『ヤード大迷走!――お嬢様の名槍、自警団をザマァする』
ジョン・バイザー、通称『レザー・エプロン』の誤認逮捕。
続く、ナイフを持っていただけのドイツ人、チャールズ・ルドウィグの誤認逮捕。
市民やマスコミから「無能」と叩かれまくったスコットランドヤードの迷走は、ハンベリー・ストリート近くの理髪師、ジョージ・チャップマンをジャックの真犯人として大々的に誤認逮捕したことで、確定的にその無能っぷりが白日の下に露呈する結果となった。
「……哀れなものだね。ヤードの無能な同僚たちが大ポカを連発して自爆するたびに、アリスの偽勅(王室隠蔽指令)を一人で背負い込んでいるアバーライン警部補の『胃』が、今度こそ完全に消滅しているよ」
ランベス区の煉瓦造りのアジト。
アーちゃんことアリス・リデルは、ヤードから直に引き込んだ暗号電信の紙をトントンと机に叩きながら、紫と緑のオッドアイを冷たく細めた。
「警察があまりにもアテにならないものだから、東エンドの商人や住民たちがブチ切れてね。自衛のために『ホワイトチャペル自警団』を立ち上げたそうだ。……そして、青いの。ヤードを見限ったその自警団のトップが、公式の警察より確実に事件を解決できる『外部探偵』を募集しているよ。指定の場所はホワイトチャペルにある彼らの詰所だ。お忍びの準備はいいかい?」
「お任せあれよアーちゃん! ヴォーパル・バニー、自警団の特別顧問探偵を目指して、夜明けのホワイトチャペルへ出張特コウ(特攻)よ!」
金髪の王女アリスがツイードの鹿撃ち帽をふんす、と抑え、インバネスコートの裾を翻す。その腰には宝剣ヴォーパルを鞘に納め、非常事態に備えていた。
そんなお転婆王女のすぐ後ろで、東国の着物姿の黒髪の美少女――松平輝夜が、愛おしそうに稲葉白の手元を見つめながら、上品に長い袖を口元に当てて微笑んだ。
「他ならぬ愛しき白の頼みとあらば、妾も協力するにやぶさかではないのじゃ」
「私の貞操の危機を感じなくもありませんが、輝夜様の武勇だけは信頼できますからね。……武勇だけは」
白はパチッと銀の懐中時計を閉じると、ルビーの瞳にこれでもかと明らかな『辟易』の二文字を浮かべ、一歩だけ静かに横へと体をかわした。
熱烈すぎるお姫様の視線(百合圧)を涼しい顔でスルーしつつも、彼女はハァと小さくため息を吐き、そのまま白衣のポケットに懐中時計ごと手を突っ込む。
こうして、アジトの秘密を完璧に守ったまま、お忍びのインバネスコート姿のアリス王女と、背中に巨大な『熊毛の鞘』を堂々と背負った着物姿の輝夜、そこでため息を吐く白先生の三人は、夜明けのホワイトチャペルへと出陣していくのだった。
◇
ホワイトチャペルの薄暗い路地裏に建つ、即席の『ホワイトチャペル自警団』の詰所。
部屋の内部には、ジョージ・ラスクを筆頭とする、肉屋や職人あがりのいかつい大柄な荒くれ者たちがたむろし、不穏な熱気を放っていた。
そこへドアを開けて、お忍びのインバネスコート姿のアリス王女とお輝ちゃんが足を踏み入れた瞬間、男たちは机をドン!と叩いて鼻で笑った。
「おいおいおい! ヤードの無能どもより凄腕の探偵がハロー(応募)してきたと聞いて待ってみれば、こんなちんまりとした小娘どもに何ができるってんだ! 舐めるなよ!」
部屋の奥から、とりわけガタイのいい肉屋あがりの荒くれ者が、威嚇の声を上げながらノシノシと歩み出てきた。
「あら? やってみる?」
アリス王女がこれでもかと青い瞳を輝かせ、不敵で最高に愛らしい笑みを浮かべる。
王女の腰の【宝剣ヴォーパル】が鞘の奥でジャキリ、と鋭い鉄の音を立てた。
「ンだと、ゴルァっ!」
アリスの不遜な一言(挑発)にキレた男が、その汚れた大きな手のひらをアリス王女の肩へと乱暴に伸ばし、力ずくで部屋からつまみ出そうと突進してきた――まさに、その刹那だった。
――アリスが剣を抜くよりも疾く、彼女の背後からすっと前に出た輝夜が動く。
大好きな白先生や王女殿下に、大英帝国の荒くれ者の薄汚い手が触れることなど、この熱烈な姫君が許すはずもなかったのである。
輝夜は背中に背負った自身の背丈を遥かに超える長槍――『名槍・御手杵』を、あえてその黒々とした重厚な【熊毛の鞘を被せたまま】電光石火の速度で一閃させた。
「――まだ未遂ゆえ、手加減はしてやるのじゃ」
冷徹な宣告と共に。
――男の手がアリスの衣服に触れるよりも速く、棍棒もかくやという質量の『熊毛の鞘』が、猛烈な風切り音を置き去りにして男の横面へと叩き込まれた。
バコォォォーーン!!!
「ぶふぇっ!?」
まともな打撃音と共に、体重100キロ近い肉屋の大男が、まるで玩具のピンのように横にキリモミ回転しながら吹き飛んだ。
そのまま石畳の上をゴロゴロゴロッと転がっていき、煉瓦造りの壁にぶつかってようやく停止した。
正当防衛として放たれたあまりの物理の衝撃波だけで、部屋にいた他の荒くれ者たちの帽子が綺麗に後ろへと吹き飛んでいく。
静まり返る詰所のなか、巨大なもふもふの鞘を片手で軽々と肩に担ぎ直し、輝夜は上品に長い着物の袖で口元を隠すと、フッと楽しげに喉を鳴らした。
「ふふ、いかがじゃ? 日ノ本一の名槍が一つ《御手杵》。鞘から抜かずとも、ほんの少し撫でてやるだけで――ほれ、このとおりじゃ」
自慢の武勇をこれでもかと見せつけ、大好きな白のほうへとチラッチラッと愛おしそうな熱視線(百合圧)を送るお姫様。
「あのぅ、輝夜様。自分が言うのもなんですが、『手加減』という回路を、そろそろ実装なさったほうがよろしいかと……」
白は白衣のポケットに手を突っ込んだまま、哀れにピクピクと痙攣している大男を見つめ、完全に引いた目でぼそりと呟いた。
刃を抜かなければ全て『撫でる』の範疇だと思い込んでいる熱烈なお姫様の脳内回路に、本気でトホホと頭を抱えたくなったのである。
「ひゃ、ひゃあああーーーっ!? な、なんだこのお嬢様たちの物理的(圧倒的)な膂力はァーーーっ!? 刃すら抜かねえで肉屋のボブを一撃かよォーーーっ!?」
「ふふん! 特務機関。これよりホワイトチャペル自警団の特別顧問探偵として、ホワイトチャペル殺人事件への『特コウ(特攻)』、受理しますっ」
アリス王女が元気に拳を握りしめた。
輝夜の名槍(ただし鞘入り)の圧倒的な武勇を前に、さっきまで威張っていたジョージ・ラスク率いる自警団の荒くれ者たちは、手のひらをドリル並みの速度でひっくり返して石畳へ平伏する。
「た、探偵様ァーっ! よろしく頼みますゥーっ!」
と、涙目で顧問就任を懇願していた。
アリス王女が満足そうにふんす!と元気に拳を握りしめた、まさにその時だった。
バタン――。
詰所の薄暗い木製のドアが静かに開け放たれた。
「――まったく。淑女の方々が探偵ごっことは。頭が痛くなる」
第21話をお読みいただきありがとうございました!
自警団の詰所にカチ込んでの『出張特コウ(特攻)』、いかがでしたでしょうか?
さて、今回のこだわり歴史裏話です。
史実におけるスコットランドヤード、この第2の事件の直後は本当に大パニックを起こしていまして、レザー・エプロン(バイザー)やルドウィグだけでなく、アバーライン警部補が「こいつこそがジャックの真犯人だ」と生涯最も執念を燃やした大物容疑者『ジョージ・チャップマン』までフライングで誤認逮捕しては秒速で釈放するという、凄まじい迷走を実際にやらかしていたりします。
(おかげで本作のアバーラインの胃壁は無事に消滅し、ヤードを見限った住民たちによってホワイトチャペル自警団が結成されるという、完璧な歴史のレールが繋がりました。合掌)
そしてもう一つの見どころ、お淑やかな着物の士族のお姫様、輝夜さん。
第一章でも大暴れしたあの天下三名槍《御手杵》を、今回は「まだ未遂ゆえ、手加減してやるのじゃ」と、巨大なもふもふの『熊毛の鞘』を被せたまま(※まともに喰らえば骨が砕ける超重量真鍮鈍器)で肉屋のボブをキリモミ回転させて壁までゴロゴロぶっ飛ばすという、極上の手加減(物理)を披露してくれました!
白先生に「手加減という回路を実装してください……」と本気で引いた目でツッコまれつつ、自警団の男たちの手のひらをドリル並みの速度でひっくり返させたヴォーパル・バニー。
そんな彼女たちの背後に、あの男の「やれやれ」とした声が夜の詰所に厳かに響き渡ったところで改ページです!
次回、第22話。ついにあの筋肉文豪コナン・ドイル先生が、ヴォーパル・バニーのホワイトチャペル殺人事件・夜回り特コウに本格合流!?
どうぞお楽しみに! 評価やブクマ、感想などもいただけると、のじゃお嬢様の輝夜が「他ならぬ愛しき読者様の頼みとあらば♥」と、天下名槍のもふもふの鞘で皆さんの日々の疲れを優しく(バコーン!と)撫で回して吹き飛ばしてくれるかもしれません!――飛ぶぜ。




