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『特務機関の創設秘話!?――パイ包みのニシンは星を見るか。』

「と、まあ。結局は、バルフォア子爵の利権がらみの事件だったわけだが」


 カチャリ。と手にしていた紅茶のカップをソーサーに置き、アリス・リデルはそう締めくくる。


 大型受信機の前にちんまりと腰掛け、役目を終えた真鍮の蓄音機を愛おしげに撫でる彼女のオッドアイには、悪党を完璧にハメ落とした安楽椅子探偵としての静かな満足感が宿っていた。


「ふえええええ、づがれまじだあああああ、全身筋肉痛ですううううう」


 頭に付けたウサ耳のカチューシャどころか、自慢のハニーブロンドの髪まで汗と夜霧でぐっしょりと濡らし、アジト限定のビスチェ姿のまま床へゴロゴロと転がっているのがミス・マーチであった。


「よしよし、マーチ。お主の涙目の激走と、あの破廉恥な紐のパズルがなければ、悪党どもを生け捕りにしてバルフォアの言い逃れをハッキング録音でブチ砕くスケジュールは完成しなかったのじゃ。褒めて遣わすから、早く妾(わらわ)の隣の白に、お代わりの紅茶を淹れるのじゃ」


 いつの間にかアジトへ先回りしていた輝夜は、五色の重ね衿を揺らしながら、白の「左右のほっぺ」を両手でふにふにふにふにと過保護に撫で回している。


「……ハァ。自分で言うのも大変恐縮ではあるのですが、輝夜様。私はマーチではありませんし、それに別に疲れていませんし、さらに言うならば貴女のその過剰なまでのスキンシップのせいで、私のプライドとスケジュールが色んな意味でふにふにに狂っていますよ」


 波兎と家紋の銀刺繍が入った大きな白衣に包まれながら、白が感情の消えたジト目で、ほっぺを引っ張られたせいで少しふがふがした声で突っ込む。


「ちょっとぉ! マーちゃんにばっかりお茶を頼まないで、私の淹れた完璧なアッサムティーも飲んでちょうだい!」


 バッキンガム宮殿から馬車を飛ばしてアジトへ直行したアリス王女は、着替える時間すら惜しんだのか、なんとあの真紅の公式ドレスを着たまま厨房へ突撃していたらしい。


 王室の威信をまとうはずの最高級の袖を豪快にまくり上げ、両手に物々しいミトンをはめた姿で、アリスはテーブルの上に焼き立て熱々の――紅茶ではなく、なぜか数匹のニシンの頭がパイ皮を突き破って虚空を見つめている、英国伝統の『スターゲイジーパイ』をドーン!と豪快に並べてみせた。


「それは君が自分で処理したまえ、青いの。だいたい、君が『アッサムティー』と言いながら机に叩きつけたそれは、どう見ても魚の頭が星を見つめている狂気のパイだ。君の能天気な脳みそを疑うよ」


 カチャリ。と手にしていた本物の紅茶のカップをソーサーに置き、アリス・リデルは冷淡にそう言い放った。

 片方は神秘的な灰緑、もう片方は妖艶な紫――左右で異なる色の光を宿したそのオッドアイをジト目へと細め、安楽椅子探偵は底意地の悪いクスリとした笑みを浮かべる。


「……うむ。異国の飯は不味(まず)い不味いと思っておったが、これは極めつけじゃな……。お主、本当にこれを人間に食わせるつもりで焼いたのじゃな、アリス殿?」


 いつの間にかアジトへ先回りしていた輝夜は、白の「左右のほっぺ」を両手でふにふにふにふにと過保護にこねくり回したまま、テーブルの上の狂気のパイ(ニシンの生首)を見て完全に引きつった笑顔を浮かべていた。


「……はぁ。日本の食事が恋しいです。……お米、お味噌汁、黄色いたくあん……。自分で言うのもなんですが、私の胃袋の防犯スケジュールは、大英帝国の料理の前にはあまりにも無力です……」


 波兎と家紋の銀刺繍が入った大きな白衣に包まれながら、白はほっぺを引っ張られて少しふがふがした声のまま、感情の消えたジト目で故郷の食卓を呪文のように呟くのが精一杯であった。


「……フフ。それにね、青いの。君が淹れる本物のその紅茶にしても、アッサムと呼ぶにはあまりにも烏滸(おこ)がましいよ。それこそ、君自身が母君が喪(も)に服して隠居生活をしているのにかこつけて、勝手にこんな機関を作る勅命をでっち上げたそれよりも酷い」


 楽しそうな東国のホームシックを一瞬で冷やすように、リデルの格調高くも底意地の悪い核心の一言が、アジトの室内に静かに響き渡った。


「さらに言うと、紅茶を淹れている暇などあるのかい? ナイチンゲール女史のもとで、修行してくるそうじゃないか」


「先ほど殿下は、法廷の全員の前で『私はナイチンゲール代表の一番弟子だ』と、堂々と公言なさいましたからね」


 白もまた、遠い目をしながら手元の銀の懐中時計をパチっと閉じて、アリス王女へと冷ややかなジト目を向けた。


「ボスの看護婦の訓練は、それはそれは、厳しいものですからね。自分で言うのもなんですが、私のスケジュール管理よりも厳格ですよ」


「ふふ。君の能天気な脳みそも、これで少しは改善されてくれると、僕も助かるのだがね」


 特務機関《ヴォーパル・バニー》の頭脳たる2人の少女からの、容赦のない波状攻撃。


 アリス王女は、不気味な魚の頭が突き出たスターゲイジーパイを料理することであえて現実逃避していたはずの現実を、今この瞬間に目の前に突きつけられて、たらりと冷や汗を流した。


 明日になれば、あの恐怖のボス(ナイチンゲール代表)のスパルタ特訓スケジュールに、自分の名前が一番弟子としてカチッと組み込まれてしまう。


「マ、マーちゃん! 逃げるわよっ! これは王女命令よっ!!」


 アリスはミトンをはめた両手で、床に転がっていたハニーブロンドのバニーの腕をガシッと掴んだ。


「いやですううううううっ! それはアーちゃんの自業自得なので、アタシは知りませんんんん! それに――『ここでは身分の差などない、みんな対等な仲間だよ』ってドヤ顔で決めたの、アーちゃんじゃないですかあああああああ!!」


「ふぎいいいいいいいいっ!!」


 ブーメランのように突き刺さった涙目の正論カウンターを喰らい、真紅の公式ドレス姿の王女は、アジトの天井に向けて威厳なくジタバタと悶絶の声を上げるのだった。


「……ところで、青いの。あそこにいるピーターが先ほどから妙に静かなのだが」


 カチャリ。と紅茶のカップを置いたリデルが、オッドアイをジト目へと細めながら、作戦卓の隅のオペレーター席を指差した。


 見れば、通信機のツマミを遠隔操作して法廷をひっくり返す大金星を挙げたはずのピーター(ウサギの着ぐるみ)が、アジトの奥で、魂を抜かれた抜け殻のようにデスクに突っ伏してピクリとも動かなくなっている。


「ひええぇ……!? ピーターくん、まさかランベスのハッキング過労スケジュールが祟って、本当に永眠(ログアウト)しちゃったんじゃ……っ!?」


 マーチが恐怖でハニーブロンドのウサ耳をピンと直立させ、涙目でガタガタと震え出す。


「案ずるな、マーチ。どれ、妾(わらわ)が名槍『御手杵』の柄で、あの引きこもり白ウサギの尻をツンツンと小突いて息の根を確かめてやるのじゃ!」


「やめてください輝夜様!! ただでさえ過労死寸前のスケジュールを生きているシステムエンジニアの肉体に、天下の三名槍の質量でツンツン(物理)を加えたら、今度こそ本当に心臓が完全にお片付けされてしまいます!!」


 白が慌てて大きな白衣の袖を振り回してドクター・ストップをかける。白はそのまま、ピーターの机の横に鎮座する『例の物体』をジト目で見つめた。


「……なるほど。気絶(バグ)しているだけですね。ピーター殿は、アリス殿下がドレスの袖をまくり上げて、厨房でニシンの生首をパイの皮に突き刺してこれ(スターゲイジーパイ)を錬成し始めたその狂気の現場を特等席で目撃してしまい、精神のタイムスケジュールが限界を迎えたらしいです」


「――まったく。青いのは、どこまでも人騒がせな王女殿下だ」


 アリス・リデルは呆れた顔で、優雅に紅茶を口に運んだ。


 ――こうして、バルフォア子爵の不敬罪という名の悪性腫瘍を完璧に『診療完了』した特務機関《ヴォーパル・バニー》であったが、ロンドンの煤煙に燻る空の下、彼らの胃袋とキッチンが本当の意味で「お掃除」される日は、まだまだ遠そうであった。

ここまで読んでいただき、ありがとうございます!

ここまでで、第一章は完結となります。

第二章も鋭意執筆中です。

もうしばらくお付き合いください!


続きが気になる!と思われた方は、ぜひページ最下部にある【☆☆☆☆☆(星ボタン)】や【ブックマーク】で応援していただけると、執筆の大きな励みになります!

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