『偽の勅書が結んだ陰謀論!?私のお兄様がこんな凶悪犯なわけがない!(とほほ)』
「たっだいまー!! アーちゃん、こないだのアバーランド警部に会ってきたよ!『昇進おめでとうございます!』って伝えたら、泣いて喜んでくれたわ!」
ランベス区の煉瓦造りのアジト。その重厚な木枠のドアを勢いよくバァン! と開け放ち、お忍び(?)の豪華な外套をバサァッと翻して、アリスはこれ以上ないほど誇らしげにふんす、と胸を張った。
長テーブルで最高級の紅茶をすすっていたアリス・リデル――アーちゃんは、ティーカップを隠しもせず、じとーっとした冷ややかな視線をそのお転婆な王女へと注ぐ。
「……青いの。泣いて喜んだんじゃないよ。あんたがまた現場を引っ掻き回しに来たから、昇進早々、絶望と頭痛で涙目になっていただけさ」
「ええっ!? そんなことないわよ、アバーランド警部ったら、こめかみのあたりをこう、ぎりぎりって押さえながら……」
「アバーランドじゃなく、アバーライン。さらに言うと、階級は警部じゃなく、警部補よ。あちこち間違ってて、それで泣いたんじゃないかな?」
「あっ」
アーちゃんの容赦のない事実の指摘に、アリスは「このこのこのぉ!」とアバーラインの肘を突っついていた己のポンコツな言動を思い出し、可愛らしく硬直した。
「いやはや、アリス王女殿下におかれましては、随分と行動が飛躍しすぎて。……自分で言うのもなんですが、あのヤードの警部補どのが頭痛するのも合点が行く、というものですね」
白衣のポケットに手を突っ込み、ちんまりと入ってきた稲葉白が、パカッと銀の懐中時計を開いた。ルビーのような赤い瞳をおかしそうに細め、不敵な微笑を浮かべる。
「あちこち解剖して差し上げたいところですが……おや、噂をすれば、随分とすばしっこいウサギさんが戻ってきたようですよ?」
白が視線を向けたアジトの窓から、夜霧に紛れて、巨大なウサギの着ぐるみ姿のピーターが音もなく室内に滑り込んできた。
アリス王女たちが現場を後にした後も、単独でホワイトチャペルに残り、ヤードの動向をハッキングしていたのである。
「やあ、おかえりピーター。君のことだ。収穫があったと僕は確信しているよ。疲れているところ悪いけど、教えてくれるかい?」
そう言ってピーターを優しく迎え入れたのは、黒髪の少女――アーちゃんことアリス・リデルだった。
父の友人から悪い影響を受けたのだろう。
彼女の紫と碧に分かれた左右異なる瞳には、鋭くも温かい、パズルマニア特有の好奇心が湛えられていた。
カサリ、とピーターのモフモフの手から、静かにアジトの長テーブルに置かれたのは、千切りのメモだった。
そこには、現場の死角から掠め取ってきた『特殊な機械油の成分』と、アバーラインたちの驚くべき『会話の記録』が爆速で書き綴られていた。
内容に目を落としたアーちゃんは、持っていたティーカップをソーサーに戻すのも忘れ、思わず紅茶を吹き出しそうになりながら大爆笑した。
「あははは! 最高だね青いの! 君がでっち上げたお馬鹿な嘘のせいで、ヤードは勝手に『王室が真犯人の王子を極秘裏に処理するために、女王直属の超エリート隠密部隊を現場に送り込んできた』って青ざめてるよ! おかげでアバーラインは、僕たちのことを恐れ多くて手が出せない特務機関だと信じ込んで、全面的に協力してくれる気満々さ!」
アリス・リデルが、黒髪を揺らしながらお腹を抱えて大爆笑する。
その横で、アリスは青い瞳をパチクリとさせながら、小首を傾げた。
「ほえ? 嘘? なんのこと?」
「昨日、君が自分の部屋で、鼻歌交じりに万年筆で書き殴っていたあのピカピカの羊皮紙(偽勅)のことさ!」
「あっ! あれのことね! ――ふふん、そうよ、さすがは私の英知(でっち上げ)の結晶ね!」
アリスはキョトンとした顔から一転、待ってましたとばかりにこれ以上ないドヤ顔でふんす、と鼻を鳴らした。
その後ろで、巨大なウサギの着ぐるみが「あちゃー」とばかりにモフモフの手で大きな頭を抱えてやれやれと首を振っている。
しかし、アーちゃんはピーターのメモの『特殊な機械油(王室御用達の高級品)』のデータを指差し、紫と碧のオッドアイを冷たく細めた。
「ヤードの容疑者の中にクラレンス公、アルバート・ヴィクター殿下がおられる、ということさ。そして、青いの。皮肉なことに、君がでっち上げた偽の勅書。それが、殿下への嫌疑の信ぴょう性を高めてしまったことでもある」
「えっ……? お兄様が、容疑者……?」
アリス王女の青い瞳が丸くなる。アリス・リデルは冷めた紅茶のカップを見つめながら、淡々とパズルの裏側を語り継いだ。
「笑い事じゃないのはね、ヤードがそんな勘違いをするってことは、真犯人は最初からエディお兄さんを犯人に仕立て上げるために、王室の痕跡をわざとらしく現場にばら撒いているってことさ。……つまり、君の偽勅のせいでヤードは『王室が真犯人を極秘裏に隠蔽しようとしている』と勝手に確信を深め、お兄さんはガチでヤバい連続殺人鬼にされかかっている」
重苦しい沈黙がアジトに流れる――かと思われた、その瞬間。アリス王女はふんす、と再び激しく鼻を鳴らして両手を腰に当てた。
「あり得ないわ! あのお兄様が、人間の体の中に精緻な歯車の回路図をプログラミングするなんて、100年逆立ちしても不可能よ! だってあのお兄様、こないだも算数の引き算が怪しくてお小遣いの計算を間違えるし、私にトランプのババ抜きを仕掛けたら100回連続で負けるし、私のバニー侍女たちの誰が誰だか未だに見分けがつかなくて全員『ウサギちゃん』って呼ぶのよ!? 私におやつを横取りされても『おや、妖精さんが食べたのかな?』ってニコニコしてるようなお人好しなのよ!?」
アリス王女が誇らしげに、しかし凄まじい勢いで捲し立てる次期国王候補のあまりのポンコツすぎる日常エピソードの数々。
それを真顔で聞いていたアリス・リデルは、カタカタと震える手でティーカップをソーサーに戻すと、完全に両手で顔を覆って絶望に打ちひしがれた。
「……青いの。お兄さんの無実については100%確信したけれど……我が大英帝国は、もう駄目かもしれないな。僕は国の将来に対して本格的に眩暈がしてきたよ」
「ひゃあああ! 未来の国王様が妖精さんを信じてるなんて、アタシたちの給料がいつか消えちゃいそうですぅ〜〜!」
マーチ・ヘアがウサギ耳をペコンと折り曲げて悲鳴を上げる。
期せずして、大英帝国のあまりに重く、そしてあまりにトホホな国家の機密を知ってしまった白。
「……いやはや、大英帝国の未来は随分と、なんというか、こう……長閑なようですね」
白が呆れたように、しかし楽しげにルビーの瞳を輝かせた。
「国の未来はともかく、そんなお気の毒で可愛いお兄様を、猟奇殺人鬼に仕立て上げようとする時計仕掛けの怪人なんて絶対に許せないわ!」
アリス王女は元気に拳を握り締めた。
「真犯人をでっち上げの勅命(本物)の力でぶちのめすわよ! ヴォーパル・バニー、お兄様救出特コウ(特攻よ!」
アリス王女が、白んできた東の空を指さして叫ぶ。
大英帝国の未来は明るい……のだろうか?
第17話をお読みいただきありがとうございました!
アジトに帰還しての作戦会議(答え合わせ)でしたが……いかがでしたでしょうか?
――実はアリス王女を物語の主役に据える、というアイデアは最初からあったのですが、この切り裂きジャック事件に言及するにあたりぶち当たった、まさかの「王室陰謀論」!
クラレンス公アルバート・ヴィクター殿下を実行犯として据えるか、はたまた彼を陥れるための冤罪とするか、ある意味、この作品のターニングポイントでした。
さらにはアリスが偽の勅書をでっち上げたせいで、ヤード側で勝手に「最高機密の王室陰謀論」へと大化けしていく、という勘違いの方向性へと絞った結果、この作品の中で描いていきたいわちゃわちゃ感は維持されたかな?と。
アバーライン警部補の明日はどっちだ。
そして、明らかになったアリスのお兄様(クラレンス公)の衝撃の国家機密……。
お兄様がポンコツすぎて真犯人なわけがないという、信頼しているんだか貶しているんだか分からない理由で、無事に(?)「お兄様救出特コウ」が決定いたしました。
この世界線の大英帝国の国民には、同情を禁じ得ないです(遠い目)
ちなみに、本作の細かいこだわりとして、黒髪で紫と『碧』のオッドアイを持つアーちゃん、アリス・リデルに対し、金髪の王女アリスの瞳は混じり気のない澄み切った『青』と、漢字の使い分けで二人のビジュアルの差別化をしていたりします。
最高の「結果オーライ」で動き出した《ヴォーパル・バニー》。
次回はついに、第2の事件現場へと特コウ(特攻)いたします!
そこで夜霧の奥からランタンを掲げて現れる、あの「立派な口髭の超大物文豪」とは……!?
次回、第18話もどうぞお楽しみに! 評価やブクマ、感想などもいただけると、僕っ娘アーちゃんが新しい高級紅茶を淹れてくれるかもしれません!




