美味しいですねぇ。何処で仕入れているのか、知りたいものです」


 白は自分で淹れたばかりのアールグレイに口を付けると、ルビーの瞳を実におかしそうに細めて、のんびりと呟いた。


「これは、間違いなくF(フォートナム)&M(メイソン)だろうね」


 アリス・リデルが冷めた紅茶のカップをソーサーに戻し、絶対的な確信を持って静かに応じる。血生臭い犯行声明を前にしてなお、彼女たちの優雅なお茶会の時間が狂うことはない。


 白はパカッと銀の懐中時計を閉じると、再びルビーの瞳を冷酷に細め、パズルの解剖へと静かに意識を戻した。


「――しかし、このような稚拙な手紙でも、倫敦市民の恐怖心を煽るには十分な内容だとも言えますね。知なき者を動かすには、恐怖心を煽るのが最も有効な手段。それは何処の国でも事情は一緒のようで」


「分かっているさ、白。このパズルを仕組んでいる黒幕の目的は、単なる猟奇殺人じゃない。……ヤードを、ひいては大英帝国の治安回路を完全に麻痺させることだ。……もっとも、その『黒幕』の正体についてだけどね」


 アリス・リデルは冷めた紅茶のカップをソーサーに置くと、紫と緑のオッドアイをギラリと細め、ニヒルな笑みをその唇の端に浮かべた。


「先日の、コナン・ドイル氏のプロファイル(実証推理)を元に考察してみると、該当する人物が一人だけ浮上はした」


「ほう? 大英帝国の誇る王室の機械油を使いこなし、人間の限界を超えた正確な切開技術を持つ、最高峰の外科医(マッドサイエンティスト)ですか」


 アリス・リデルは、電信機が吐き出し続けてきた、容疑者リストの紙テープ(チップ)の山を、つまらなそうに指先で弾いた。

 それは、ヤードの迷走の極みの産物、ただのノイズに過ぎない。


 ヤードがどれほどドタバタと走り回ろうと、それは闇雲に迷走するだけ。

 断片的な事象から、必要な情報を抽出すれば、この煉瓦造りの建物の中で、紅茶を啜りながらでも答えにはたどり着けるのだ。


 アリス・リデルはその冷徹な唇から、真の正解をぽつりと紡ぎ出した。


「ウィリアム・ウィジー・ガル。ヴィクトリア女王の侍医(じい)だよ」


 女王陛下の主治医にして、大英帝国の医学界の頂点。

 その名が作戦室の静寂に落ちた瞬間、白先生のルビーの瞳が、冷徹に研ぎ澄まされた知性を伴なって光る。


「なるほど……。パズルの難易度が、一気に大英帝国の最高権力の闇へとシフトしましたね。いけませんね。ヤードの連中が闇雲に迷走させられていたのも、そのガルの手のひらの上だったというわけですか」


「ああ。あの青いの(アリス王女)が面白半分に捏造しまくったあの偽勅。アレもおそらく、ガルの知るところだろうね。それをまんまと利用されてしまった、というわけさ」


 アリス・リデルは冷めた紅茶のカップをソーサーに戻すと、紫と緑のオッドアイをすっと細め、不敵な笑みをその唇の端に浮かべた。


「この際だ。青いの(アリス王女)には、自分の蒔いた厄介の種は、自分自身で狩り(・・)取ってもらうことにしよう」


 ◇


 昼間であっても煤煙のせいでランタンの光が欠かせない、暗黒の街ホワイトチャペル。

 深夜を過ぎたスラムの路地裏は、数少ないガス街灯の光すら深い夜霧に遮られ、文字通り『一寸先も見えない本物の闇』が広がっていた。


 その不穏な静寂のなかを、コツ、コツ、と四人の足音が石畳に響く。


「時に淑女がた(レディ)。――その、悪目立ちする大荷物は、どうにかならないものだろうか?」


 先頭を歩く輝夜の背中を見つめながら、コナン・ドイルはやれやれと肩をすくめて立派な口髭を揺らした。


 霧の奥からぼんやりと届くガス街灯の鈍い光の下、彼女が背負う巨大な《御手杵》の『熊毛の鞘』――その漆黒の毛皮で覆われた棍棒のごとき異形のシルエット。

 それが、暗闇の中でこれ以上ないほど不気味に、そして圧倒的な違和感(悪目立ち)を放って浮かび上がっていたのである。

 お忍びの気配など、最初から1ミリも存在していなかった。


「もー! ドイル先生、何を言っているのよ! これぞ名探偵のファンサービス(囮)に決まっているじゃない! こうやって大きな道具を持っていれば、夜目にも目立つでしょう!? そうすると夜霧の凶悪犯(ジャック)のほうから『うわぁ、なんだか凄く目立つ獲物が歩いてるぞ!』っておびき寄せられてくる計算なのよ!」


 ふんす! とない胸を張り、アリス王女が根拠の乏しい理屈を吐き出す。


「ふむ? ファンサ? いやしかし、淑女が言うからには……そう、なのか?」


 コナン・ドイルは混乱した!

 彼が生来から持ち合わせる騎士道精神が災いし、目の前の金髪のレディがこれほど自信満々に言い放つからには、何か自分には理解できない高度な計算があるのではと、大物文豪の脳細胞は完全にバグを起こしていた。


「……はぁ。ただでさえ筋肉に埋め尽くされていて末期的だったのに、その脳細胞はついにアリスくんのノンセンスな狂気に毒されてしまいましたか。いけませんね」


 白衣のポケットに手を突っ込んだまま、泥濘(ぬかるみ)を優雅に避けて歩く白は、つまらなそうにぼそりと呟いた。


「うぐっ、東国のドクター、君のツッコミは、私のマッスル(ボクシング)よりも容赦なく私の胃壁を抉ってくるのだがね……」


 紳士が本気で胃を押さえてタジタジになった、まさにその刹那だった。


――ギチギチギチギチギチッ!!!


 深い夜霧の奥から。

 朝の現場で耳にした音と全く同じ、いや――それを遥かに凌駕する出力を放つ、冷たいゼンマイの逆回転音が不気味に響き渡った。

 第23話をお読みいただき、ありがとうございます。

 今回の冒頭部分、実際に切り裂きジャックがセントラル・ニュース・エージェンシーに対して送った有名な書簡「親愛なるボスへ」から引用しました。


 そしてついに、安楽椅子探偵のアリス・リデルの口から、真犯人らしき名前が出てきました。

 切り裂きジャックの犯人については、深い闇に包まれており、いまだに色々な説が飛び交っています。

 アリス王女の偽勅によって、図らずも王室陰謀論を補強してしまった作者なわけですが、いっそのことそれを逆手にとって、実際に王室陰謀論からの犯人をでっち上げてしまえ!となりました。いかがでしょうか?(ふんす!)


 さて、ホワイトチャペルの連続殺人事件、切り裂きジャックが関係しているとされるのは5人(カノニカル・ファイブ)ですが、3人目4人目の被害者が出る頃でしょうか。


 次回、第23話(第2章10話)。

 ついに同じ夜に二人が狙われる、ジャック事件最大の修羅場『ダブル・イベント(第3・第4の事件)』の電撃防衛戦が幕を開ける!

 ドイル先生の英国マッスルボクシング拳と、輝夜の天下名槍(手加減)が、そしてアリス王女の宝剣が夜霧を切り裂きます!

 どうぞお楽しみに!

 評価やブクマ、感想などもいただけると、白先生が赤い眼を細めて、罵ってくれる(ご褒美)かもしれません!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。